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第3話 人に視えない姿

 莉那に説明をするのに集中していたせいで時間が経つのを忘れてしまったようだった。予鈴が鳴り響いてもう少しでホームルームが始まるということを告げた。

 まあ、大丈夫だろう、と高を括って莉那と小声で話しながらゆっくりと教室に戻っていた。しかし、その予想とは裏腹に意外にも時間が流れるのが早かった。

 まだ、教室にも入っていないのにホームルームの始まりを告げる本鈴が聞こえてきた。俺は急いで教室に入り自分の席へと座った。

「雅渡、ホームルームにギリギリ間にあってよかったね」

 この学校について知らないはずの莉那は俺に対してそう言う。莉那は雰囲気からこれからホームルームがあるということを察したのかもしれない。

 俺は「そうだな」と言おうとしてやめる。ちょうど担任の先生が入ってきたところだった。

 莉那は何も言わない俺を怪訝そうに見る。俺はどうするかな、と少し考えて適当なノートを鞄から出すとシャーペンでこう書いた。

『そうだな』

 俺は、莉那の言葉の返事のつもりとしてそう書いた。こうすれば、声を出さずに会話をすることが出来る。しかし、莉那は違う解釈をしてしまったようだ。

「雅渡、いきなりノートにそんなこと書いてどうしたの?誰かから手紙が回ってきたときにそれを見せるつもりなの?」

 俺は莉那の言葉に自分の額を押さえた。別に、頭が痛くなったとかそういうわけではない。

 莉那は鈍いところが結構ある。今回のように少し考えればわかるようなこともその鈍さゆえに理解できなくなるのだ。

 俺は莉那に説明するために少し長い文章をノートに書く。

『俺が、声を出してお前としゃべってたらひとり言を言う危ないやつって思われるだろ。普通の人にはお前の姿は見えないし声は聞こえないんだから。それで、これはお前と会話をするための手段だよ』

 莉那はノートを覗き込むと自らの口の前に手を持っていくと「あ」、と小さく声を零した。

「わ、わたし、何でこんな簡単なことに気がつかなかったんだろう……」

 自分の理解力の低さを恥ずかしがったのか俺と顔をあわせようとしない。俺は、そんな莉那の様子に小さく苦笑を漏らした。おそらく、誰にも気が付かれていなかったと思う。気が付かれないよう注意して苦笑を漏らしたから。

 ホームルームをしている間、莉那は一度も話しかけてこなかった。それは、俺を気遣ってのことかそれとも恥ずかしかったからなのかはわからない。

 ホームルームが終わると俺の唯一の友達である、緋垣(ひがき)圭輔(けいすけ)が俺の机にやってきた。圭輔は小学生の頃からの友達だ。当然、莉那も圭輔のことは知っている。

「おはよう、雅渡。ホームルームが始まった直後になんか書いてたみたいだけどなに書いてたの?」

 圭輔はそんなことを聞いてきた。

 こいつには俺の力について教えていない。それは教えても多分信じてもらえないだろうな、という心境からだ。

 圭輔は莉那の知り合いなのでここに莉那がいるということを伝えたかった。しかし、言っても絶対に信じてもらえるはずがない。圭輔にはどれだけ頑張ったところで莉那の姿は絶対に見ることができないのだから。

 それに言った場合は休んだ方がいいんじゃない?、と言外に頭、大丈夫?、といわれる可能性もある。

 だから、正直に書いていたことを話す事が出来ない。なので、適当な嘘をつく。

「ああ、ちょっと思い浮かんだ言葉を書いてただけだよ」

「へえ、そんなことしてたんだ。どんなこと書いてたの?」

 友達なら当然ともいえることを聞いてきた。こういう返事が返ってくるとわかっていたのであらかじめ用意していた言葉で答えた。

「もう忘れたよ。それに、書いてたのは勉強用のノートだからもう消したよ。だからもう確認のしようもない」

 圭輔は「そっか、ちょっと見てみたかったんだけどな」と残念そうに言った。そんな表情を見ると胸にちくり、と何かが刺さるような錯覚を覚える。

 莉那に嘘をつかないと誓った日から相手になんらかの感情を持たせる嘘をつくたびに感じる痛みだ。あの日から莉那以外の人にも嘘をつくのが嫌になっていた。

 けれど、幽霊と関われる力を手に入れてからいつも嘘ばかりだった。嘘をつかなければ普通に過ごすことが出来ないほど俺の力はこの世界の日常にとって異常なものだった。

 それでも、俺は一度だって幽霊と関わることのできるこの力を手放そうと思ったことはない。この力は莉那と関わるために必要だから。そう思っているから。

 そして、莉那を見つけた今、この力は絶対に手放したくないものとなった。

 と、俺は圭輔の周りを莉那が飛んでいることに気が付いた。莉那は懐かしそうに圭輔の顔を見ている。しかし、その後に莉那は少し哀しそうな表情を浮かべた。

 莉那は圭輔に気が付かれないとわかっていても気付いてもらおうとしていたのだろう。けれど、やっぱり気が付いてもらえなくて哀しくなったのだと思う。

 俺は慰めの言葉でもかけてやろうと思った。けれど、今言ったら圭輔にあからさまに怪しいと思われる。

 なので、考える今この場で莉那に慰めの言葉を言っても怪しまれない方法を。そして、思い浮かんだ。少し怪しまれるかもしれないがそこまで怪しまれずに済ます方法が。

 それを実行しようとする。その前に俺は自分を落ち着かせるために一度深呼吸をする。そして、紡いだ。莉那を慰めるための言葉を。あわよくば莉那を安心させられるような言葉を。

「心配しなくていい。もし、誰にも見られていないとしても俺はお前のことを見ていてやるから」

「雅渡、いきなりどうしたの?」

 圭輔は俺のことを不思議そうに見る。圭輔の隣に浮いている莉那まで俺のことを不思議そうに見ている。まだ自分に向かって言われた言葉だと莉那は気が付いていないようだ。

 なんとなく気が付いてはくれないだろうな、とは思っていたが本当に気が付かれないと少し哀しい気持ちになる。だいぶ違うけれど莉那もこんなふうに哀しく思ったのかな、と思いながら莉那と圭輔に向けて説明をした。

 いや、圭輔に対してはそれほど説明しようと思ってはいない。これからする説明の言葉は莉那にだけ届けばいいと俺は思っていた。

「さっき、思い浮かんだ言葉をノートに書いてたっていっただろ?それを思い出したから忘れないうちに言ってやったんだよ」

 これは圭輔に対する説明。説明しようとは思っていなかったが変に思われると余計な心配をかけさせてしまう。俺は人に心配をかけるのがあまり好きではない。

「へえ、そんな言葉を考えてたんだ。それを思いついたときって何を考えてたの?そういうのが思い浮かんでくるってことは何かをすごい大切なことを考えていたってことだよね?」

 この質問は少し予想外だった。俺は、自分からこの言葉が思い浮かんだ理由を圭輔に話して莉那に誰に向けての言葉なのか気づかせようとしていた。

 無理に会話をつなげる作業を省くことが出来るようになったので心の中で圭輔に感謝しつつ圭輔にとっては言葉の思い浮かんだ理由を、莉那にとっては誰に向けて言った言葉なのかを言った。

「ちょっと莉那のことを考えてたんだ。あと二週間位したら今年で莉那が死んでから三年目だなってな」

 圭輔は先を促すように無言で頷く。隣の莉那は俺の顔をじっと見ている。これから何を言うのかが気になっているかのように。

「それで、もしあいつが幽霊になって俺の前に現れたらそう言ってやりたいなって思ったんだ。……そんなこと、ないだろうと思うけど幽霊が視えて話ができたら、いいって思うだろ?」

 俺が言い終えた途端、俺の方をじっと見ていた莉那の表情が泣くのを堪えるように歪んだ。声を上げて泣き出してしまわないようにするためか唇をきゅっと硬く結んでいる。

「そういえば、莉那がいなくなってもう少しで三年経つんだったね。そんなこと考えてるなんて雅渡にとって莉那は大切な存在だったんだね。……あれ、雅渡。何を驚いてるの?」

 俺は圭輔の言葉にはっとする。莉那が泣きそうになったことに驚いていて圭輔の話をほとんど聞いていなかった。

 とりあえず、今はこの場を取り繕わなければいけない。幸い、俺の前には時計が掛けてあり、もう少しで授業が始まりそうだということを告げていた。

「いや、もうちょっとで授業が始まりそうだなって思っただけだよ。……それよりも、俺そんなに驚いたような表情をしてたか?」

 なんだか間抜けな質問だな、と思いながらもそう聞いてしまった。それよりも、俺は授業が始まりそうだ、というだけで驚くような人ではない。

 自分でもかなり不自然な嘘だったな、と思う。

「うん。というか、時間がもうちょっときそうなくらいでそんなに驚くかな?まあ、いいや僕は席に戻ってるね」

 だけど、そう言った圭輔は自分の席へと戻っていった。どうやら、信じてくれたようだった。

 俺は自分の席から立ち上がってさえいないので一歩も動く必要がない。

「ねえ、雅渡……。ありがとう……」

 俺が次の授業の準備をしようとしたら莉那の感謝の言葉が聞こえてきた。莉那の声は少し震えていた。泣いているのだろうか。

 もし、泣いているとしたら俺は見てはいけないような気がする。だから、振り返らずに莉那だけに聞こえるように小さな声で言った。

「俺は礼を言われることなんてしてないよ。俺はただお前が悲しんでる姿を見たくなかっただけだ」

「それでも、わたしに、とっては、十分すぎる、言葉、だったん、だよぉ……」

 耐え切れなくなったのか莉那は嗚咽を漏らしはじめた。

 俺の言ったことは本当だ。莉那には絶対に悲しんでほしくなどなかった。できれば、笑っていてほしかった。

 こう思うことが誰かを好きになるってことなのかな、と思いながら俺は莉那の泣き声を聞きながら俺に会うまで莉那はどんな心境だったのだろうか、と考える。莉那は幽霊を視ることのできる霊能者とは会ったことがあるらしい。けれど、気づいてもらっても喋ることができなければ寂しいはずだ。

 莉那は幽霊とも話をできるはずだがあえてしなかったようだ。もし、他の幽霊たちと話をしていたのであればここまで大きな反応を返してくれないとは思う。

 多分、莉那は生前に関わってきた人たちだけと関わりたかったのだ。だから、この世界に莉那は残り他の幽霊とは話をしなかった。

 けれど、現実は甘くなく莉那は俺以外の知り合いと関わることができない。それを莉那が理解した瞬間にかけた俺の慰めの言葉。それがここまで効くようなものだとは思わなかった。

 そうはいってもこれは俺の単なる想像で本当はどう思っているのかなんてわからない。けど、わざわざ聞くようなことでもないよな、と俺は思う。

 そう考えていると授業開始のチャイムが鳴り授業が始まった。

 そのときもまだ、莉奈は泣き続けていた。


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