107.帰国、
妹艦『緑のアーク・ガイア』の救出と、アークノアへの統合。
そして、遥か宇宙の深淵へと放たれた、神の『目』、『星を見る者』。
俺の、平和なスローライフを脅かす、いくつかの問題は、とりあえず、一旦の解決を見た(ことになった)。
となると、俺が次に望むのは、ただ一つ。
「……そろそろ、地上に、帰りたくないか?」
玉座の間で、俺は、新しく城の中にできた楽園『ガイ
ア自然公園』の、リアルタイム映像を眺めながら、ぽつりと呟いた。
フローラが目覚めさせた、珍しい動物たちが駆け回る様子は、見ていて飽きない。だが、俺は、そろそろ、本物の太陽の光と、土の匂いが恋しくなっていた。
何より、あの『大菓子博覧会』で味わった、ジャンキーな屋台の味が、忘れられない。帝国が献上してくる菓子は、シャルロッテが監修しているせいか、どうにも上品すぎるのだ。
「……賛成だ」
俺の隣で、エラーラが、即座に同意した。
「いつまでも、こんな鉄の棺桶の中で、貴様の盤上遊戯に付き合わされるのは、ごめんだからな」
彼女もまた、閉鎖された環境に、ストレスを感じていたらしい。
「管理人様……」
医療区画から通信を繋いでいたエリスが、少しだけ、不安げな声を上げる。
「……ですが、地上には、まだ、あの『沈黙の福音』の残党が……。そして、二番艦ネメシスの脅威も、去ったわけでは……」
「大丈夫だって!」
俺は、根拠もなく、あっけらかんと言った。
「ノアも、パワーアップしたんだろ? なんか、ヤバそうな奴が近づいたら、俺が気づく前に、全部、吹っ飛ばしてくれるって!」
《肯定します》
ノアの、力強い返答。
《新統合防衛システム『神の盾』により、本城を中心とした半径1000km圏内は、現在、蚊一匹すら、許可なく侵入することは不可能です》
もはや、俺の城は、ただの天空城ではない。移動する、絶対的な聖域と化していた。
その、あまりにも過保護な返答に、エリスも、もはや何も言えなかった。
「よし! 決まりだな!」
俺は、玉座にふんぞり返ると、高らかに、命令した。
「ノア! ワープだ! 俺たちの、懐かしい、あの空へ! 帰るぞ!」
《――御意に》
再び、城全体が、心地よい振動と、光に包まれる。
超空間航行システムが起動し、俺たちの意識は、一瞬だけ、真っ白な光の奔流に飲み込まれた。
そして、次の瞬間。
城の振動が、ぴたり、と止んだ。
《――ワープ、完了。現在、目標座標、大陸中央部上空、高度8000メートルに到達。通常航行モードに復帰します》
ノアの、何事もなかったかのような、冷静なアナウンス。
「……帰ってきた……」
その言葉と共に、城の、分厚い装甲シャッターが、ゆっくりと、音を立てて、開かれていく。
金属の壁の向こう側から、眩いばかりの、本物の太陽の光が、玉座の間へと、差し込んできた。
「うわっ……!」
俺は、思わず、手で目を覆った。
久しぶりに浴びる、自然の光。その、あまりにも温かく、あまりにも懐かしい感覚に、俺は、心の底から、安堵のため息をついた。
「……やっぱり、こっちの方が、いいな……」
俺は、玉座の間から、新設された『ガイア自然公園』へと、駆け出した。
そこは、もはや、ただの艦内施設ではなかった。
装甲が解放され、ガラス張りの天蓋から、本物の太陽光が、惜しみなく降り注いでいる。本物の風が、木々を揺らし、小川のせせらぎに、光の粒がキラキラと反射している。
コールドスリープから目覚めた、色とりどりの鳥たちが、大空へと、歓喜の声を上げながら、飛び立っていく。
フローラが、その光景を、涙を浮かべながら、見上げていた。
「……太陽……。本物の、風……」
彼女にとって、それは、何十万年ぶりに見る、故郷の光景だった。
居住区画では、国民たちが、空を見上げ、歓喜の声を上げていた。
「おお! 神が、我らを、再び、光の世界へと、お導きくださったぞ!」
「見よ! 我らが新天地だ!」
彼らは、自分たちが、ただ、元の場所に戻ってきただけだということに、全く気づいていない。
俺は、その、あまりにも平和で、あまりにも美しい光景に、心の底から満足した。
そして、芝生の上に、ごろん、と寝転がった。
土の匂い。草の感触。頬を撫でる、心地よい風。
これだ。これこそが、俺のスローライフだ。
その、完璧な昼寝の時間を、邪魔する者がいた。
《――管理人》
「……なんだよ、ノア。今、いいところなんだから、静かにしてくれ……」
《緊急ではありません。ですが、貴官に、ご確認いただきたい情報が、一件ございます》
俺の目の前に、小さなモニターが、ふわりと浮かび上がる。
そこに映し出されていたのは、地上の、とある王国の、王城の様子だった。
純白の壁、美しい尖塔。聖王国アークライトの大聖堂だ。
そのバルコニーに、見覚えのある、金髪の少女が、一人、ぽつんと立っていた。
聖女アンナ。
彼女は、空を見上げ、俺たちの城を、まっすぐに、見つめていた。
そして、その手には、俺が、あの祭りの日に、彼女にあげた、食べかけのチョコバナナの串が、まるで宝物のように、大切に握りしめられていた。
《――対象:聖女アンナより、本城に向け、極めて微弱な、思念通信を、継続的に受信しています》
「……なんて?」
《通信内容を、音声化します》
モニターから、アンナの、純粋で、そして、どこか切実な、祈りの声が、聞こえてきた。
『――カイン様……。また、会いたいです……。チョコバナナ、また、一緒に、食べたいです……』
「…………」
俺は、何も言えなかった。
どうやら、俺の、平和なスローライフは、まだまだ、色々な人間(と、神様と、聖女)を巻き込んで、これからも、続いていくらしい。
俺は、空を見上げ、一つ、大きな、大きな、ため息をついた。
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