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101.ジャパニーズ・粋

 天空城アークノアが、長距離宇宙航行モードに移行してから、体感では、もう、一週間は過ぎた気がする。

 俺の日常は、すっかり『缶詰生活』に慣れてしまった。

 窓の外は、いつも同じ金属の壁。太陽の光も、星の輝きもない、閉鎖された空間。

 盤上遊戯『天空創世記』は、エラーラに百連勝くらいしたところで、ついに飽きた。居住区画の国民たちは、相変わらず熱狂的に俺を崇拝しているが、正直、あの熱量に付き合うのも、疲れる。

「……なあ、ノア」

 玉座の間で、俺は、天井の虚空に向かって、力なく問いかけた。

「……まだ、着かないのか? 妹さんの星」

《目標宙域までの航行スケジュールは、現在、全体の約0.02%を完了しました。現行の通常航行速度を維持した場合、到着までの予測時間は、残り約8ヶ月と12日です》

「はちかげつ!?」

 俺は、思わず、玉座から転げ落ちそうになった。

「嘘だろ!? そんなに、この缶詰生活を続けろって言うのか!? 俺、干からびるぞ!」

《これは、安全性を最優先した、最も確実な航行計画です》

 ノアの、あまりにも正論で、あまりにも絶望的な返答。

 俺が、本気で管理人をやめようかと考え始めた、その時だった。

《……ですが、管理人様が、どうしても、ということであれば》

 ノアは、珍しく、含みのある言い方をした。

《――ワープ航法の使用も、可能です》

「……は?」

「ワープ……?」

 俺と、隣で茶を啜っていたエラーラの声が、綺麗にハモった。

「ワープ!? できるのか!? そんな、SFみたいなことが!」

《はい。本城は、空間を直接折り畳み、超光速で長距離を移動する、超空間航行機能を搭載しています。それを使用すれば、目標宙域までは、約15分で到達可能です》

「じゅ、じゅうごふん!?」

 俺は、絶叫した。

「じゃあ、なんで、最初からそれを使わないんだよぉぉぉぉぉぉ!!!」

 俺の、魂の叫び。

 それに、ノアは、こともなげに、そして、どこか誇らしげに、こう答えた。

《――その方が、旅の『粋』かと》

「…………」

 俺は、何も言えなかった。

 このAI、最近、俺のくだらないジョークに付き合わされているうちに、どんどん、変な方向に、人間らしくなってきている。

「……ふっ……くくく……!」

 俺の隣で、今まで黙っていたエラーラが、ついに、耐えきれなくなったように、肩を震わせ始めた。

「……貴様も、随分と、この馬鹿な管理人に、似てきたではないか、ノア……! 粋、だと? 馬鹿馬鹿しい!」

 そして、彼女は、俺の方を、鋭い、しかし、どこか楽しげな目で睨みつけた。

「――おい、管理人! いつまで、こんな鉄の棺桶の中で、燻っているつもりだ! さっさと、その『ワープ』とやらを使わせろ! 貴様の妹君も、そして、我々の敵も、待ってはくれんのだぞ!」

 エラーラの、あまりにも正論な、叱咤激励。

 俺は、なんだか、自分がすごく馬鹿らしくなってきた。

「……わかったよ」

 俺は、玉座に座り直し、少しだけ、管理人らしい、威厳のある声で、命令した。

「――ノア! ワープ航法、開始! 全速力で、妹さんの星まで、ひとっ飛びだ!」

《――御意に》

 ノアの、力強い返答。

 その瞬間、城全体が、今までとは比べ物にならない、巨大な振動と、唸るような駆動音に包まれた。

《超空間航行システム、起動。エネルギー充填率、100%……120%……》

 玉座の間のモニターに、凄まじい勢いで、エネルギーの奔流が、城の心臓部から、船体全体へと広がっていく様子が映し出される。

《空間座標、ロック。目標、九番艦『緑のアーク・ガイア』》

《――ワープ、開始します》

 次の瞬間、俺たちの視界は、真っ白な光に飲み込まれた。

 窓のない、閉鎖された空間のはずなのに、壁も、床も、天井も、全てが光そのものと化し、俺の体は、心地よい浮遊感に包まれる。

 そして、わずか数秒後。

 光が収まり、城の振動が、ぴたり、と止んだ。

《――ワープ、完了しました。現在、目標宙域に到達。通常航行モードに復帰します》

 ノアの、何事もなかったかのような、冷静なアナウンス。

「……え? もう、着いたのか?」

 俺が、呆気に取られていると、玉座の間のモニターに、外部の映像が映し出された。

 そこには、無数の小惑星が浮かぶ、星々の墓標。

 そして、その影に、ひっそりと、しかし、確かに、息を潜める、緑色の、美しい船の姿があった。

 九番艦『緑のアーク・ガイア』。

 8ヶ月かかるはずだった、絶望的な旅。

 それは、たった15分で、その目的地へと、たどり着いてしまった。

 俺は、これから始まる、本当の冒険を前に、ただ、宇宙は、意外と近かったんだな、と、間の抜けたことを、考えていた。


――ここまで読んでいただきありがとうございます!

面白かったら⭐やブクマしてもらえると励みになります!

次回もお楽しみに!



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