103.生命
「――迎えに来たよ。もう、大丈夫だ」
俺の、あまりにも単純な、しかし、おそらく彼女が何万年もの間、待ち望んでいたであろう一言。
緑色の髪の少女――九番艦『ガイア』の巫女の瞳から、凍りついていたはずの涙が、静かに、そして、とめどなく溢れ出した。
言葉は、なかった。
ただ、その涙だけが、彼女の長すぎた孤独と、絶望の終わりを、物語っていた。
「……よかった……」
玉座の間から通信で見守っていたエリスが、安堵と、そして喜びの涙を流している。
俺は、どうすればいいのか分からず、ただ、その少女の、氷のように冷たい手を、優しく握ることしかできなかった。
その時だった。
俺たちがいるガイアの艦橋全体が、ガクン、と大きく揺れ、非常灯が、明滅を始めた。
「……!?」
「おい、どうした!」
エラーラが、即座に剣の柄に手をかける。
《警告。ガイアの生命維持システム、限界です。艦内エネルギー、残り0.01%。このままでは、あと数分で、全ての機能が、完全に停止します》
ノアの、無慈悲なアナウンスが響く。
「……申し訳……ありません……」
少女が、か細い声で、謝罪した。
「……もう、私には、この子たちを、守る力が……」
彼女の視線が、艦橋に並べられた、動物たちが眠る無数のカプセルへと向けられる。
その瞳に、再び、絶望の色がよぎった。
俺は、その光景に、考えるよりも先に、口を開いていた。
「――ノア!」
《はい、管理人》
「なんかこう、すごいデカい電池みたいなやつで、こいつに、電気、分けてやれないのか?」
俺の、あまりにも素人すぎる、しかし、あまりにも的確な命令。
《……『共有型エネルギー転移プロトコル』ですね。可能です。本城の主動力炉より、直接、ガイアの動力炉へ、エネルギーを供給します》
「よし! やってくれ! 満タンにしてやれ!」
《御意に》
その言葉を合図に、アークノアが、ゆっくりとその姿を変え始めた。
城の側面から、無数の、光でできた触手のようなものが伸び、ガイアの船体を、優しく、しかし、確実に、包み込んでいく。そして、そのうちの一本が、ガイアのエネルギーポートへと、寸分の狂いもなく接続された。
次の瞬間、アークノアの心臓部から、生命そのもののような、膨大なエネルギーの奔流が、死にかけの妹艦へと、惜しみなく注ぎ込まれていった。
奇跡は、静かに、しかし、確実に、起こった。
最初に、艦橋の非常灯が、力強い、安定した光を取り戻した。
次に、止まっていたはずの換気システムが、新鮮な空気を送り込み始める。
そして、今まで聞こえなかった、心地よい、機械の駆動音が、まるで蘇った心臓の鼓動のように、艦全体に、響き渡り始めた。
「……あ……」
緑の髪の少女の瞳が、信じられないものを見たかのように、大きく見開かれていく。
枯れ果てていたはずの、壁の植物たちが、その葉を広げ、瑞々しい緑色を、取り戻していく。
動物たちが眠るカプセルも、一つ、また一つと、生命維持を示す、緑色のランプを灯し始めた。
死んでいた世界に、再び、生命の息吹が、吹き込まれていく。
「……すごい……」
俺は、その光景に、ただ、感嘆の声を漏らした。
そして、俺の隣で、少女が、ゆっくりと、その場にひざまずいた。
「……ありがとうございます……ありがとうございます、一番艦の、管理人様……。そして、お姉さま……」
彼女は、俺と、そして、アークノアそのものに向かって、深く、深く、頭を垂れた。
全ての機能が回復した後、俺たちは、彼女を連れて、アークノアへと帰還した。
医療区画で、ついに、姉妹の再会が、果たされる。
「……フローラ……!」
「……エリス、お姉さま……!」
エリスと、フローラと名乗った緑の髪の少女は、互いの名を呼び合い、そして、言葉もなく、ただ、抱き合った。
何万年、何十万年という、あまりにも長い時を超えた再会。
その光景は、あまりにも神聖で、あまりにも美しく、俺は、少しだけ、気まずさを感じて、そっと、その場を後にした。
玉座の間に戻った俺は、ソファに寝そべりながら、ぼんやりと考えていた。
フローラ。ガイア。そして、そこに眠る、たくさんの動物たち。
俺の城の国民は、また、一気に増えてしまったらしい。
エラーラは、「また、守るべきものと、厄介事が増えただけだ」と、頭を抱えている。
まあ、いいか。
俺は、大きく、伸びをした。
面倒なことは、色々ある。宇宙規模の兄弟喧嘩も、まだ終わっていない。
だが、とりあえず、今は。
「……さて、と。俺のプリン、まだ、残ってるかな……?」
俺の、平和なスローライフは、たくさんの隣人を巻き込みながら、今日もまた、マイペースに、続いていくのだった。
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