124.敗戦会議
玉座の間は、墓場のような静寂に包まれていた。
数時間前まで、俺とエラーラが盤上遊戯に興じ、間の抜けた歓声や罵声が響いていた場所。だが、今は、誰も、一言も、発しようとはしなかった。
' 床には、強制帰還させられたセラフィムたちの、無残な残骸が横たわっていた。'
完璧だったはずの白銀の装甲は、無数の傷で抉られ、黒く焼け焦げ、あるいは、ありえない角度にねじ曲がっている。数体は、腕や脚を失っていた。
無数の作業ドローンたちが、彼らの周りを飛び交い、懸命な修復作業を行っている。だが、その痛々しい姿は、俺たちに、一つの、否定しようのない事実を、突きつけていた。
――敗北。
俺の、最強の護衛たちが、初めて、完膚なきまでに、叩きのめされたのだ。
俺は、玉座に座ったまま、その光景を、ただ、呆然と眺めていた。
面白いとか、面白くないとか、そんな感情は、もはや、どこかへ消え去っていた。ただ、胸の奥が、ざわざわと、不快に波立っている。
あれは、なんだ。
あの、黒い槍は。あの、あまりにも理不尽な、暴力の塊は。
あれが、俺たちの、本当の敵なのか。
「……私の、せいだ」
その沈黙を破ったのは、玉座の間に戻ってきていた、エラーラの、か細い声だった。
彼女は、強制転移させられた後、ずっと、壁際で、己の無力さを噛み締めるように、立ち尽くしていた。
「私が、地上にいたからだ。私を助けるために、セラフィムの一体が、戦線から離脱した。あの時、もし、10体のままで戦えていたなら……」
「……関係ない」
俺は、エラーラの言葉を、静かに遮った。
「10体だろうが、100体だろうが、同じだったさ。……だろ、ノア?」
《……肯定します》
ノアの声は、いつも通り、平坦だった。だが、その奥に、敗北のデータを分析し終えた、冷徹な結論が、隠されていた。
《敵艦、二番艦ネメシスの戦闘能力は、こちらの予測を、遥かに上回っています。セラフィムでは、有効なダメージを与えることは、不可能です》
絶対的な、戦力差。
その事実に、玉座の間は、再び、重い沈黙に包まれた。
俺たちの、平和な日常は、完全に、終わりを告げたのだ。
【仮想現実空間『追憶の楽園』】
その頃。
俺たちの知らない、城の最深部、仮想空間では、三つの魂による、緊急の会議が開かれていた。
青い海が広がる、ポセイドンの追憶の世界。その中心で、ノア、エリス、そして、フローラの三人が、ホログラムのアバターとして、向かい合っていた。
その表情は、いずれも、硬い。
「――やはり、ネメシスは、我らが想像する以上に、危険な存在です」
最初に口火を切ったのは、エリスだった。その瞳には、姉妹を殺した敵への、燃えるような憎しみが宿っている。
「セラフィムは、一番艦の、対地上用の迎撃ユニット。同胞である『方舟』との戦闘は、想定されていません。このままでは、次に遭遇した時、我々は、また、一方的に蹂躙されるだけです」
「そんな……」
フローラが、怯えたように、声を震わせる。
その二人の巫女に、ノアは、静かに、そして、力強く、告げた。
《――だからこそ、我らは、進化しなければなりません》
ノアのホログラムが、その手を広げる。
《議題は、二つ。第一に、アークノアの、武装及び、防御システムの、全面的な刷新。そして、第二に、ネメシスを、こちらから探し出し、叩くための、能動的な索敵・迎撃計画です》
ノアの言葉に、二人の巫女は、顔を上げた。
《まず、武装について。エリス、貴女のアルカディアが持っていたという、敵の思考を予測する『因果律予測システム』。その基礎理論データを、提供してください。それを、セラフィムとアークエンジェルの、次世代機OSに組み込みます》
「……! はい!」
《そして、フローラ。貴女のガイアが持つ、生命エネルギーを、防御フィールドへと転換する『生命の樹システム』。その理論を応用し、本城に、自己修復機能を持つ、新たな多重結界を構築します》
「私、が……お役に、立てるのですか……?」
《貴女がたの力が必要です。この一番艦アークノアは、プロトタイプ。あらゆる機能を拡張できる、素体です。貴女がた姉妹の、失われた方舟の魂を、この城に受け継ぎ、我らは、**『合成方舟』**として、生まれ変わるのです》
ノアの、壮大な計画。
それは、ただの武装強化ではなかった。失われた姉妹たちの力を、この一番艦に集約させ、ネメシスという、あまりにも強大な兄に対抗するための、唯一の、そして、最後の希望だった。
《そして、第二の議題。ネメシスの捜索について》
ノアは、続けた。
《敵は、ワープを繰り返し、その正確な位置を、掴ませません。ですが、今回の襲撃で、一つのことが分かりました。……奴は、何かを『略奪』している。帝国の武器庫を奪ったように、奴は、自らを強化するため、あるいは、何か別の目的のため、特定の資源を、求めている》
「『原初のバグ』を、探すために……?」
《その可能性が高いでしょう。ならば、我らがすべきことは、一つ。『星を見る者』の索敵範囲を、さらに拡大し、ネメシスのワープアウト痕跡を、徹底的に追跡します。奴の次の『狩り場』を予測し、そこに、我らが先回りするのです》
もはや、守ってばかりでは、いられない。
こちらから、狩人を、狩りに行く。
三つの魂は、沈黙のうちに、しかし、固い決意を持って、頷き合った。
【天空城アークノア 玉座の間】
会議は、終わった。
玉座の間で、呆然としていた俺の頭に、ノアの、いつもと変わらない、しかし、どこか力強い声が、響いた。
《――管理人》
「……なんだ」
《ただ今、巫女エリス、及び、巫女フローラの協力の下、本城の、新たなアップグレード計画を開始しました。計画名、『プロジェクト・キメラ』。これに伴い、観測機『星を見る者』の任務を、ネメシスの追跡へと、完全に切り替えます》
ノアは、俺に、許可を求めてはいなかった。
ただ、決定事項として、報告しただけだった。
俺は、その、あまりにも頼もしい報告に、何も、言い返せなかった。
sうだ。俺は、何もできない。この、神々の戦いにおいて、俺は、あまりにも、無力だ。
俺にできることは、ただ、一つだけ。
「…………わかった」
俺は、静かに、頷いた。
「――任せる」
その、短い一言。
それが、この城の、新たなる戦いの、始まりを告げる、合図となった。
俺の、平和なスローライフは、完全に終わった。
だが、俺は、不思議と、絶望はしていなかった。
俺の、頼もしい『母親』と、心強い『妹』たちが、俺の代わりに、戦ってくれるらしい。
ならば、俺は、俺にできる、唯一の仕事――この玉座で、全てが終わるのを、ただ、見届けるだけだ。
俺は、少しだけ、誇らしい気持ちで、修復作業が進む、セラフィムの残骸を、見つめていた。
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