128.ランクアップ、、?
玉座の間には、再び、あの忌々しい『退屈』という名の怪物が、居座っていた。
エラーラとの盤上遊戯戦争は、俺が新兵器『マッシュルマッシュポテト』を投入したことで、エラーラ側が「馬鹿馬鹿しい」と完全にやる気をなくし、自然休戦となっていた。
宇宙の探索は、観測機『スターゲイザー』が優秀すぎて、俺が口を出す幕はない。
国民たちは、俺が定めた法律(主に昼寝)を忠実に守り、平和そのもの。
俺は、やることが、なかった。
「……なあ、ノア」
俺は、玉座に寝そべりながら、天井に向かって、嘲笑うように、文句を言った。
「この天空城ってさ、すごいすごいって言うけど、意外と、できること少なくないか? 監視カメラと、まずい飯を作る機能と、たまにビームが撃てるだけだろ。もうちょっと、こう、なんか面白い機能とか、ないわけ?」
俺の、あまりにも贅沢で、あまりにも不遜なクレーム。
それに、ノアは、いつも通りの、平坦な声で、的確な反論を返してきた。
《――管理人様の権限レベルが低いからです》
「……ん?」
《より多くの機能、より高度な権能を望むのであれば、管理人レベルを、さらに引き上げてください》
その、あまりにも正論な返答に、俺は、ぐうの音も出なかった。
そして、5秒ほどの、長い長い沈黙の後。
俺は、ぽん、と手を叩いた。
「……あ。そういえば、そんなの、あったな」
すっかり、完全に、忘れていた。
俺は、この城のレベルを上げることができるのだった。
「よし! やるぞ、ノア! 次の、レベルアップの試練とやらを、今すぐ出せ!」
《承知しました。これより、管理人権限レベル5への、昇格プロトコルを開始します》
ノアの宣言と共に、玉座の間に、あの間の抜けたファンファーレが鳴り響く。
《試験内容:管理人適性・認知処理能力テスト。――暗算です》
「暗算?」
なんだ、楽勝じゃないか。
俺が、そう高をくくった、次の瞬間。
目の前の巨大モニターに、一つの、長大な数式が、映し出された。
問:以下の計算を、暗算にて、小数点第3位まで求めよ。
{ ( ∛177,147,000 × √89,401 ) + ( 12! ÷ 4,989,600 ) } ÷ π
「…………」
俺の脳は、その数式を視認した瞬間、完全に、その活動を、停止した。
なんだ、これ。呪文か? 古代の暗号か?
俺は、必死に、指を折り始めた。
「……いち、じゅう、ひゃく、せん……」
「……もう、見ておれん」
俺の、あまりにも情けない姿に、隣で、盤上遊戯の駒の手入れをしていたエラーラが、深すぎるため息をついた。
彼女は、ちらり、とモニターの数式を一瞥すると、心底どうでもよさそうに、鼻で笑った。
「ふん。答えは、3,248.118、だろう。こんなもの、帝国の士官学校の、入校試験レベルだぞ」
彼女が、そう呟いた、その瞬間だった。
デデーン! 大正解です! 素晴らしい!
玉座の間に、これまでで、最も盛大な、祝福のファンファーレが、鳴り響いた。
「……は?」
「……何?」
俺と、エラーラの声が、綺麗にハモった。
《――以上で、管理人適性・技能テストを終了します。解答を確認。全問正解です》
《プロトコル、クリア。管理人権限レベルを5に引き上げます》
「いやいやいや! 待て待て待て!」
俺は、慌てて叫んだ。
「今、答えたの、俺じゃないぞ! エラーラだぞ! なんで、俺が、レベルアップするんだよ!」
その、あまりにももっともな俺の抗議に、ノアは、完璧な論理で、返してきた。
《本試験のクリア条件は、『管理人様の統治領域内(この玉座の間)で、制限時間内に、正答が音声入力されること』です。解答者が誰であるかは、問題ではありません。問題は、解決されました。よって、試験は、クリアです》
あまりにも、理不尽な、結果主義。
エラーラは、「私が、なぜ、貴様のレベル上げの、手伝いを……」と、頭を抱えてうずくまっている。
俺は、棚からぼた餅とは、まさにこのことだな、と、一人ごちた。
《――権限レベル5への到達、おめでとうございます、管理人。これにより、二つの、新たな権能が解放されました》
ノアの、祝福のアナウンスが響く。
権能1:【護衛兵の手動生産】
……これまでの自動生産とは異なり、管理人様の指示に基づき、護衛兵の、デザイン、武装、能力などを、自由にカスタマイズして、一体から生産することが可能となります
権能2:【生命創造】
……本城の物質生成機能、及び、九番艦ガイアの生命維持システムを応用し、既存の生物の複製、あるいは、全く新しい、未知の生命体を、創造することが可能となります
「…………」
俺は、モニターに表示された、その、二つの、あまりにも、神の領域すぎる権能を、ただ、呆然と、見つめていた。
護衛兵の、カスタマイズ。
そして、生命の、創造。
「……おい、エラーラ」
俺は、隣でまだ落ち込んでいる剣聖の肩を、ぽん、と叩いた。
「なんか、すごいこと、できるようになったぞ」
「……もう、知らん。貴様の城だ。好きにしろ」
「よし!」
俺の頭の中に、とんでもないアイデアが、次々と、湧き上がってきた。
(……サツマイモの形をした、空飛ぶ偵察機とか、作れるのか? あるいは、プリンでできた、ぷるぷるのゴーレムとか……?)
(生命創造……? じゃあ、俺だけの、究極のペット……例えば、羽の生えた猫とか、喋る犬とかも……?)
エラーラは、その時の、俺の顔を、後にこう語った。
「……それは、神の力を手に入れた、愚かな子供の、あまりにも無邪気で、そして、あまりにも、邪悪な笑みだった」と。
俺の、平和なスローライフは、今、新たな、そして、最も危険な『おもちゃ』を手に入れて、次なる、混沌のステージへと、足を踏み入れようとしていた。
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