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第1話 再会と寂しさ

 俺はいつもどおりの時間にいつものように靴を履いて玄関から出た。俺はこれから学校に行かなければならない。

「おはよう、じいちゃん」

 俺は門の近くにいるひいじいちゃんに挨拶をする。

「おう、おはよう。雅渡」

 そう返してくれるひいじいちゃんは門の上にいる。

 ちなみに俺のひいじいちゃんは俺の生まれる前に死んでしまっている。じゃあだったらなんでひいじいちゃんが返事を返してくれたのかというとひいじいちゃんが幽霊で今俺の前にいる。だから、俺のあいさつに答えてくれる。

 初めて見たときは驚いたが今では日常と化している。慣れてしまえばどうってことのないことだ。

「彩はまだ起きておらんのかの」

「ああ、まだ起きてないけど、そろそろ起きると思う」

「そうか、今日もまだ起きとらんか」

 ひいじいちゃんはおかしそうに笑いながら言う。

 彩とは俺の二つ年下の妹のことだ。彩は早起きが苦手でいつも遅刻寸前まで寝ている。それなのに彩は一度も遅刻をしたことがないらしい。

 それは走るのが速いからだ。どれくらい速いかというと、陸上部の顧問の先生から直接、勧誘を受けるほどである。

 しかし、彩は面倒くさい、の一言で入部しようとはしていないらしい。

 俺はそんなどうでもいいことを考えるのをやめてひいじいちゃんにもう学校に行くということを告げて門の扉を開いて家の敷地の中から出る。

「滅多におるとは思わんが悪霊には気をつけるんじゃよ」

 ひいじいちゃんは俺に手を振りながら俺を見送る。この言葉も毎日ひいじいちゃんと関わっていく中で普通の言葉となっていってしまった。

 俺が初めて見た幽霊は先ほど挨拶を交わした俺のひいじいちゃんだ。始めの頃はけっこうおっかなびっくり話していた。

 ひいじいちゃんは幽霊を見ることが出来るようになった俺にいろいろなことを教えてくれた。主には幽霊に関することばかりだが世間話もしてくれた。

 ひいじいちゃんはひ孫である俺と関わりを持てたことが嬉しかったのかいろいろと世話も焼いてくれる。外を出歩くときにはついてきて幽霊の知り合いを紹介してくれたりした。

 しかし、今はもうひいじいちゃんはついてきたりはしない。一つ目の理由としては俺が幽霊と関わることに慣れたから。二つ目の理由は、俺が幽霊となったかもしれない莉那を探していると知ったからだ。

 ひいじいちゃんはこの世界に莉那が残っているかどうかはわからない、と言った。けれど、もし莉那がこの世界に残っていて俺が再会したときに邪魔をしたくないからといってついてこなくなった。

 俺は学校までの道を一人で歩きながらそんな風に考え事をしていた。意識を内から外に戻して俺は周りの風景を眺める。

 この辺りの道は整備が行き届いている。道路を中心として左右には歩行者用の石造りの道が敷かれている。そして、歩行者用の道と道路の境界線近くには等間隔に街路樹が植えられて景観のよい、通りとなっている。

 ちらほらと俺と同じ制服を着ている人やスーツ姿のサラリーマンの姿が見える。まだ、通勤通学時間には少し早い。もう少し時間が経てばもっと人が増えるだろう。

 もし、莉那があの日に死んでいなかったら俺はあいつと一緒にこの道を歩いていたのかもしれないな、と思う。もしかしたら、俺とは違う高校に通う、と言っていたかもしれない。けれど、それはとても確率の低いことだと何の確証もなくそう思う。あいつと離れたことがないからそう思えるのかな、と漠然と思う。

 ふと、俺はまた自分が考え事をしていた事に気が付く。莉那がいなくなってから一人で何かを考えることが多くなったような気がする。

 あいつがいないというのは俺にとってどういう状態なのだろうか。考えてみるがやはりわからない。

 はあ、と俺は溜め息を吐いた。そういえば、溜め息を吐いたら幸せが逃げるんだよなあ、とかどうでもいいことを思い出す。それ以前に本当のことなのやらどうやら。

 それに、あいつがいない今、幸せがあろうがなかろうがそんなに変わらないような気がした。

 ふと、視線の中に宙に浮いた人間の姿が見えた。おそらく、というか絶対に幽霊だ。けれど、わざわざ関わろうとは思わない。

 生きている人間が知らない人にいきなり話しかけられたら不審がるように幽霊も知らない人からいきなり何の用もなく話しかけられれば不審がる。そういう理由があるから関わらないのだが本当はもっと別の理由で俺はあまり関わろうとしていない。生きている人とも幽霊とも。

 不意に俺の体に何かがぶつかった。正確には背中のほうだ。

 そのぶつかった何かは結構な重さがあったようだ。痛みのわりには衝撃が強く俺はバランスが保てなくなりそのまま地面に倒れる。咄嗟に手をついて顔をぶつけるのは免れたが自分の体重を支えた腕は鈍い痛みを発している。

 周りに何人かの人がいるはずだが誰も悲鳴のようなものはあげない。

 もしかしたら、俺の背中にぶつかったのは幽霊なのかもしれない。だから、何かがぶつかって倒れたのではなく何かにつまずいて転んだと思われたのかもしれない。

 俺は幽霊と触れることが出来るため幽霊と何度もぶつかったことがある。というよりもぶつかられた、というのが正しい。けれど、ぶつかってきた幽霊に悪意などまったくない。

 何故かというと、普通の人だと幽霊はぶつかったりしないので人間を避けて移動しようとはしない。けど、俺のように普通ではない人だとぶつかってしまう。だから俺は、人をすり抜けて移動している幽霊とよくぶつかるのだ。

 痛みを堪えながら俺は何がぶつかったのか確かめるために肩越しに後ろを見た。俺はそこにいたものを見た瞬間に驚きで言葉を失ってしまった。

 俺が驚いたのはそこにいたのが幽霊だったからではない。確かに俺にぶつかってきたのは幽霊だった。しかし、先ほど言ったとおり慣れたくはないがただの幽霊とぶつかることには慣れている。だから、その程度では驚かない。

 だからといってその幽霊が悪霊だった、というわけでもない。その前に大抵の悪霊は普通の幽霊との区別がつかない。それに、その幽霊は一部の悪霊のような異形の姿をしているわけでもいない。

 だったら何故なのか。それは、その幽霊が、俺が今まで探し続けていた人、俺の幼馴染の莉那、だったからだ。

 もしかしたら、見間違いじゃないのかと思い俺と一緒に倒れている少女の幽霊の姿をしっかりと確認する。

 その少女の幽霊の髪は綺麗な黒色の髪で肩のところまで無造作に伸ばされている。俺を見ている茶色の瞳は驚きに大きく見開かれている。記憶の中の莉那の驚いた顔と全く同じだ。

 何度見ても、何度確認しても、何度記憶と照らし合わせても、その姿は莉那そのものだった。死ぬ前の莉那と全く同じだった。俺は確認を取るように意識せず小さな声で言った。

「もしかして、莉那、なのか?」

 俺の言葉を聞いた途端に莉那の瞳が更に大きく見開かれた気がした。

「やっぱり雅渡、なの?」

 目の前の少女の幽霊は俺の名前を呟くように言った。俺の名前を知っているということはこの幽霊は莉那だと思って間違いではない。それに、この声は何度も聞いたことがある。だから、絶対に聞き間違えるはずなんてない。

「ああ、俺は雅渡だ。お前は莉那、なんだよな?」

 再度、俺は確認をするように聞く。俺の声が震えているような気がするのは気のせいではないだろう。おさえきれない感情が胸から溢れてくるような気がする。

 けど、これは夢なんじゃないだろうかと思ってしまう。莉那に会いたいと強く願いすぎた俺が見た幻想なんじゃないだろうか、と。

「うん、わたしは、莉那、だよ。会いたかったよぉ。雅渡ぉ」

 涙声で言いながら莉那は俺に抱きついてきた。それから、莉那は小さく嗚咽を漏らしながら泣き始めた。

 いきなりの事だったのと予想よりも莉那の体が温かかったことに驚いて心臓が高鳴った。それと同時にこれは夢ではなく現実なのだと実感する。

 また、莉那に触れることが出来た。そのことが俺にとって嬉しかった。さすがにこんなふうに抱きつかれたりしたことはなかったけれども。

 それよりも、莉那が抱きついているのは周りの人には見られていないとわかっていても恥ずかしい。それに、莉那に倒されてからずっと倒れたままなのでそろそろ不審がられている。警察なんかが来て補導されてしまうかもしれない。

 なので、俺は周りの人たちに聞こえないように声を潜めて言った。

「り、莉那、放してくれ」

 莉那は俺の声を聞いた途端にはっとして俺から離れた。

「ご、ごめん。雅渡」

 莉那は少し俯き顔を赤らめて俺に謝った。

「い、いや、全然大丈夫だから、気にしないでくれ」

 立ち上がりながら俺はそう言う。莉那が離れた今もまだ心臓が高鳴っているような気がする。

 俺は数回深呼吸をして心を落ち着かせる。こういう傍から見ればこいつ何をしてるんだ、という行動をすることは何度も幽霊と関わっているうちに慣れてしまった。

「それにしても久しぶりだな、莉那」

 ある程度落ち着いた声で俺は前に立っている莉那に言う。幽霊を見ることが出来ない人から見れば俺は見えない誰かと、または一人で喋っているという危ない人に見られているはずだ。

 話をするときだけは周りの人たちの目が気になる俺だが今は全然そんなことはなかった。莉那に久しぶりに会えたという興奮からか、それとも嬉しさからか、はたまた両方からなのかわからないがとにかく全く気にならない。

「うん、そうだね。三年ぶり、って、ことになるの、かな?」

 少し洟をすすりながら莉那は話す。泣きそうになるくらい莉那は俺に会いたかったということなのだろうか。いや、さっきまで本当に泣いていたのだ。たぶん、すごく会いたいと思っていたに違いない。

 そう思うと少し恥ずかしくなってきた。そして思う、莉那は俺のことをどういう風に見ているのだろうか、と。

 けれど、今は聞かないでおいた。というよりも、俺がそれを聞く場面を想像して恥ずかしくなった。

 その代わりに別のことを俺は言った。

「俺、学校行かないといけないんだけど、莉那はついてくるか?」

 俺は何の気兼ねなくそう言った。それを聞いた莉那の顔はどこか寂しげな感じがした。

「そっか……雅渡はもう高校生なんだよね……」

 俺は、「莉那……」と声をかけようとした。しかし、それよりも早く莉那の表情は明るいものへと変化した。

「うん、ついて行くよ。雅渡が学校でどんな生活を送っているか知りたいからね」

 喋ろうとするタイミングを完全に潰された俺は開きかけた口を閉ざした。寂しそうな表情の上に明るい表情を塗られては俺もどうやって声をかければいいかわからない。

 結局、俺は「じゃあ、行くぞ」としか言うことができなかった。

 久しぶりに莉那に会えたというのにそれほど嬉しい気分になれなかった。それは気のせいではないと思う。

 何故なら莉那の浮かべた寂しそうな表情が俺の頭の中にはっきりと残っていたから。

 多分、莉那は高校に通えないということを寂しがったのかもしれない。もし、そうでなければ俺だけが変わって莉那が変わることが出来なかったことへの寂しさだろうか。

 その答えは俺一人で考えてわかるようなものではなかった。

 ただ、わかるのは莉那はもう前に進むことができない、ということだけだ……。


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