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2話 青春なんて無理無理

 


 俺の学校生活は、おそらく見ていて面白くない。


 必死こいて勉強する気合いはないし、『プロになるんだ!』なんて熱中出来る趣味もない。おりかが独りぼっちになってしまうから部活も無理。もっとも、初めからやりたい部活もなかったが。


 目的に向かって走る人物を主人公と呼び、目的もなく背景をふらつく人物をモブキャラと呼ぶ。その点で言えば、俺は完全にモブキャラだ。大抵の人間がそうであるように。


 というわけで、今日も何事もなく放課後を迎える。


「早く帰らないとな」


 思い出すのは今朝のこと。何か言いたげだったおりかの姿。おりかの気が変わってしまう前にきちんと聞いておきたい。


 そう思い、俺はホームルームが終わるや否や、誰とも会話せず急ぎ足で教室を出た。


 そのまま玄関を通り過ぎ、校庭の隅を小走りで駆けていく。帰宅部の帰宅時間なんか真っ昼間同然で、熱心な野球部が閧の声と土煙を上げていた。これから暑くなるのに、日が暮れるまであの調子で練習するんだろう。


 その、俺とは正反対の青春らしい様子が、妙に心に引っかかる。


 やりたいこと、か……。好きなこととか、趣味ならあるんだけどな。ラノベ作家とか、イラストレーターとか、結構簡単そうだけど。やってみてもいいかもな。


「…………」


 とそこで、昨夜の悪夢が脳裏をよぎった。暗い部屋。独りぼっち。カメラの前で美少女を演じる俺。痛々しすぎて、記憶にモザイクが入る。


「……いや、簡単な仕事なんてないよな、うん……」


 それにああいうのにはオリジナリティが必要だ。俺の思いつきなんか、もうとっくに誰かがやってるんだよな。パクリってわけじゃないにしろ、絶対誰かと被る。世界は広いんだ。


 そしてオリジナリティをと思うと、今度は奇をてらいすぎて迷走、なんてパターンはよくある失敗例だ。強烈な個性を生まれつき持っていないと、創作活動なんてやっていけない。


 そして俺にはその手の才能がないことも、イタイほどわかった。平凡な俺に出来ることと言ったら、アニメやラノベの主人公の活躍に自己投影して、自分を虚しく慰めることくらいだ。


「俺には泥臭い青春とか無理だな……」


 せめて、可愛い彼女の一人でもいてくれれば。クラスメイトには名前すら覚えてもらえてないけど。……これ以上はやめとこう。


 悲しみを背負った時はシスターセラピーに限る。あぁいや、シスターと言ってもクレア的な人ではなく、妹の方な。今回は。


 さっさと帰ろう。再び帰路への一歩を踏み出した時だった。


「どういうことよ!」


 よく通る、若い女の怒声がした。


 ぎょっとして見てみると、校門の方で数人のグループが揉めている。それぞれスクールバッグ以外に、独特の形状の大きな鞄を背負っている。


「あれは……軽音部か?」


 どうやら軽音部同士で揉めているらしい。女子生徒三人を、一人の女子生徒が睨んでいる。それから、状況に困惑しておろおろしている娘が一人。


 揉めるのは別に構わないが、通れないから校門の前はやめてほしかったな……。


「今日は音を合わせる約束のはずよ」

「だからさ、ウチらで話してる間に、カラオケ行こうって話になったわけ。わかる?」

「わからないわ。要はサボりじゃない。そんな恥ずかしいこと、よく堂々と言えたわね?」

「……ハァ?」

「あぅぅ……み、水嶋みずしまさん、ちょっと落ち着……」

「貴女は黙ってて!」

「ひぅ……っ!? ご、ごめんなさ……」


 状況はカオス。水嶋というらしい娘は完全に頭に血が上っているらしく、止めようとした娘にも激しく当たった。可哀想に。


 そうやって他人事みたいに見ていたのが間違いだった。俺はもっと早く逃げるべきだったんだ。いつものように、揉め事に巻き込まれないよう、モブキャラとして気配を消して。


「だ、誰か…………あ……」

「……げ」


 怒鳴られた娘が助けを求めて辺りを見回して、俺と目が合ってしまった。子犬みたいにまんまるな半泣きの目が、明らかに俺を見ている。


 初めから目が合わなければどうとでもなるのだが、ここから目を逸らすのは非常に気まずい。ついでにあの目、見捨てたら本気で泣き出しそうでばつが悪い。……諦めるしかないのかちくしょう。


 仕方なく頷いて見せると、彼女は救助ヘリに見せるような希望の顔を俺に向けた。その顔されるとフラグ的にヘリ(おれ)が墜落するからやめてくれ……。今度はこっちが泣きたくなりながら、おそるおそる近づいていく。


 ガチギレ女子――確か、水嶋と呼ばれていたか――は、艶のある黒髪を腰の辺りまで伸ばしたスレンダースタイルの美人だった。そう呼ぶに相応しい整った顔立ちは、一見すると冷静さを欠くタイプには見えず、怒り狂う今でさえ美貌を保っている。胸元のリボンの色からすると俺と同学年、一年のようだ。


 美人が怒ると怖いって言うが本当だな……ま、まずは丁寧にいくか。


「あ、あの~……」

「取り込み中よ! 部外者は引っ込んでなさい!」


 ひええおっかねえ!? 背後に立っただけでぶん殴られそうな見境のなさなんですけど!?


「ぶ、部外者でもあんなの見過ごせないって。何かあったのか?」


 殺されたらどうしよう。割と本気でそう思ったが、他人の目に晒されていると自覚して少し冷静になったようで、彼女は俺を殺さないでくれた。


「……今日はバンドの練習の日だったの。それをコイツらと来たら、練習はやめて遊びに行くって言い出したのよ」

「ハァ? コイツら? こっちは一応先輩なんですけど?」

「それが? 年長者だからって尊敬する理由にも従う理由にもならないわ。私より長く生きていてクズなら、むしろ年齢は恥さらしね」

「テメ……!」

「わー! 挑発するなって! ……あの、先輩方はもう練習する気分じゃないんですか?」


 三人のバンドマンは顔を見合わせてから頷いた。見境なく怒鳴り散らさない辺り、水嶋より遥かに大人だな。


「別にただの部活だし。ウチらは楽しくやれればそれでいいの。なのにソイツは練習だ音合わせだって毎日毎日うるさくて。バンドはそういう所じゃないっての」

「……だそうだ。部外者が言うのもなんだけど、お互いちょーっとスタンスが合ってないんじゃないかなって、思ったり、思わなかったり……」

「……そうね。貴女達の態度はよくわかったわ。私は抜ける」

「あっそ」


 水嶋はあっさりバンドと決別し、苛立った様子で校内へ戻っていった。というか分裂しちゃったどころかそっちに仕向けちゃったけど、仲裁に入っといてこれでよかったのか。……まぁ、仲直りして上手くやっていけるとも到底思えないが。


「水嶋は抜けるって。で、そっちのあんたは? ウチらのバンド入るの?」

「えぇっ!? わ、私ですか……?」


 おろおろしていた娘も、どうやら関係者だったらしい。いきなり話題を振られた彼女は慌て、視線を幾度も彷徨わせ、やがて蚊の鳴くような声で言った。


「…………や、やめておきます……」

「ふーん?」


 そちらにもさして興味なかったのか、バンドマンは俺に向き直る。


「間に入ってくれて助かったよ。どうにも聞き分けがなくて困ってたんだ」

「いえ。むしろ……なんかすみません」

「いいのいいの。君の言う通り、スタンス合ってなかったからさ。つかイマドキ真面目に音楽やろうとか、サムいってわかんないのかね? それじゃ」


 三人の先輩は去っていき、残るのは気弱そうな女の子。彼女もまた、勢いよく頭を下げた後、校舎の方へ走っていった。


 ため息。


「ふう~……疲れた……」


 あの水嶋って娘、マジでおっかない。周りが見えないくらいキレてたもんな。

 恥ずかしい話だが、俺は水嶋に今なおビビってる。それはあの剣幕とか声量も理由にあるけど、なにより。


「……すげえ熱量だった」


 音楽に懸ける『本気』が、俺を怯ませたのだ。


 たかが今日一回だぜ? それであんなに本気で怒るってのは……俺には想像つかない。よっぽど音楽に懸けてて、妥協したくないんだろうな。同じバンドのメンバーなんだし、そこは波風立てないで仲良くしておけばいいじゃんか。


 先輩相手でもあんな風に本気でぶつかろうってところは、さっきの三人じゃないけど、正直サムいなって思う。


 ……。

 …………。


 いや、違うな。そうじゃない。本当は、本気になれることが少し羨ましくて、でもそれを認めると何も出来ない自分が卑小に思えるから、斜に構えようとしてるだけだ。


 土俵に上がることを放棄しているくせに、今も戦ってる連中を嘲笑うのが一番卑怯だってことくらい、俺もわかってる。わかってるけど……その一方で、こうも思う。


 あんなのとぶつかったら、俺が勝てるわけない。本気の世界にはあんなのがゴロゴロいる。だから俺は、あの三人みたいに趣味レベルでいいんだ。人並みでいいんだ。それが俺には相応しい。俺には、特別な才能なんてないんだから。


 でも、それはそれで。


「…………」


 それはそれで……モヤモヤする。



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