140.後継者争い①
天空城アークノアが、再び大陸の上空にその姿を現した。
それは、地上に生きる人々にとって、もはや日常の一部となりつつあった。天災のように、あるいは、気まぐれな神のように、ただそこに在るもの。逆らうことも、理解することも叶わぬ、絶対的な存在。
だが、その『神』の沈黙の下で、人間の世界は、相変わらず、人間の都合と欲望によって、動き続けていた。
【グラドニア帝国 仮設王城】
帝都ヴァイスは、復興の槌音と共に、新たな、不穏な空気に包まれていた。
先の戦乱――連合王国との戦争、ファルケン将軍の反乱、そして、竜と魔女による帝都蹂躙。度重なる国難は、帝国の国力を著しく疲弊させ、そして何よりも、絶対的な権威であったはずの皇帝ゲルハルトの威光に、翳りをもたらしていた。
老いた覇王は、今や、天空の神のご機嫌を伺うことに、その気力の大半を費やしている。かつての、大陸を統一せんとした野心は、見る影もない。
そして、主君の力が弱まれば、必ず、その玉座を狙う者たちが現れる。
今の帝国を揺るがしているのは、外敵ではない。皇帝ゲルハルトの、二人の息子による、後継者争いだった。
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【第一皇子:アウグストゥス・フォン・グラドニア】
「――父上は、老いた! あの空に浮かぶ玩具に怯え、覇道を忘れた!」
帝都郊外の、古城。そこに集うのは、帝国の伝統を重んじる、古参の貴族たち。そして、彼らが新たな主君と仰ぐのは、皇帝の長子、アウグストゥスだった。
彼は、父であるゲルハルトの若い頃に、よく似ていた。猛禽のような鋭い眼光、鍛え上げられた強靭な肉体、そして、何よりも、全てを力でねじ伏せようとする、傲慢なまでの、自信。
**短気で、荒っぽい**性格ではあるが、その**軍事的な才能**は、既に父をも凌ぐと噂されていた。特に、竜騎士団や重装歩兵団といった、帝国の武力を象徴する古参の軍部からの支持は、絶大だった。
「帝国とは、力! 力こそが、正義! 父上が忘れた覇道を、この私が、再び、大陸に示す! 我に続け! 帝国の栄光を取り戻すのだ!」
彼の、あまりにも単純で、あまりにも力強い言葉は、変化を恐れ、古き良き時代を懐かしむ、伝統的な貴族たちの心を、強く掴んでいた。
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【第二皇子:コンスタンティン・フォン・グラドニア】
「兄上は、何も分かっておられない。時代は、変わったのです」
帝都の一角、華やかな貴族のサロン。そこで、第二皇子コンスタンティンは、柔らかな物腰で、集まった新興貴族や、裕福な商人たちに語りかけていた。
彼は、兄とは正反対だった。戦場よりも書斎を好み、その**冷静**な瞳の奥には、誰も読み解くことのできない、深い計算が隠されている。彼は、剣ではなく、言葉と、金と、そして情報によって、人を動かす術に長けていた。
「もはや、力だけでは、何も統治できません。あの天空城が良い例です。我々が今、為すべきは、無益な争いではなく、巧みな外交と、豊かな経済によって、帝国の足元を固めること。そして、あの『天上の隣人』とも、対等に渡り合えるだけの、知恵と、力を、蓄えることなのです」
彼の、理知的で、現実的な言葉は、戦争に疲れ、新たな時代の到来を予感する、多くの人々の心を捉えていた。宮廷の官僚、地方の領主、そして、経済を牛耳る商人ギルド。彼の**支持基盤は、兄よりも遥かに広く、そして、根深い**ものがあった。だが、彼には、兄のような、圧倒的な**軍事力**という、切り札がなかった。
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帝国は、静かに、二つに割れ始めていた。
強さを求める、古き力。
賢さを求める、新しき力。
皇帝ゲルハルトは、その両者の間で、苦悩していた。どちらを選んでも、帝国に、血が流れることは避けられない。だが、彼にはもはや、そのどちらか一方を、力で抑えつけるだけの気力も、権威も、残されてはいなかった。
天空の神が沈黙する間に、地上の帝国は、その内側から、静かに、崩壊の音を立て始めていた。
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【天空城アークノア 玉座の間】
その頃、俺は。
「――違う! そこは、『究極甘藷大王』の『甘蜜の罠』で、足止めするべきだったんだよ!」
新たに玉座の間に設置された、超巨大ホログラムモニターで、国民たちが熱狂する『天空創世記』の、全国大会(もちろん城内限定)の決勝戦を、解説者気取りで、観戦していた。
地上の、帝国の黄昏など、全く、これっぽっちも、知る由もなかった。
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