表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

104/144

103.生命

「――迎えに来たよ。もう、大丈夫だ」

 俺の、あまりにも単純な、しかし、おそらく彼女が何万年もの間、待ち望んでいたであろう一言。

 緑色の髪の少女――九番艦『ガイア』の巫女の瞳から、凍りついていたはずの涙が、静かに、そして、とめどなく溢れ出した。

 言葉は、なかった。

 ただ、その涙だけが、彼女の長すぎた孤独と、絶望の終わりを、物語っていた。

「……よかった……」

 玉座の間から通信で見守っていたエリスが、安堵と、そして喜びの涙を流している。

 俺は、どうすればいいのか分からず、ただ、その少女の、氷のように冷たい手を、優しく握ることしかできなかった。

 その時だった。

 俺たちがいるガイアの艦橋全体が、ガクン、と大きく揺れ、非常灯が、明滅を始めた。

「……!?」

「おい、どうした!」

 エラーラが、即座に剣の柄に手をかける。

《警告。ガイアの生命維持システム、限界です。艦内エネルギー、残り0.01%。このままでは、あと数分で、全ての機能が、完全に停止します》

 ノアの、無慈悲なアナウンスが響く。

「……申し訳……ありません……」

 少女が、か細い声で、謝罪した。

「……もう、私には、この子たちを、守る力が……」

 彼女の視線が、艦橋に並べられた、動物たちが眠る無数のカプセルへと向けられる。

 その瞳に、再び、絶望の色がよぎった。

 俺は、その光景に、考えるよりも先に、口を開いていた。

「――ノア!」

《はい、管理人》

「なんかこう、すごいデカい電池みたいなやつで、こいつに、電気、分けてやれないのか?」

 俺の、あまりにも素人すぎる、しかし、あまりにも的確な命令。

《……『共有型エネルギー転移プロトコル』ですね。可能です。本城の主動力炉より、直接、ガイアの動力炉へ、エネルギーを供給します》

「よし! やってくれ! 満タンにしてやれ!」

《御意に》

 その言葉を合図に、アークノアが、ゆっくりとその姿を変え始めた。

 城の側面から、無数の、光でできた触手のようなものが伸び、ガイアの船体を、優しく、しかし、確実に、包み込んでいく。そして、そのうちの一本が、ガイアのエネルギーポートへと、寸分の狂いもなく接続された。

 次の瞬間、アークノアの心臓部から、生命そのもののような、膨大なエネルギーの奔流が、死にかけの妹艦へと、惜しみなく注ぎ込まれていった。

 奇跡は、静かに、しかし、確実に、起こった。

 最初に、艦橋の非常灯が、力強い、安定した光を取り戻した。

 次に、止まっていたはずの換気システムが、新鮮な空気を送り込み始める。

 そして、今まで聞こえなかった、心地よい、機械の駆動音が、まるで蘇った心臓の鼓動のように、艦全体に、響き渡り始めた。

「……あ……」

 緑の髪の少女の瞳が、信じられないものを見たかのように、大きく見開かれていく。

 枯れ果てていたはずの、壁の植物たちが、その葉を広げ、瑞々しい緑色を、取り戻していく。

 動物たちが眠るカプセルも、一つ、また一つと、生命維持を示す、緑色のランプを灯し始めた。

 死んでいた世界に、再び、生命の息吹が、吹き込まれていく。

「……すごい……」

 俺は、その光景に、ただ、感嘆の声を漏らした。

 そして、俺の隣で、少女が、ゆっくりと、その場にひざまずいた。

「……ありがとうございます……ありがとうございます、一番艦の、管理人様……。そして、お姉さま……」

 彼女は、俺と、そして、アークノアそのものに向かって、深く、深く、頭を垂れた。

 全ての機能が回復した後、俺たちは、彼女を連れて、アークノアへと帰還した。

 医療区画で、ついに、姉妹の再会が、果たされる。

「……フローラ……!」

「……エリス、お姉さま……!」

 エリスと、フローラと名乗った緑の髪の少女は、互いの名を呼び合い、そして、言葉もなく、ただ、抱き合った。

 何万年、何十万年という、あまりにも長い時を超えた再会。

 その光景は、あまりにも神聖で、あまりにも美しく、俺は、少しだけ、気まずさを感じて、そっと、その場を後にした。

 玉座の間に戻った俺は、ソファに寝そべりながら、ぼんやりと考えていた。

 フローラ。ガイア。そして、そこに眠る、たくさんの動物たち。

 俺の城の国民は、また、一気に増えてしまったらしい。

 エラーラは、「また、守るべきものと、厄介事が増えただけだ」と、頭を抱えている。

 まあ、いいか。

 俺は、大きく、伸びをした。

 面倒なことは、色々ある。宇宙規模の兄弟喧嘩も、まだ終わっていない。

 だが、とりあえず、今は。

「……さて、と。俺のプリン、まだ、残ってるかな……?」

 俺の、平和なスローライフは、たくさんの隣人を巻き込みながら、今日もまた、マイペースに、続いていくのだった。


――ここまで読んでいただきありがとうございます!

面白かったら⭐やブクマしてもらえると励みになります!

次回もお楽しみに!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
https://ncode.syosetu.com/n5952lg/ 新作出しました!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ