表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
142/179

141.後継者争い②

 帝都ヴァイスは、奇妙な熱気に包まれていた。

 それは、戦勝祝賀でも、祭りの熱狂でもない。もっと、禍々しく、そして、どこか退廃的な、見世物に対する期待感。

 皇帝ゲルハルトの二人の息子、第一皇子アウグストゥスと、第二皇子コンスタンティン。彼らの、抜き差しならぬ後継者争いは、ついに、公然の『決闘』という形で、その火蓋を切ろうとしていた。


 だが、それは、古式ゆかしい騎士の一騎打ちではない。

 帝国領土の一部、先の戦争で荒廃し、今や無人と化した広大な平原を舞台にした、大規模な**『疑似戦争ウォーゲーム』**だった。


「――ルールは、ただ一つ!」

 仮設王城のバルコニーから、老いた皇帝ゲルハルトが、集まった貴族や将軍たちを前に、力なく宣言した。

「それぞれの皇子が、自らの支持勢力を率い、この盤上(平原)で、戦う。相手の皇子を、先に、この『裁きの杖』にて、無力化した者の、勝利とする!」

 皇帝が掲げたのは、魔法によって、対象に直接、気絶効果を与える、特殊な儀礼用の杖。殺し合いではない。あくまで、勝敗を決するための、代理戦争。


 その宣言に、場は、大きくどよめいた。

 特に、第一皇子アウグストゥスを支持する、武闘派の貴族たちは、歓喜の声を上げた。

「おお! やはり、帝国の未来を決めるのは、力!」

「アウグストゥス殿下の圧勝は、火を見るより明らか!」

 誰もが、そう思った。

 軍事力において、兄アウグストゥスは、弟コンスタンティンを、圧倒している。竜騎士団、重装歩兵団。帝国の誇る武力の、その大半が、兄の旗の下に集っているのだから。

 弟コンスタンティンにつくのは、官僚や商人、そして、地方の弱小な領主たちが中心。まともな戦力など、ほとんどないに等しい。

 勝敗は、始まる前から、決まっている。誰もが、そう確信していた。


 だが、皇帝は、続けて、恐るべき、そして、不可解な、追加ルールを告げた。

「――なお、この疑似戦争において」

 彼は、ゆっくりと、しかし、はっきりと、言った。


「**互いの兵力、物資、そして、手段に、一切の制限は、設けない**」


「…………は?」

 その、あまりにも異様な一言に、会場は、水を打ったように静まり返った。

 制限がない?

 それは、どういう意味だ?


 アウグストゥス派の貴族たちは、一瞬、困惑したが、すぐに、それを、自分たちへの、絶対的な追い風と解釈した。

「クハハハ! つまり、我らの圧倒的な軍事力で、蹂躙しろ、と! 陛下も、粋な計らいを!」

 彼らは、勝利を、ますます確信した。


 だが、第二皇子コンスタンティン派の者たちは、違う反応を見せた。

 彼らの顔には、絶望ではなく、むしろ、微かな、計算高い笑みが浮かんでいた。

(……なるほど。父上は、我らに、勝機を与えてくださった、というわけか)

 コンスタンティンは、兄にはないものを持っていた。金、情報網、そして、手段を選ばぬ、冷徹な策略。兵力に制限がないのなら、金で雇える傭兵の数にも、制限はない。敵の補給路を断つための、汚い工作にも、制限はない。


 そして、そのどちらの派閥にも属さない、中立の者たち……老練な外交官ギュンターや、皇帝の側近たちは、そのルールの、本当の恐ろしさに、気づいていた。

(陛下……! これは、あまりにも、危険すぎる!)

 制限のない、代理戦争。

 それは、もはや、ただの決闘ではない。帝国の全てを巻き込んだ、**内戦**そのものだ。どちらが勝っても、帝国は、回復不能なほどの、深い傷を負うことになる。

 なぜ、陛下は、このような愚かな決断を……。


 彼らの、そんな憂慮をよそに、二人の皇子は、それぞれの陣営に戻り、来るべき決戦に向けて、その準備を始めた。

 アウグストゥスは、自らの最強の軍団を、盤上へと展開させる。

 コンスタンティンは、帝都の闇の中で、金と、情報と、そして、あらゆる『汚い手』を、駆使し始める。


 帝国の未来を賭けた、兄弟喧嘩。

 それは、ルール無用の、何でもありの、泥沼の戦いへと、その姿を変えようとしていた。

 そして、その、あまりにも人間臭く、あまりにも愚かな盤上の争いを、遥か天空の城から、一人の、神様気取りの管理人が、退屈しのぎに、眺めていることを。

 まだ、誰も、知らなかった。

――ここまで読んでいただきありがとうございます!

面白かったら⭐やブクマしてもらえると励みになります!

次回もお楽しみに!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
https://ncode.syosetu.com/n5952lg/ 新作出しました!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ