122.黒影
「――その、襲撃されたっていう場所、今すぐ、モニターに映せ」
玉座の間で、俺の声が、冷たく響き渡った。
俺の、あまりにも個人的で、あまりにも神聖な領域である『おやつの時間』を荒らされた怒りは、宇宙規模の謎や、足元の時限爆弾の恐怖すら、一瞬で吹き飛ばすほどの、純粋な激怒だった。
《――了解しました。目標地点、帝都ヴァイス、コンペ-ティション会場近郊。現在、戦闘が継続中のようです》
ノアの言葉と共に、巨大モニターの映像が、帝都の路地裏へと切り替わる。
そこには、まさに地獄絵図が広がっていた。
菓子職人たちが恐怖に顔を引きつらせて蹲り、その周りを、黒いフードを被った男たちが襲いかかろうとしている。それを、帝国の衛兵たちが、必死に食い止め、劣勢に立たされていた。
「ちぃっ!」
俺は、玉座を蹴り、立ち上がった。
「ノア! 転移ゲートを開けろ! 今すぐ行くぞ!」
「お待ちください、管理人様!」
エリスが、モニターの向こうから、悲痛な声を上げる。
「彼らは、何を考えているか分かりません! 管理人様が、直接、危険に身を晒すなど……!」
「俺の菓子職人たちに手を出したんだ! 俺が行かなくて、どうする!」
「……いや、貴様が行っても、足手まといになるだけだ」
エラーラが、冷静に、しかし、確かな闘志を瞳に宿して、立ち上がった。
「ここは、私と、貴様の『護衛兵』に任せろ。貴様は、玉座で、ふんぞり返って、全ての結果を見届けていればいい。それこそが、王の仕事であろうが」
その言葉に、俺は、ぐっと、言葉に詰まった。悔しいが、正論だ。
「……分かったよ」
俺は、玉座に座り直し、ノアに、新たな命令を下した。
「エラーラと、セラフィムを10体、ただちに現場へ転移させろ! それと、あのフードの連中、全員、生け捕りにしろ。一人残らず、俺の城の牢屋にぶち込んで、二度と、菓子に手出しできないようにしてやれ!」
《――御意に》
【帝都ヴァイス・路地裏】
菓子職人たちを庇い、絶望的な防衛線を繰り広げていた帝国兵の前に、突如として、眩い光のゲートが開かれた。
「な……なんだ!?」
光の中から現れたのは、一人の、紅蓮の髪の女剣士と、10体の、白銀の騎士たち。
「――天空城アークノア、神聖自警団団長、エラーラ・フォルティス」
エラーラは、大剣を肩に担ぎ、フードの男たちを、まるでゴミでも見るかのような目で見下ろした。
「貴様らの、菓子を汚す、不敬な行い。この私が、神に代わって、裁きを下す!」
「ひるむな! 我らの主の御心のままに! 天空の異端者どもを、排除せよ!」
フードの男たちが、狂信的な雄叫びを上げ、一斉に襲いかかってくる。
だが、彼らが、エラーラにたどり着くことはなかった。
音もなく、10体のセラフィムが、その前に立ちはだかったのだ。
そこからの光景は、もはや戦闘ではなかった。一方的な、掃討作業。
セラフィムたちの動きは、あまりにも速く、あまりにも正確で、あまりにも無慈悲だった。
フードの男たちが振るう剣は、白銀の装甲に、傷一つ付けることなく弾かれ。
彼らが詠唱する呪文は、セラフィムが展開する、見えざる魔力障壁の前に、霧散する。
そして、白銀の騎士たちが振るう剣閃は、一太刀で、フードの男たちの戦闘能力を、完璧に奪っていった。手足を砕き、武器を破壊し、しかし、決して命は奪わない。それは、管理人である俺の「生け捕りにしろ」という命令を、完璧に遂行するための、冷徹な制圧術だった。
「……ちっ。私の、出番なしか」
エラーラは、あまりにも一方的な光景に、つまらなそうに、舌打ちをした。
数分後。
路地裏には、戦闘能力を完全に失い、無力化されたフードの男たちが、山のように転がっていた。
ノアから派遣された回収ドローンが、彼らに麻酔ガスを噴射し、次々と、転移ゲートの中へと、吸い込んでいく。
「……すごい……」
帝国の衛兵たちが、その、神の如き戦いぶりに、ただ、呆然と立ち尽くしていた。
「……さて、と。後片付けも終わったことだし、帰るか」
エラーラが、剣を肩に担ぎ直し、帰還の準備を始めた、その時だった。
俺たちの、上空で。
まるで、空間そのものが、ひび割れたかのような、鈍い音が、響き渡った。
「――っ!?」
エラーラが、その音に反応し、反射的に、空を見上げた。
玉座の間で、モニターを見ていた俺も、その異常事態に、身を乗り出す。
そこには、これまで見たこともない、漆黒の『槍』が、空間を切り裂き、帝都の、まさにその路地裏に向けて、一直線に、落下してきていた。
その槍の先端には、確かに、あの男の、冷たい殺意が宿っていた。
二番艦、『黒のアーク・ネメシス』。
なぜ、今、ここに!?
その、あまりにも突然の、そして、あまりにも絶望的な強襲に。
路地裏にいたエラーラも、そして、玉座の間でモニターを見ていた俺も、ただ、その場に立ち尽くすことしか、できなかった。
世界の、全てが、一瞬で、静止したかのように思えた。
黒い槍が、帝都を、エラーラたちを、貫こうと、迫ってくる。
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