143.後継者争い④
【グラドニア帝国 第二皇子コンスタンティン陣営】
「――ククク……。来たか」
月明かりの下、第二皇子コンスタンティンは、自陣の片隅に音もなく出現した、一体の人影を見て、不敵な笑みを浮かべていた。
漆黒の装甲に身を包んだ、騎士の姿をした機械兵。『ナイト』。天空城からの、神の気まぐれな贈り物。
コンスタンティンは、その機械兵の前に立ち、静かに言った。
「貴公が、天からの使者か。……ふむ。見た目だけでは、その真価は測れんな。だが、あの御方が寄越したのだ。ただの駒ではあるまい」
彼は、確信していた。この一体の駒が、兄アウグストゥスの、あの圧倒的な軍事力に対抗するための、切り札となることを。
「これで、ようやく、盤上の駒は揃った……。いや、まだだ」
コンスタンティンは、自室に戻ると、二通の、極めて丁重な、そして、破格の条件を記した手紙を書き上げた。宛先は、大陸に、その名を轟かせる、二人の伝説。
「――金で買えぬものはない、か。兄上には、それを、骨の髄まで教えて差し上げねばなりますまい」
数日後。コンスタンティンの陣営に、二つの、信じがたい人影が加わった。
一人は、白銀の鎧に身を包んだ、老いたる英雄、ジークフリート。
そしてもう一人は、燃えるような真紅の髪を持つ、南の魔女、フレア。
「……ふん。あの、傲慢なだけの筋肉馬鹿が、次期皇帝だと? 冗談ではないわ。ならば、この老いぼれが、少しばかり、世の道理というものを、教えてやるのも、悪くあるまい」
ジークフリートは、第一皇子の姿勢が気に入らなかった。
「いやー! 助かったぜ、コンスタンティン坊や!」
一方、フレアの理由は、もっと単純だった。
「実はさー、南の大陸で、新しい火山の噴火ショーを見るために、ちょっとだけ、散財しすぎちゃってさー! もう、金、すっからかんなんだよ! だから、この臨時ボーナスは、マジでありがたい!」
皇帝級の戦闘力を持つ、謎の機械兵。伝説の大英雄。そして、南の魔女。
第二皇子コンスタンティンの陣営は、その質においても、もはや、兄に決して劣らない、恐るべきものへと、変貌を遂げていた。
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【グラドニア帝国 第一皇子アウグストゥス陣営】
「――コンスタンティンめ! 小賢しい真似を!」
弟の陣営に、伝説級の者たちが加わったという報せは、すぐに、第一皇子アウグストゥスの耳にも届いていた。
「老いぼれの英雄と、金に汚い魔女だと? 笑わせるな! 我が軍の敵ではないわ!」
彼は、自らの圧倒的な軍事力に、絶対的な自信を持っていた。だが、同時に、油断もしていなかった。
「……父上が、あのような、意味不明なルールを追加された以上、何が起きるか分からん。……我らにも、『規格外』の駒が、一つは必要か」
アウグストゥスは、部下に命じ、大陸の北の果てに使者を送った。そして、その使者は、意外なほどの、あっさりとした返答と共に、帰還した。
「――北の魔女リディア殿、御助力いただけるとのことです!」
「なに!? あの、気難しい氷の女が、なぜ!?」
「はっ。それが……『ただ、暇だから』と……」
「…………」
アウグストゥスは、絶句した。だが、理由はどうあれ、これで、弟と同じく、伝説の魔女を、自陣営に引き入れることができた。
そして、アウグストゥスには、もう一つ、弟にはない、絶対的な切り札があった。
彼は、集まった将軍たちを前に、不敵な笑みを浮かべ、それを披露した。陣営の奥深く、巨大な洞窟の中に、鎖で繋がれていたのは、数十頭のドラゴンだった。
「先の戦いで、我らは竜を失った。だが、その死骸から、我らは学んだ! 古代の隷属魔法を解析し、改良し、ついに、竜をも支配する術を、手に入れたのだ! これぞ、我が『真・竜騎士団』! この力の前には、英雄も、魔女も、赤子同然よ!」
アウグストゥスは、狂気じみた高笑いを響かせた。
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その頃。
二人の皇子の元には、それぞれ、同じ差出人からの、奇妙な『打診』が、密かに届けられていた。
差出人は、黒いフードを被った、謎の使者。
内容は、不明。
だが、アウグストゥスも、コンスタンティンも、その正体不明の者たちからの接触を、気味悪がり、そして、自らの力への自信から、完全に無視。
それが、後に、どれほどの混沌を招くことになるのかも知らずに。
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【天空城アークノア 玉座の間】
「……なんか、地上の連中、すごいことになってないか?」
俺は、玉座の間で、モニターに映し出された、地上の盤上の、あまりにも豪華すぎる駒の配置に、完全に、引いていた。
「おい、エラーラ。あれ、本物の、魔女とか、英雄とか、ドラゴンとかだろ? なんで、あんなのが、ただの後継者争いに、出てきてるんだよ……」
「……知るか」
エラーラは、顔面蒼白で、答えた。
「だが、一つだけ言える。……あの盤上は、もはや、ただの『疑似戦争』ではない。……あれは、大陸の伝説全てを巻き込んだ、混沌とした戦乱の、前哨戦だ」
俺は、ただ、ポップコーン(もちろん味のないやつ)を、口に運ぶことしか、できなかった。
地上の人間たちの、本気すぎる戦争ごっこは、俺の想像を、遥かに超えた、カオスな領域へと、突入しようとしていた。
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