139.エコー係
「――よし! これで、全員だな!」
玉座の間で、俺は満足げに腕を組んでいた。
七番艦『幻影のアーク・エコー』。その巫女の魂(と、その超高性能なステルス機能)は、紆余曲折の末、無事に、このアークノアへと統合された。
これで、生き残っている可能性のある姉妹は、全て、この城に集結したことになる。まあ、エコーは仮想空間の『無の部屋』で永遠に寝ているし、マリーナもまだ仮想空間から出られない状態だが、それでも、一人ではない、というのは、心強いものだ。
「管理人様」
エリスが、隣で静かに告げる。「『魂の揺り籠』計画、及び、エコーの回収作戦は、完了しました。……これより、どうなさいますか?」
その問いに、俺は、即答した。
「決まってるだろ! 帰るんだよ、俺たちの星…いや、俺たちのいた、あの空へ!」
宇宙旅行も、もう十分だ。俺は、そろそろ、地上の、あの馬鹿げた、しかし、どこか憎めない日常が、恋しくなっていた。何より、帝国から献上される、最高の菓子の定期便が、待ち遠しくて仕方ない。
「ノア! ワープの準備だ!」
《御意に。エネルギー充填を開始します。所要時間、約6時間です》
かくして、アークノアは、再び、故郷の空を目指して、その針路を取った。
その、6時間の、長い長い道中。
エリスは、一つの、重要な任務に、挑んでいた。
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【仮想現実空間『無の部屋』】
そこは、エコーの精神世界。彼女が最も好む、完全な無。ただ、漆黒の闇だけが、どこまでも広がっている。
その闇の中心で、エコーは、心地よさそうに、眠っていた。
その、安らかな眠りを、妨げるように、エリスのアバターが、静かに、しかし、有無を言わせぬ圧力を持って、そこに立っていた。
「……エコー。起きてください」
「……ん……。……あと、百年……」
「起きなさい!」
エリスは、眠る妹の肩を、仮想空間とはいえ、容赦なく揺さぶる。
「貴女に、聞かなければならないことが、山ほどあるのです! 『原初のバグ』について! ネメシスについて! 貴女が、眠っていた間に、何を見て、何を……」
「……しら、ない……」
エコーは、目を開けることなく、ただ、そう呟いた。
「……何も、見てない……。……何も、知らない……。……だから、寝かせ……て……」
「嘘をつきなさい!」
エリスは、必死だった。この、究極の面倒くさがり屋の妹が、何か、重要な手がかりを、握っているかもしれないのだ。
「お願いです、エコー! 少しだけでいい! 思い出して!」
「……むり……。……記憶を、辿るのも……めんど、くさい……」
「食事くらい、摂ったらどうです! 少しは、頭も冴えるでしょう!」
「……食べるのも……めんど、くさい……。……エネルギーは……コアから、直接……供給、されてる……から……」
「定時連絡会議にも、一度も顔を出しませんね!?」
「……会議……一番、めんど、くさい……」
暖簾に腕押し。糠に釘。
エリスの、あらゆる尋問、説得、懇願は、エコーの、絶対的な『面倒くさい』の前には、全く、意味をなさなかった。
数時間に及ぶ、不毛な尋問の末、エリスは、ついに、根負けした。
「……はぁ……。もう、いいです……」
彼女は、深すぎるため息をつくと、ノアに向かって、通信を入れた。
「ノア。……申し訳ありませんが、今後、エコーに関する全ての連絡、及び、世話は、私が、責任を持って、行います……」
《……承知しました。貴女を、正式に、『エコー係』に任命します》
こうして、エリスは、知らず知らずのうちに、宇宙で最も面倒くさい妹の、専属の世話係という、新たな役職を、拝命することになったのだった。
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【天空城アークノア】
《――エネルギー充填、完了。ワープを開始します》
ノアの冷静なアナウンス。
俺たちの城は、再び、光に包まれ、そして、数秒後。懐かしい、あの青い惑星の上空へと、帰還した。
分厚い装甲シャッターが、ゆっくりと開かれ、玉座の間に、柔らかな太陽の光が差し込む。
「……帰ってきた……」
俺は、心の底から、安堵のため息をついた。
その、俺の感傷を、ぶち壊すかのように。
城の下層――居住区画から、地鳴りのような、とてつもない歓声が、響き渡ってきた。
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
「かみいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
「もどられたぞぉぉぉぉぉ! 我らが神が! 星々の海より、凱旋なされたぁぁぁぁぁ!」
「いいいいあああああ! 祭りだ! 今日は、祭りだぁぁぁぁ!」
モニターに映し出された居住区画は、もはや、狂乱の坩堝だった。
国民たちは、俺の帰還を祝し、勝手に、どんちゃん騒ぎを繰り広げている。広場では、巨大な焚き火が焚かれ、人々は、その周りで、奇妙な踊りを踊り狂っていた。『神体操』の、最新バージョンらしい。
「…………」
玉座の間で、エラーラが、その光景を、遠い目で、見つめていた。
そして、静かに、しかし、心の底からの、深すぎる嘆きを、漏らした。
「……この方舟は、もう、だめだ……」
俺の、平和なスローライフは、確かに、戻ってきた。
だが、その平穏は、相変わらず、たくさんの、愛すべき(?)狂気に、満ち溢れているようだった。
俺は、その、あまりにも騒がしい我が家の喧騒に、苦笑いを浮かべるしかなかった。
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