116.サツマイモ騎士団
「よっしゃあああああああああ!」
玉座の間に、俺の、この日一番の歓喜の雄叫びが響き渡った。
失われた姉妹たちの魂を救うという、壮大で感動的な計画。それが、結果として、俺専用の、究極の『釣り堀』の創造に繋がるかもしれない。
もはや、ぐずぐずしている理由はなかった。
「ノア! 今すぐ行くぞ! あの青い船の残骸、『ポセイドン』とやらの所へ!」
俺が、逸る気持ちを抑えきれずに叫ぶ。
「もちろん、ワープでな!」
《……承知、いたしました》
ノアの返答は、いつも通り、平坦だった。だが、その後に、ほんの少しだけ、付け加えられた言葉があった。
《……旅の『粋』というものが、ありませんな、管理人》
「うるさい!」
俺は、即座にツッコミを入れた。
このAI、完全に俺の真似をして、おちょくってきている。
「いいから、とっとと行くぞ! 最高の釣り場が、俺を待ってるんだ!」
かくして、俺たちは、再び超空間航行システムを起動させた。
城全体が、心地よい光と振動に包まれ、そして、ほんの数分後。俺たちは、三番艦『青のアーク・ポセイドン』が眠る、宇宙の墓標へと、再びたどり着いていた。
玉座の間の巨大モニターに、無残に引き裂かれた、巨大な船の亡骸が、静かに映し出されている。
「よし! 総員、作業開始だ!」
俺が、管理人らしく、ビシッと命令を下す。
《御意に》
ノアの返答と共に、アークノアの船体から、無数の作業用ドローンと、ナノマシンの集合体が、まるで蜂の群れのように、ポセイドンの残骸へと向かって、一斉に飛び立っていった。
彼らは、残骸の隅々まで取り付くと、船体に残された微弱なデータをスキャンし、巫女マリーナの『魂の痕跡』を探し始める。それは、あまりにも精緻で、あまりにも高度な、俺には到底理解できない作業だった。
「……」
俺は、その光景を、玉座から、腕を組んで見守っていた。
最初は、SF映画のようで、少しワクワクしていた。
だが、五分も経つと、その光景は、ただの単調な作業にしか見えなくなってきた。
「……なあ、俺、なんかやることあるか?」
《ありません》
ノアの、無慈悲な即答。
《管理人様は、ただ、そこに座って、全てが終わるのをお待ちください。それが、最も効率的です》
つまり、俺は、ただの置物だった。
エラーラは、こんなこともあろうかと、最初から訓練場に引きこもっている。エリスとフローラは、医療区画で、固唾を飲んで作業の進捗を見守っている。
玉座の間にいるのは、俺と、退屈そうに壁際で槍を磨いている、数体のセラフィムだけ。
「……暇だ」
俺は、玉座の上で、ごろん、と寝転がった。
することが、本当に、何もなかった。
それから、数時間。
俺は、玉座の間の天井の模様を、隅から隅まで覚えてしまうほど、完璧な退屈の時間を過ごしていた。
もはや、限界だった。
「――エラーラァァァァァァ!!」
俺は、城内通信を使って、魂の叫びを、訓練場へと届けた。
《……なんだ、その断末魔のような声は。うるさいぞ、管理人》
「頼む! 来てくれ! 暇で、死ぬ!」
《知るか! 私は今、自警団の連中を鍛え直すので、忙しい!》
「『天空創世記』をやろう! 俺の、新しい駒、『殲滅巨神ポテトカイザー』の、生贄になってくれ!」
《貴様のサツマイモに、これ以上付き合う気はないと言ったはずだ!》
通信が、一方的に切られた。
俺は、ついに、最終手段に出ることにした。
「……ノア。エラーラの訓練場に、俺の、等身大ホログラムを、出してくれ。そして、俺が、さっきの薬草テリーヌを食べて、のたうち回っている映像を、無限ループで再生しろ」
《……承知しました。それは、極めて有効な、精神攻撃です》
数分後。
玉座の間の扉が、バンッ!と、蹴破るような勢いで開いた。
そこには、鬼の形相をした、エラーラが立っていた。
「……貴様……! 人の訓練の邪魔をするのも、大概にしろ……!」
「おお! 来てくれたか、エラーラ!」
俺は、床に広げた『天空創世記』のボード盤を、満面の笑みで指差した。
そして、さらに、数時間後。
玉座の間には、エラーラの、本気で悔しそうな、呻き声が響いていた。
「……くっ……! 馬鹿な……! 私の、最強布陣、『紅蓮鳳凰騎士団』が、ただの、サツマイモに……!」
ボード盤の上では、エラーラの、格好いい騎士の駒たちが、俺の『究極甘藷大王』によって、無残にも、ボコボコにされていた。
「どうだ! これが、俺の、大地と太陽の恵みを受けた、究極の戦術だ!」
その、あまりにも平和で、あまりにも不毛な、神々の遊び。
その様子を、ポセイドンの残骸をスキャンしていた作業ドローンの一機が、遠隔カメラで、静かに、記録していた。
《――管理人様の精神状態、極めて良好。……サルベージ作業は、順調です》
宇宙の静寂の中で、壮大な魂の再生計画が、着々と進められている、まさにその裏で。
その計画の発案者は、ただひたすらに、サツマイモの駒で、最強の剣聖を打ち負かすことに、至上の喜びを、感じていた。
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