第二四話 蒼い気配
「はぁ……やっと落ち着いてきた」
「大丈夫? そこまで動揺するなんて…災難だったね」
「………主に、というか全部佳澄さんのせいなんですが?」
「あれ、そうだったっけ」
最寄りの駅前にて佳澄と無事に…一応は無事に合流することに成功し、今の二人はちょうどやってきた電車に乗り込んで静かに揺られながら目的の地へと向かっている。
そんな折に日依はというと、ついさっき佳澄から送られてきた発言──服がよく似合っていて可愛いとの褒め言葉を受けた衝撃から中々引いていかない熱をどうにかこうにか逃がそうと対処に追われていた。
…が、しかし。
その隣で日依と同じように、ちょこんと座席に腰掛けていた佳澄の方は何ともあっさりとしたリアクションをするのみ。
元はと言えば原因はあちらにあるはずなのに、ケロッとした態度で『自分は何も関係ない』というスタンスを維持できるメンタルだけは流石だと思う。
あまり見習いたくはないし、そもそも真似しようと思って真似できるものだとも思えないが。
「ところでさ…今更だけどあたしたちってどこに向かってるの? まだ行き先聞いてなかったから教えてくれてもいいんじゃない?」
「ん? あ、そのことね」
──それに、今はその点を気にするよりも尋ねたいことが残っている。
話と展開の流れに釣られて今現在、日依は自然と電車に乗り込んだわけであるが…そもそも彼女は本日、自分がどこに向かっているのかさえ分かっていない。
向こうの話を信じるのならこれも一応デートなんて形式になっており、だからこそ日依もせっかくならと普段より服装や見た目に気を遣って家を出てきた。
しかし最も肝心なところ……今しがた向かっているはずの目的地に関してはうっかり聞き出すことを忘れていて、情報一つないまま連れ出されている現状だ。
今まではそれ以外の印象が強すぎて気にも留めていなかったが、こうして少し落ち着いてくるとずっと放っておくわけにもいかない。
ただ、そう思い尋ねたところで望む回答が得られるかどうかはまた別問題だ。
「う~ん…そうだなぁ。ここでバラしちゃうのも無しではない、か………いいや。やっぱやめとこ」
「えっ、何で!?」
隣に座りながら、比較的人が少ないことを良いことに長い脚をブラブラと揺らしていた佳澄に問いかければ求めていた答えは得られず。
一応はあちらも教えても構わないかどうかを悩んでいた様子ではあったが、最終的に出された結論は考え込んだ末の回答拒否であった。
もちろん日依は困惑する。
別に小難しいことを聞いているわけでも、深い事情が絡んでいるような事柄について質問しているわけでも無いのだ。
たった一つだけ、これから行く目的地を教えて欲しいと願っただけなはずなのに…その要求をバッサリと切り捨てられれば誰だって似たような反応になる。
しかし当然ながら、佳澄も単なる意地悪でこんなことを言ってきたわけでは無いらしい。
「大した理由は無いよ? でも、せっかくここまでノーヒントで来たんだからどうせなら最後までサプライズでいた方が面白いじゃん。だから日依には悪いけど、実際に到着するまでは答えは秘密ということで」
「…なんか納得できるような、できないような。教えてくれてもいいのに…」
「まあまあ。そこまで変な場所に連れて行こうとは思ってないし、むしろ場所としては無難なはずだから心配しなくても問題は無いからさ。どーんと期待して待っててくれたらいいさ」
「分かったけどさぁ…納得しきれない……」
日依の言葉にキョトンとした表情を浮かべながら疑問に答えてくれたことからも、妙な意図は感じられない。
つまり今回は本当にちょっとしたサプライズとして黙秘を敢行していることになり、その狙いも純粋にこちらを楽しませようとの思考ゆえだろう。
…であれば、こちら側から無理に答えを引き出そうとするのも少々野暮だ。
色々納得しきれない部分があることも確かではあれど、その辺りの考えを察してしまえば変に追及することも無いかと日依もまた結論に至る。
そも、彼女とて佳澄を困らせたいわけでは無いしデートという名目なら過度におかしな場所に連れていくつもりは無いとの言葉も信じるべきであろう。
日頃の言動を垣間見れば少なからず不信感も湧きあがりそうになるが、こういう時には佳澄もまともな意見を出してくる人間だと日依は既に知っているのだから。
よってここではそれ以上のことを追及することはやめておいて、とりあえずは佳澄がしたいようにさせることにしておいた。
これもある意味では彼女への信頼……積み重ねてきた時間を経た信用であると言えるだろう。
そんな判断に至り、相も変わらず静かに揺られる車内にて日依は楽しそうに笑みを浮かべる佳澄の横顔を目にしながら到着の時を待つのだった。
「──ん、着いたね。日依、ここで降りるよ」
「ここって…あっ、ちょっと待って!」
しばしの間電車内で過ごしていた日依と佳澄も、とある駅にまでやってくればその時間は終わりを迎える。
いつの間にか穏やかに雑談を交わしていた佳澄の方から、突然目的の駅に到着したなどと言われたので身構えていなかった日依は若干面食らってしまうが…あいにくその駅名に見覚えは無かった。
普段から電車を利用する機会はあっても降りたことはなかった場所だったので、この地で何をするのかと疑問を浮かべかけるも佳澄が早々に車両を降りていくので慌ててついていく。
すると駅のホームに足を伸ばした瞬間、日依が感じ取ったのは微かな潮風の匂いであった。
「…ここ、降りたことなかったけど海でも近いのかな? なんかそれっぽい匂いがするし」
「まぁ正解でも不正解でもないね。実際海は少し行けばあるけど、多分それとは別じゃないかな」
「じゃあこの匂いは…何?」
「それは実際に見てからのお楽しみ。ていうか言葉で説明するより見た方が分かりやすいだろうしね。というわけで…早く向かおう!」
鼻腔を通り抜けていく特徴的な香りに意識を引っ張られ、それについて質問してみたがどうも海水の香りではないようだ。
いや、佳澄の言い方的に正しいが間違っているという…何とも曖昧な返答をされたので尚更疑問が強まってしまったが、その答えはすぐに判明するとさえ言われる。
…ならばこの場に留まって延々問い詰めることでもないかと、少しモヤモヤとした気持ち悪さは残っているもそれは無理やり押しとどめて張り切った様子の佳澄に引き続き先導されていく。
そうして、駅の改札を出て一番最初に日依が目にした光景は───。
「……これ、って」
「うん、今まで隠してたけど…ここが私の日依と行きたかった場所で合ってるよ」
──改札を出た直後であっても、間違いなく目に付くだろう大きな建物とその華やかな外観。
口元に指を当て、悪戯成功と言わんばかりにはにかんだ笑みを見せつけてくる佳澄が示してきた言葉からもこの場所が目的地で間違いない。
その建物は全体的に青々とした装飾が施されていて、見るからに涼し気な印象を受ける。
また何よりも、明らかに魚をモチーフとしたのだろうイラストやモニュメントが多く並べられた広場は人気も相まってか多くの人混みで溢れかえっていて…外から少し覗ける水槽の数々も見所を存分にアピールしている。
まぁつまるところ、今日彼女が連れてこられたのは………。
「…………水族館?」
あらゆる意味で予想外な地へと赴いてきたことに、間の抜けた声色で言葉をこぼしていた日依の発言が全てを物語っていた。




