127.復讐の女王
「――チェックメイトだ、エラーラ!」
玉座の間に、俺の、この日一番の歓喜の雄叫びが響き渡った。
盤上遊戯『天空創世記』。その盤上では、俺が生み出した究極の新兵器、『EMP・アニヒレーター』が、エラーラの誇る最強の駒、『紅蓮殲滅女王』を、完膚なきまでに叩きのめしていた。
電撃を纏ったポテトの巨神が、女王の駒を盤上から弾き飛ばす。それは、あまりにもシュールで、あまりにも屈辱的な光景だった。
「…………」
エラーラは、言葉を失っていた。
その顔は、怒りを通り越して、もはや能面のように、無表情だった。
私が、負けた?
この私が?
ただの芋に? それも、電気を帯びた、ただの芋に?
彼女の中で、数百年かけて築き上げてきた剣聖としてのプライドが、ガラガラと、音を立てて崩れていく。
「……ははは! どうだ、見たか! これが、俺の、新たな戦術だ!」
俺の、あまりにも無邪気な、そして、あまりにも無神経な、勝利の雄叫び。
それが、引き金となった。
「…………」
エラーラは、ゆっくりと、立ち上がった。
その瞳には、もはや、何の感情も浮かんでいなかった。ただ、全てを無に帰す、虚無だけが、そこにあった。
「……待っていろ、管理人」
彼女は、地を這うような、低い声で、そう呟いた。
「……次こそは、必ず、貴様のその、ふざけた芋畑を、根絶やしにしてくれる……!」
その言葉を残し、彼女は、まるで亡霊のように、音もなく玉座の間を去っていった。
俺は、その、あまりにも本気の復讐宣言に、少しだけ、背筋が寒くなるのを感じた。
それから、三日間。
エラーラは、玉座の間に、一切、姿を現さなかった。
俺が、盤上遊戯に誘っても、通信越しに、「失せろ、芋男」と、即座に切られるだけ。
彼女は、自室に引きこもり、何やら、鬼の形相で、研究に没頭しているらしかった。
盤上遊戯のルールブックを隅から隅まで読み込み、過去の俺との対戦記録を、ノアから全て取り寄せ、俺の戦術パターンを、完璧に分析しているという。
たかが、ゲームに、だ。
一方、俺は、俺で、来るべき決戦に向けて、準備を進めていた。
エラーラの、あの本気の目。次も、ポテトカイザーやEMPアニヒレーターで勝てるとは、限らない。
俺には、さらなる、究極の駒が必要だ。
俺は、レベル4の権能『機械製造指示』を再び行使し、俺の、子供じみた創造力の、全てを注ぎ込んだ。
そして、決戦の日。
玉座の間には、ゴングの音を待つ、闘技場のような、張り詰めた空気が満ちていた。
俺と、エラーラが、巨大なボード盤を挟んで、向かい合う。
エラーラの瞳には、睡眠不足からくるクマと、復讐の炎だけが、燃え盛っていた。
「――始めようか、管理人。貴様の、芋伝説も、今日で終わりだ」
「望むところだ、エラーラ。俺の、新たな神の駒の、生贄になるがいい!」
戦いの火蓋は、切って落とされた。
エラーラは、別人だった。
彼女の駒の動きは、以前のような、力任せの突撃ではない。計算され尽くした、完璧な布陣。俺のポテト軍団の弱点を、的確に、そして、無慈悲に突いてくる。
俺の駒は、次々と、盤上から消えていった。
「くっ……! なぜだ! なぜ、俺の動きが、全て読まれている……!」
「ふん! 貴様の、その単細胞な思考パターンなど、三日もあれば、全て解析できるわ!」
エラーラは、完全に、俺の上を行っていた。
俺のキングの駒が、じりじりと、盤上の隅へと追い詰められていく。
敗北。その二文字が、俺の脳裏をよぎった。
「終わりだ、管理人! 我が女王の、怒りの一撃を、その身で味わうがいい!」
エラーラの『紅蓮殲滅女王』が、とどめを刺すべく、俺のキングへと、その大鎌を振り上げた。
だが、俺は、不敵に、笑っていた。
「……かかったな、エラーラ」
「……何?」
「お前を、この一点に、誘い込むためだったのさ!」
俺は、手元に残していた、最後の、そして、最強の駒を、盤上へと、叩きつけた。
「――いでよ! 俺の、筋肉の化身! **『マッシュルマッシュポテト』**ッ!!」
それは、どう見ても、ただの、マッシュポテトだった。
いや、違う。その、滑らかなマッシュポテトの塊から、なぜか、異常なまでに発達した、ムキムキの腕と脚が、生えていた。
その手には、巨大なバーベルが握られている。
「な……なんだ、その、ふざけた駒は……!」
エラーラの、絶叫。
「こいつの特殊能力は、『マッスル・インパクト』! 相手の守備力や特殊能力を、全て無視して、その筋肉だけで、全てを粉砕する!」
マッシュルマッシュポテトは、雄叫びを上げると、その手に持ったバーベルを、『紅蓮殲滅女王』へと、力任せに、叩きつけた。
女王の、あらゆる攻撃を無効化するはずの『煉獄のオーラ』も、筋肉の前では、無意味だった。
ゴッ!と、鈍い音と共に、エラーラの最強の駒は、盤上から、場外へと、吹っ飛んでいった。
「そん……な……」
エラーラは、呆然としている。
「いっけええええええ! マッシュルマッシュポテト! 敵のキングを、粉砕しろぉぉぉぉ!」
俺の、あまりにも無邪気な絶叫。
筋肉の化身と化したマッシュポテトは、エラーラの、完璧だったはずの布陣を、ただ、その圧倒的な筋肉だけで、蹂躙し、そして、粉砕した。
数分後。
盤上には、仁王立ちする、一体のマッシュポテトの駒と、その足元に転がる、エラーラ軍の残骸だけが、残されていた。
「…………」
エラーラは、完全に、心が、折れていた。
彼女は、静かに、立ち上がると、一言だけ、呟いた。
「……もう、やらん。二度と、やらん……」
そして、力なく、玉座の間を、去っていった。
「やったー! また勝ったぞー!」
俺の、歓喜の雄叫びが、虚しく響き渡る。
その、あまりにも平和な光景の、すぐ傍ら。
巨大なモニターには、ノアが、淡々と、表示していた。
《対ネメシス用決戦兵装『EMPアニヒレーター』、開発計画、フェーズ3に移行。――最終実証シミュレーションを、開始します》
俺たちの、くだらない戦争ごっこが終わった、まさにその裏で。
本物の、星々を揺るがす、戦争の準備が、着々と、進められていることを。
俺は、まだ、知らなかった。
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