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フードを外した彼女が気の済むまで私を堕としに来た  作者: 進道 拓真


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第二六話 無邪気な姿


「わ、わぁ…! クマノミって初めて見たけど、本当にこんな感じなんだ…!」

「確かに、実際に見たことがないと少し信じられない感じの配色をしてるよね。私も初めてみた時は似たような反応をしてた覚えがあるよ」


 多くの生き物が回遊していた姿を観察できる巨大な水槽のコーナーから外れ、今の日依と佳澄がやってきているのはそれよりも小規模な水槽があるエリア。

 それに比例して生き物自体のサイズも数段落とされたものが集められており、辺りにはチンアナゴやカエルを始め、小さいために一目で満足感を得られる観賞の場が揃えられている感じだ。


 また例に漏れず、日依たちもその場にポツンと置かれている水槽の一つ──彼女が感動するかのような声を上げているのでそれが全てであるが、数多の()()()が泳いでいる水槽に夢中になっていた。

 やはり観賞用の生き物としても知名度が頭一つ抜けているからか、見た目の華やかさは語るまでもない。


 近くにある生き物の説明が添えられた紹介の看板には、有名どころだとクマノミやベタ、他にもグラミーといった多種多様の名前があるが……今の日依には、正直それを気にかける余裕は残っていなかった。


 というより、眼前の景色に溢れている色彩豊かな魚たちのオンパレードに瞳を奪われてしまっていて、先ほどから何度も感嘆の息をこぼしている始末。

 まさしく童心に返るなんて表現がピタリと当てはまりそうな状態であり、これでは隣にいる佳澄にも呆れられてしまいそうという懸念も浮かびそうであるものの、そこは心配ご無用。


 現在進行形で目の前の光景に夢中になっていた日依を横目で見ていた佳澄はというと、何とも優し気な視線を彼女に向けている。

 肝心の日依はその目線に気が付いた雰囲気もなく一心に見入っているので何かを言う気配もないが…それでも佳澄は構わないのだろう。


 当人たちにその自覚があろうとなかろうと、彼女たちの纏う空気は間違いなく互いに互いが満ち足りていれば充分だという認識なのだから。


「それにしても日依がそこまで喜ぶのは流石に予想外だったかな。実際ここの水槽は綺麗だけど、感動の仕方が半端じゃないね」

「こうもなるよ…! あたしは水族館に来たの久しぶりだし、その分だけ新鮮味が増してるから……まぁ、ちょっと子供っぽいと思われたかもだけど」

「ふふっ、そんなこと思ってないから安心して。日依らしくていいじゃん」

「……それは、果たして褒められてると考えていいのかな?」


 が、その盛大な感動も時間が経てば次第に薄まりを見せてくる。

 隣で見守っていた佳澄に声を掛けられたことを契機に目を輝かせていた日依のリアクションも一旦収まっていく。


 自分の単純な喜びの一部始終を見られたことが恥ずかしかったのか、微かに頬が赤く染まっていくのを誤魔化すように苦笑いをしていたが…その最中に行われた問答も疑問が残るものではあった。

 …気のせいか、佳澄の中で日依イコール子供っぽいなんて等式が成り立っていそうな不穏な気配を感知してしまったが。


 いくら何でも考えすぎか。

 言葉ではそのような評価を下されていそうな気配を漂わせていようとも、佳澄だって日依の性格はもっとしっかりと正しく分かってくれているはずだ。…きっと。


「ま、いっか。ごめんね、佳澄さん。ここにばかり留まってたらつまらないでしょ? あたしは結構堪能したし、また別の場所見てみよっ」

「ん? 別に私は日依が楽しめてるなら、しばらくここで鑑賞してても構わないけど…」

「…まーたそんなこと言って、駄目だよ。自分で言ってたことでしょうが。今日はあたしたち二人で、デ…デートをしに来たんだから、あたしだって佳澄さんが一緒に楽しめた方が嬉しいの!」

「…! …それはそれは、またやられちゃったね」


 よってその辺りの事情は大して気に留めないようにしておき、それとこれ以上この場に留まるのは佳澄も退屈だろうと判断した日依はそれとなく移動を申し出る。

 するとまた呆れたことに…佳澄は、微塵も何てことも無いように自分のことなど後回しで構わないなどと告げてきた。


 無論、そんな物言いを日依が認めるはずも無し。

 これが他の誰かであればともかく、彼女の意思を完全に無視した上でこちら側のやりたいことだけを実行するなどたとえこれが佳澄のお詫びだとしても許容など出来やしない。


 だからこそ真摯にそう伝えれば…どうしてか佳澄は抑えきれない笑みをこぼし、何か込み上げる感情を必死に抑えるようにして胸を掌で押さえていた。


「なら次は…ちょっと我儘かもだけど私の行ってみたいエリアもピックアップさせてもらおうかな。そこと日依の行きたい場所を照らし合わせてみようよ」

「あ、それいいかも。なら早速別の場所に移動を──…わわっ!?」

「…っ、日依!?」


 そうしてあちら側から提案されてきた行動指針。

 日依と佳澄、二人の意見を統合してこれからの動きを決めようという発案には彼女も賛成であったため、特に否定することも無く受け入れた。


 なので次に向かう場所にも否応なしに高まっていく期待感に胸を躍らせ、張り切って足を進めようとして──そのハイテンションが仇となってしまったか。


 辺りの薄暗さによって近くにあった僅かな段差を見落としてしまい、それに躓いてしまったことでバランスを崩し転んでしまう……()()()()

 次の瞬間、軽い音と共に予期していた衝撃がやってこなかったことを不思議に思った日依が無意識に閉じていた瞼を開くと──視界は見慣れた彼女の服で満たされていた。


「っとと…日依、大丈夫? 周りも暗いから気を付けないと…」

「は、はひぃ…注意散漫でごめんなさい…」

「怪我はない? どこか痛かったりしないよね?」

「それは大丈夫、なはず──って、はっ!! ご、ごめん!! 倒れ込んだりして…!」


 あわや地面に衝突するかと思われたその時、不幸中の幸いにも日依が倒れた方向には佳澄が立っていた。

 そして流石としか言えない咄嗟の対応力により、彼女がバランスを崩したと判断した直後には動きを見せていて……自身の胸で抱きしめつつ優しくキャッチをしてくれていた。


 …が、それでも。

 転倒しかけたところを助けてもらったことは非常にありがたいし感謝していることも間違っていないのだが…如何せん、彼我の距離が近すぎる。


 体勢的にも密着どころではなく、身体に直接触れて支えてもらってることからほとんど触れ合っているのと何ら変わらない。

 日依も、自分の不注意が招いたこととはいえ彼女に自身の重みを預け続けるのは流石に忍びないのですぐに離れようとするが………。


「間に合ったから良かったよ。全くもう…足元も視界は確保されてるけど、暗いんだから注意しなよ? 今みたいに倒れたら危ないんだからね」

「……あ、あのぉ。それならどうして手を離してくれないんですか?」


 …彼女の胸元に倒れ込んできた日依を受け止めてからというもの、一向にこちらの背中に回された腕に込められた力を抜こうとしない佳澄の動向に首を傾げてしまう。

 それどころか、受け止めた瞬間よりも更に力を増しているような気さえしてくる腕力には疑問を呈さざるを得ない。


「うん? いや、私の目の前で日依が倒れるところを見ちゃったら心配だし、解放するのにも躊躇するというか…」

「そこまで心配しなくても平気だって…た、確かに今は油断してて転びかけたから説得力もないかもだけどさ…」

「──あとはまぁ、単純に突然日依が私の胸に飛び込んできてくれたからずっと抱きしめてあげたいって気持ちがあるくらいだね」

「ごほっ…!? い、いきなり何言ってるの!!」


 されど、具体的な事情を聞き出したところで結果は日依が予想だにしていないダメージを負うだけとなった。

 まだ前半の言い分は良い。経緯はどうあれこちらのことを純粋に心配してくれたからこそ出てきた発言なのだろうから。


 だが後半に何てことも無さげに呟かれた文言。

 ケロッとした表情を崩しもせずに、あっけらかんとした様子でただ単に日依を()()()()()()()()()()()()()()、などと言ってきた佳澄には…思わず渾身のツッコミを入れてしまった。


「ん、そんなに変なこと言ったかな」

「言ったよ! と、とにかく腕の力を緩めて…!」

「ふーむ……いいや、やっぱりしばらくはこのままでいようか」

「何で!?」


 一応は同性。

 女同士であるとは言えどこんな場所で堂々と抱きしめられなどしていれば、目立つことは避けられない。


 現に周囲からは少しずつ日依と佳澄に対して向けられる視線の数が増えているような気もするし、そんな渦中に自分が置かれているという事実がむず痒くてたまらない。

 だから必死に抵抗を続け、すぐに解放してくれと訴えていたのだが…それは何故か認められず。


 少し考えこむ様な素振りを見せた後に佳澄の出した結論は『このまま日依を抱きしめる姿を周辺に見せつける』とのことであった。

 …どうしてそうなったのか、本当に心の底から問いただしたいと日依も強く思う。


「深い理由は無いよ? ただ、そうだね…強いて言うなら余地はないって宣言、かな?」

「宣言、って…意味が分からないし。それに誰に対してするのさ…」

「……さぁ? 一体誰に対してなんだろうねぇ…」

「ちょっ…!? 何でまた力強めるの!!」


 こうする意図に関しても、問い詰めたところで返ってくるのは要領を得ない答えだけ。

 それどころか意味を問えばそれだけ強まっていく腕力には日依の貧弱な筋力では抵抗もしきれず──結局。


 佳澄が満足したと判断できるまでの数分間。

 日依は水族館の片隅にて、不特定多数の温かい視線に晒されているような気分を味わわされながら彼女の体温を直に感じ続けるのであった。


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