141.後継者争い②
帝都ヴァイスは、奇妙な熱気に包まれていた。
それは、戦勝祝賀でも、祭りの熱狂でもない。もっと、禍々しく、そして、どこか退廃的な、見世物に対する期待感。
皇帝ゲルハルトの二人の息子、第一皇子アウグストゥスと、第二皇子コンスタンティン。彼らの、抜き差しならぬ後継者争いは、ついに、公然の『決闘』という形で、その火蓋を切ろうとしていた。
だが、それは、古式ゆかしい騎士の一騎打ちではない。
帝国領土の一部、先の戦争で荒廃し、今や無人と化した広大な平原を舞台にした、大規模な**『疑似戦争』**だった。
「――ルールは、ただ一つ!」
仮設王城のバルコニーから、老いた皇帝ゲルハルトが、集まった貴族や将軍たちを前に、力なく宣言した。
「それぞれの皇子が、自らの支持勢力を率い、この盤上(平原)で、戦う。相手の皇子を、先に、この『裁きの杖』にて、無力化した者の、勝利とする!」
皇帝が掲げたのは、魔法によって、対象に直接、気絶効果を与える、特殊な儀礼用の杖。殺し合いではない。あくまで、勝敗を決するための、代理戦争。
その宣言に、場は、大きくどよめいた。
特に、第一皇子アウグストゥスを支持する、武闘派の貴族たちは、歓喜の声を上げた。
「おお! やはり、帝国の未来を決めるのは、力!」
「アウグストゥス殿下の圧勝は、火を見るより明らか!」
誰もが、そう思った。
軍事力において、兄アウグストゥスは、弟コンスタンティンを、圧倒している。竜騎士団、重装歩兵団。帝国の誇る武力の、その大半が、兄の旗の下に集っているのだから。
弟コンスタンティンにつくのは、官僚や商人、そして、地方の弱小な領主たちが中心。まともな戦力など、ほとんどないに等しい。
勝敗は、始まる前から、決まっている。誰もが、そう確信していた。
だが、皇帝は、続けて、恐るべき、そして、不可解な、追加ルールを告げた。
「――なお、この疑似戦争において」
彼は、ゆっくりと、しかし、はっきりと、言った。
「**互いの兵力、物資、そして、手段に、一切の制限は、設けない**」
「…………は?」
その、あまりにも異様な一言に、会場は、水を打ったように静まり返った。
制限がない?
それは、どういう意味だ?
アウグストゥス派の貴族たちは、一瞬、困惑したが、すぐに、それを、自分たちへの、絶対的な追い風と解釈した。
「クハハハ! つまり、我らの圧倒的な軍事力で、蹂躙しろ、と! 陛下も、粋な計らいを!」
彼らは、勝利を、ますます確信した。
だが、第二皇子コンスタンティン派の者たちは、違う反応を見せた。
彼らの顔には、絶望ではなく、むしろ、微かな、計算高い笑みが浮かんでいた。
(……なるほど。父上は、我らに、勝機を与えてくださった、というわけか)
コンスタンティンは、兄にはないものを持っていた。金、情報網、そして、手段を選ばぬ、冷徹な策略。兵力に制限がないのなら、金で雇える傭兵の数にも、制限はない。敵の補給路を断つための、汚い工作にも、制限はない。
そして、そのどちらの派閥にも属さない、中立の者たち……老練な外交官ギュンターや、皇帝の側近たちは、そのルールの、本当の恐ろしさに、気づいていた。
(陛下……! これは、あまりにも、危険すぎる!)
制限のない、代理戦争。
それは、もはや、ただの決闘ではない。帝国の全てを巻き込んだ、**内戦**そのものだ。どちらが勝っても、帝国は、回復不能なほどの、深い傷を負うことになる。
なぜ、陛下は、このような愚かな決断を……。
彼らの、そんな憂慮をよそに、二人の皇子は、それぞれの陣営に戻り、来るべき決戦に向けて、その準備を始めた。
アウグストゥスは、自らの最強の軍団を、盤上へと展開させる。
コンスタンティンは、帝都の闇の中で、金と、情報と、そして、あらゆる『汚い手』を、駆使し始める。
帝国の未来を賭けた、兄弟喧嘩。
それは、ルール無用の、何でもありの、泥沼の戦いへと、その姿を変えようとしていた。
そして、その、あまりにも人間臭く、あまりにも愚かな盤上の争いを、遥か天空の城から、一人の、神様気取りの管理人が、退屈しのぎに、眺めていることを。
まだ、誰も、知らなかった。
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