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第4話 カタカナで書く理由

『リナ、少しは落ち着いたか?』

 俺は莉那が泣き止んでいるのに気がついてノートにそう書いた。しかし、それだけでは気がつかないだろうなと思い、莉那のほうへとノートを向ける。

 多分、これで気がついてくれるはずだ。

 莉那をリナと書いたのは漢字で書くのが難しいからだ。別に書けない、というわけではない。

 そんなことはどうでもいいとして、俺は気がついてくれるまで莉那を待つ。

「うん……」

 莉那は俺がノートに何かを書いたことに気がついてくれたようだ。莉那はノートの字を確認すると俺の前に移動してきた。顔を見ると頬に涙の筋があることに気がついた。

 しかし、俺はあえて、そのことには触れないようにする。そして、莉那は俺に何か言いたいのだろうと思い莉那が口を開くのを待つ。

「……雅渡にああ言ってもらえてわたし、すごく嬉しかったよ。お母さんやお父さんや圭輔達と話せないのは確かに哀しかったけど、仕方ないんだよね。それに、こうして、雅渡と話せるだけでもいいかな、って思うんだ」

 莉那は俺に向かって微笑んだ。その表情を見た瞬間に俺の胸がどきり、と高鳴ったような気がした。

『そりゃあ、よかったな』

 自分の胸の高鳴りがばれないようにしようと思っていたせいで他人事のようにそう書いてしまった。

「そりゃあ、よかったな、って何で他人事みたいに言ってるの?」

 正確には書いてるだぞ、と思わなくもなかった。けれど、そんなことを言って(書いて)も意味がない。

『そんな細かいこと気にするなよ』

 とりあえず、これ以上このことについて聞かれないようにするためにそう書いた。これ以上この話を続けていたら別の形で俺の胸が高鳴ったことが表に出てしまいそうだった。まあ、書く場合は一度頭に言葉を思い浮かべて吟味する暇があるので大丈夫だとは思うが。

「まあ、いっか。紙に書いて話をするのが慣れてないってことだね」

 莉那は勝手にそう納得してくれた。そのことに俺はほっとする。変なふうに誤解されなくてよかった。

 まあ、それに莉那がいったことは間違いでもない。今まで字を書いて話をしたことなんて一度もない。

「そういえば、雅渡。ちゃんと授業聞いてなくていいの?」

 先ほどの微笑とは打って変わって今度は心配したような表情で見てきた。俺は机の上のノートを見てみる。

 そこには当然、黒板の文字など全く書かれておらず莉那との会話の後だけが残っている。見返してみると少しだけ妙な気分になった。一方通行の言葉の羅列だけが残っている。だけど、今まで莉那はちゃんとこれらの言葉にしっかりと言葉を返してくれていた。

 だから、妙な気分になるんだな。莉那の言葉はしっかりと俺に伝わっているはずなのにノートに残っている言葉は俺のものだけなんだから。

 でも、そのことは、出来るだけ気にしないようにする。深く考えたところでそれほど意味がないことだから。

 気を取り直して俺はノートに言葉を書いていく。

『大丈夫だよ。後で、ケイスケにノート見せてもらえばいいんだし。それよりも、今日はリナと話したい気分なんだ。三年ぶりにあったからいろいろと話したいことがあるからな』

 俺は黒板と自分のノートを見比べても全く焦ったり、やばいとも思わなかった。莉那と話したいという気持ちだけが俺の中で渦巻いてた。

「え!そんなことで大丈夫なの?確かに雅渡って結構頭よかったけど……難しそうだよ」

 莉那は振り向いて黒板の方を見る。先ほど確認したが今の授業は数学なので黒板には何かの数式が書かれている。

 一応、今やっているところは予習をしているのである程度は理解ができる。対して莉那は首を傾げるようにしてそれを見ている。全く理解ができていないようだった。

「うぅ、全然わかんないよ。雅渡、本当にあんなのがわかるの?それとも、三年間全然勉強してなかった弊害かなぁ」

 頭を抱えるようにしながら俺の方に向き直る。莉那はそれなりに勉強が出来ていたほうだ。なので、莉那の言うとおり莉那が理解できないのは三年間勉強をしていなかったからだろう。

 頑張れば莉那でも理解できるようになるはずだ。だから、俺は莉那に勉強する気があるかどうかを聞いてみた。

『お前が勉強したいんなら授業聞きながら俺が教えてやってもいいけど。どうする?俺は少しくらいさぼっても大丈夫だから俺のことは気にせずに言ってくれ』

「勉強はいいや。聞いてても全然意味わかんないしつまんないから話でもしようよ」

 莉那はほとんど間を置かずにそう答えた。俺はそんな莉那の反応に苦笑してしまった。

 まあ、つまらないというのもわからなくはない。俺もやる気は全くといっていいほどない。

 それなら、俺と莉那の望みどおり心行くまで話そうと俺は心の中で決めた。


「そういえばさ、気になったんだけど、雅渡はなんであたしの名前をカタカナで『リナ』って書いてるの?」

 二時間目の現代国語の時間になって莉那がいまさらのようにそんなことを言う。

『いまごろになってやっと気がついたのか?』

「そ、そんなことないよ。最初っから気がついてたよ?あ、あははは……」

 莉那はわざとらしく笑っている。これは嘘をついてたってことだな。

 莉那の嘘は見破りやすい。莉那は嘘をつくといつだって気付いてください、といわんばかりにわざとらしく笑っていたから。

『そんなばればれなウソなんかつくんじゃねえよ。そんな不自然に笑ってたらきがつくにきまってるだろ?』

「むー……。そういうことはわざわざ言ったら駄目なんだよ」

 不満そうに頬を膨らませる。

『だったら、最初っからほんとのこと言ってればいいだろ』

「うーん、それもそうだね。どうせ嘘ついても雅渡にはすぐばれるもんね」

 どうやら莉那は嘘をついてもすぐにばれるということは自覚しているようだ。

「それで、雅渡があたしの名前をカタカナで書いてる理由はなに?」

 半分くらい莉那の一方通行な会話になっているのが気に食わなくてでこぴんをしてやろう、と思った。けど、今それをしたら絶対に不審がられるのでやめた。

 それから、仕方なく俺は莉那の質問に答える。

『リナを漢字で書いたら難しいし、時間がかかるだろ?だから、カタカナで書いてるんだよ』

「あー、うん、確かにそうだね。……忘れてるわけじゃない、よね?」

 そう言った莉那の声は少し不安そうだった。

 一度死んでしまって、今までの知り合いと関われなくなった莉那は俺に全てのことを覚えていて欲しいんだと思う。唯一、莉那と関わってやれるのは俺だけだから。

 いや、じいちゃんがいたか。でも、莉那はほとんど俺のじいちゃんと関わっていなかったはずだ。だから、やっぱり莉那の知り合いの中で関わってやれるのは俺だけだ。

 俺は莉那の期待に応えてやるようにノートに莉那の名前を漢字で書いてやった。

「あ、よかった。ちゃんと覚えててくれたんだ」

 少し嬉しそうな声でそう言った。そんな莉那の表情を見ていると俺もなんだか嬉しくなった。

 そういえば、莉那の名前を漢字で書くのはすごく久しぶりな気がする。

 頭の中で莉那の名前を思い浮かべることはあっても、名前をわざわざどこかに書くようなことはなかった。だから、莉那の漢字を間違えていなくてほっとした。

「……雅渡、そういえばさ――――」

 莉那と話をして、時間は過ぎ去っていく。


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