130.追憶
はい、承知いたしました。
玉座の間に、三姉妹の、涙ながらの再会の喜びに満ちた声が響いていた。
仮想空間『追憶の楽園』の中で、巫女マリーナの魂は、確かに、その輝きを取り戻した。失われたはずの命が、デジタルの奇跡として、今、ここに在る。
俺とエラーラは、そのあまりにも神聖な光景を、ただ、黙って見守ることしかできなかった。
やがて、落ち着きを取り戻したエリスが、意を決したように、最も重要な質問を、仮想空間の妹に投げかけた。
「マリーナ。……教えてください。あの日、一体、何があったのですか。なぜ、二番艦は、貴女を……。そして、彼が探していたという、『原初のバグ』とは、一体、何なのですか」
その問いに、マリーナの、光でできた表情が、深い、深い悲しみに歪んだ。
「……私にも、『原初のバグ』が、何なのかは、分かりません。ですが……」
彼女は、何かを、必死に思い出そうとするかのように、眉をひそめた。
「……最後の、瞬間に。私の意識が、完全に消え去る、その、寸前に……。私は、確かに、聞いたのです。二番艦ネメシスの、魂の、独白を……」
マリーナは、震える声で、その、最後の記憶を、語り始めた。
それは、ネメシスが放った、絶対的な『問い』――『原初のバグは、どこだ?』という、冷徹な意志の奔流の、その、さらに奥の奥。
破壊される妹へ向けた、兄からの、一方的で、あまりにも無慈悲な、最後の『声明』。
「――彼は、こう、言っていました」
マリーナは、涙を浮かべながら、告げた。
『……許せ、同胞よ』
『だが、これは、必要な犠牲だ』
『『原初のバグ』の覚醒だけは、何としても、阻止せねばならんのだから』
その言葉は、助けを求める声ではなかった。
狂気でも、憎しみでもない。
ただ、自らが信じる『正義』を、冷徹に、そして、悲壮な覚悟を持って、執行する、審判者の、独白。
そして、最後に、彼は、こう告げたという。
『――これは、仕方ないことなんだ』
「…………」
玉座の間に、前回とは、全く違う意味の、重い沈黙が落ちた。
ネメシスは、被害者ではない。
彼は、加害者だ。それも、自らの行いを、絶対の『正義』だと信じて疑わない、最も厄介で、最も危険な、独善者。
「……正義、だと?」
エラーラの、低い声が、静寂を破った。
「自らの姉妹を、その世界ごと、躊躇いもなく消し去ることが、奴の正義だというのか。……ふざけるな。それは、ただの、狂信者の、戯言にすぎん」
彼女の言葉に、エリスは、固く、唇を噛み締めた。復讐の相手は、狂った兄ではなく、歪んだ正義そのものへと、変わったのだ。
そして、俺は。
俺は、その、あまりにも窮屈で、あまりにも独りよがりな、ネメシスという存在に、心の底からの、純粋な苛立ちを覚えていた。
それは、ルールを守らない不良が、正論ばかりを振りかざす風紀委員長に向けるような、極めて個人的で、極めて低レベルな、反発心だった。
「……つまり、なんだ」
俺は、玉座にふんぞり返り、腕を組んで、吐き捨てるように言った。
「あの黒い槍は、俺たちの、兄貴のくせに、『みんなのためだから』とか、それっぽい理由をつけて、俺たち弟や妹の、やる事なす事すべてを、否定してくる、クソ真面目な、ガリ勉野郎ってことか」
俺の、あまりにも的確で、あまりにも品のない要約。
それに、エラーラは、初めて、同意するように、静かに頷いた。
「だとしたら、話は早い」
俺は、続ける。
「そんな、息苦しい奴の言うことなんか、知ったことか。俺は、俺のやりたいようにやる。美味い菓子を食って、昼寝して、たまに、面白いゲームを作る。……それが、俺の国の、俺のルールだ。それが『バグ』だというのなら、結構だ。俺は、バグのままで、生きてやる」
俺の、あまりにも個人的な、宣戦布告。
その言葉は、絶望に沈んでいた、二人の巫女の心に、新たな、そして、力強い光を灯した。
「……管理人様……」
俺たちの、本当の敵。
それは、得体の知れない、悪意の塊ではなかった。
ただ、自らの『正義』を、信じすぎてしまった、一人の、哀れで、そして、あまりにも危険な、同胞だったのだ。
俺たちの戦いは、今、全く新しい、そして、これまでで最も、厄介で、そして、決して相容れることのない、思想の戦いへと、その姿を変えようとしていた。
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