132.かくれんぼ
「……なあ。その、エコーって子を探し出すのって、やっぱり、すごく、面倒くさい、よな……?」
玉座の間で、俺の、あまりにも正直で、あまりにもやる気のない感想が、虚しく響いた。
その言葉に、希望の光を瞳に宿していたエリスとフローラの姉妹は、はっとしたように、現実へと引き戻される。
そうだ。生きている可能性が、ある。だが、それは、見つけ出せる、という保証では、全くない。
「……管理人様の、おっしゃる通りです」
最初に、その困難さを認めたのは、意外にも、エリスだった。
彼女は、腕を組み、厳しい表情で、宇宙の星図を睨みつける。
「エコーの、気配を消す能力……『幻影航行』は、我ら姉妹の中でも、突出していました。彼女が、本気で隠れた場合、この広大な宇宙の中から、一隻の船を探し出すのは……」
「……砂漠の中から、たった一粒の、砂金を見つけ出すようなものですわ」
フローラが、悲しげに、その言葉を引き取った。
その、絶望的な比喩。
俺は、早くも、心が折れそうだった。
sんな、俺たちの、重苦しい空気を、見かねてか。
玉座の間に、穏やかな、しかし、どこか芯の通った、第三者の声が、響いた。
仮想空間『追憶の楽園』から通信を繋いでいた、巫女マリーナの声だった。
『……皆さん。少し、よろしいでしょうか』
「マリーナ!」
エリスが、モニターの向こうの妹に、呼びかける。
『……エコーのことなら、私に、少し、心当たりが、あります』
その言葉に、俺たちは、一斉に、モニターへと視線を向けた。
青い海の世界に浮かぶ、光でできた少女。その表情は、どこか、懐かしそうで、そして、少しだけ、呆れているようにも見えた。
「心当たり!? 本当か、マリーナ!」
『はい。……と言っても、確実な場所、というわけでは、ありません。ただ、あの子が、昔から、よく隠れていた……お気に入りの場所、です』
お気に入りの、場所。
マリーナは、ゆっくりと、その遠い昔の記憶を、語り始めた。
『あれは、まだ、我ら方舟が、母星を旅立って、間もない頃でした』
彼女の語りと共に、モニターの映像が、過去のシミュレーションへと切り替わる。
そこには、平和だった頃の、十二隻の方舟が、美しい編隊を組んで、宇宙を航行している、壮大な光景が映し出されていた。
『あの日も、エコーは、定時連絡を、サボっていました。いつものことでしたが、さすがに、心配になった一番艦が、全艦に、捜索命令を出したのです』
映像の中で、十一隻の方舟が、散り散りになって、一隻の、小さな妹の姿を、探し回っている。
『ですが、見つかりません。どこにも。彼女の『幻影航行』は、私たちの索敵能力を、完全に、上回っていました』
「……それで、どうしたんだ?」
俺が、物語の続きを、促す。
『……私は、ただ、待っていました。あの子が、お腹を空かせて、ひょっこり顔を出すのを。……ですが、その時、私に、助け舟を出してくれた方が、いたのです』
マリーナは、そこで一度、言葉を切った。
そして、少しだけ、意外な人物の名を、口にした。
『――二番艦……ネメシス、です』
「ネメシス!?」
俺たちは、絶句した。
あの、冷徹な審判者が?
『はい。……あの頃のネメシスは、まだ、今のような、恐ろしい存在では、ありませんでした。ただ、少し、真面目すぎて、融通が利かないだけで……。彼は、私の通信を聞いて、ただ一言、こう言ったのです』
『――面倒な奴だ。だが、心当たりは、ある』
『そして、彼が向かった先は、星々の光も届かない、銀河の、最も暗く、最も冷たい、辺境宙域でした。……後に、我らが『静寂の墓場』と名付けた、その場所で。エコーは、まるで、冬眠中の動物のように、静かに、眠っていたのです』
『なぜ、分かったのかと、私が尋ねると。彼は、こう答えました』
『――あの女が、最も好むのは、『無』だ。誰にも、何にも、関わらずに済む、完全な、虚無。……ならば、ここしか、あるまい』
「……」
俺は、その、ネメシスの、あまりにも的確な分析に、なぜか、胸が、チクリと痛んだ。
マリーナは、そこで、ふう、と、ため息をついた。
それは、光でできた幻影とは思えぬ、あまりにも人間らしい、深いため息だった。
『……ちなみに、その時は、あの子を見つけ出すのに、五年の歳月を、要しました』
「ご、ごねん!?」
俺の、絶叫。
たかが、かくれんぼで、五年。
俺は、その、あまりにも壮大で、あまりにも面倒くさそうな、事実に、心の底から、戦慄した。
「……つまり、なんだ」
俺は、震える声で、結論を、口にした。
「その、『静寂の墓場』とやらに、行ってみないと、分からない、ってことか。……しかも、行ったところで、見つかる保証は、全くないと」
『……はい。その、通りです』
玉座の間に、再び、重い沈黙が落ちる。
俺は、天を仰いだ。
俺の、平和なスローライフ。
それは、どうやら、宇宙規模の、壮大な『かくれんぼ』に、強制参加させられることで、またしても、遥か彼方へと、遠のいてしまったらしい。
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