第二三話 どちらもお互い様
「おーい…? 日依、どうしちゃったのさ。私を見るなり固まったりして…何の反応も無いと流石の私もショックなんだけど」
「…………はっ!?」
突如として届いてきた佳澄の呼びかけに反応を示し、そちらの方向めがけて振り向いた日依であったが…そこで目にした光景。
しかし、それを見た瞬間に思考停止と衝撃のあまり硬直してしまうという不甲斐ないミスを発動していた。
だが今回ばかりは仕方が無いだろう。
何しろ彼女が視界に捉えた景色。あるいはその先に見据えた相手が、あまりにも慣れ親しんだ相手であって………。
「…もしかして、これ似合ってなかった? それなりに見れると思ってたんだけども」
「ち、違うよ!? そ、そうじゃなくて………」
「そうじゃなくて、何? 別にどんなこと言われても怒らないから固まってないで教えてみてよ」
「……か、佳澄さんの恰好が可愛すぎてびっくりしたの!! …は、恥ずかしいこと言わせないでよぉ…」
…日依の下へとやってきた佳澄の様相。
それがあまりにも、似合いすぎていたからだ。
言葉に言い換えればたったそれだけのこと。
されど実際に目の当たりにすればそれだけの範疇には到底収まらないほどに、今現在訝し気な目で己の様子を客観的に見つめ直している佳澄の見た目は人目を惹き付け過ぎるものとなっていた。
まず、佳澄は上に無地で黒一色のスウェットを身に纏いつつ下は白のタイトスカートと、一言にまとめてしまえば実にシンプルな装いでこの場に馳せ参じていた。
他にも栗色のコートを羽織っていたり、少し目立つところで言うと耳元にフラワー型のイヤリングをしていたりするが…語るところは本当にそんなもの。
──ただ、語りつくすポイントが少ないことは決して魅力に欠けていることと同義ではない。
むしろ佳澄に限ればシンプルな組み合わせだからこそ、元の素材の良さが十全以上に発揮されていると言っても過言ではないはずだ。
付け加えるなら、彼女は今日この時。いつもとは決定的に異なっている差異が存在している。
…日頃であれば、佳澄は学校だろうとそれ以外の場所であろうと関係なくその抜群に整った顔立ちを隠す目的も兼ねてフードを被っている。
それは佳澄自身の抜きんでた容姿のせいで周囲の者を惹き付け、大勢の相手に取り囲まれることを嫌っているがゆえの対策という話だったが…ともかくそんな事情もあり彼女が素顔を外で晒すことは稀なのだ。
日依でさえ、自身の家の中でも無ければ佳澄がフードを外して過ごす瞬間は数える程度しか見たことがない。
だからこそ今日、こうしてやってきた彼女が──佳澄がフードを被ることも無しに、自分の顔を堂々と見せたまま外で対面するのは非常に新鮮な気分を感じさせる。
同時に、見せつけられた容姿とファッションの相乗効果により思わず見惚れてしまった事実を赤裸々に明かすこととなり日依の羞恥心に少なくないダメージが入ったわけだが。
しかしそれも幸い……幸いと言っていいかは甚だ疑問であるが、少なからず佳澄にとっては喜ばしいことだったらしい。
「へえぇ…? 日依は私の服を見て可愛いと思ってくれたんだ? 随分素直な感想をくれたみたいで、私も嬉しいよ」
「う、うぅ…佳澄さん、絶対あたしのこと揶揄ってるじゃん!」
「まさか、そんなことしないよ。ただ私は日依が良い評価をくれたことを純粋に喜んでるだけだもん」
「じゃあそのにやついた表情は何!? 本音が隠しきれてないんだけど!」
日依のやけくそ気味な感想を受けて、返されてきた言葉は発言内容だけを切り取れば単なる感謝の意として受け取れたことだろう。
…だが残念なことに、そこへ佳澄が今まさに浮かべている表情──口角が不自然に上がり、どう見ても彼女が放ってきた照れ隠し混じりの言葉を聞いて揶揄いの意を露わにしていた。
隠しきれていないニヤニヤとした表情を見てしまえば何を考えているかなど一目瞭然で、こちらを動揺させようとしているのが丸わかりだ。
しかし、なまじ佳澄の容姿と服装の着こなしが抜群に似合いすぎているので直視すれば日依も平静ではいられないのも事実。
結果的に佳澄の思惑通り、日依は半ば無理やり彼女の強烈な魅力を意識させられた上で制御できない頬の熱を自覚させられることとなった。
「気のせい気のせい。きっと日依の勘違いだよ、それは」
「勘違いなら笑うのやめてくれない!? …あぁもう! こんなこと話してる暇があるなら、早く行こう!」
「あらら、拗ねちゃった。…はいはい、それだったら日依のお願いに従ってあげるよ。私は優しいからね」
「…本当に優しい人は待ち合わせしてた人を揶揄わないんだよ」
パタパタと熱が集まった顔を誤魔化すように冷やしつつ、佳澄の戯言にツッコミを入れる日依。
飄々とした態度を崩さない彼女相手ではノーダメージも良いところであるが、まぁそんな返事をされるのも想定の範囲内ではある。
…まるでこちらが無理な我儘を言って、佳澄の方がそれを仕方なく聞き入れたかのような雰囲気にされたことは心底納得がいかないがそこを気にしていても意味は無し。
むしろ下手に話題を突けば薮蛇となり、思わぬ形で日依が羞恥心に傷を負いかねないので引き時はしっかりと見極めるべきだ。
「ほら、さっさと行くよ。あんまりのんびりし過ぎてると時間もすぐに無くなっちゃうんだから」
「分かってるよ。私だって今日は予定組んできてるんだから、それに遅れが出ちゃうのは嫌だからね」
「あっ、一応目的地とかはちゃんとある感じなんだ」
彼女とのコミュニケーションで必要なものはこの一か月近くで学んだつもりだ。
だからこそ適切な距離感を保ってのやり取りが出来ていると日依は思っているし、こういった遠慮をし過ぎない形での対話だってこなせるようになっている。
…その近づいた距離感の副産物で、佳澄がこちらに仕掛けてくる『お礼』の内容が刺激的な要素を含むようになってきてしまったのは若干誤算だったが。
まぁ何はともあれそんな事情もあるからこそ今日もこうして二人だけでのデートも実現している。
佳澄曰く、意外にも目当てとしている場所もきちんとリサーチはしているような口調だったのでそこは素直に感心させられた。
「そりゃあもう。私とて考え一つ無しに日依をデートに誘わないよ。こう見えても事前の準備は完璧に済ませるタイプだし」
「…説得力があまり感じられないけど、まぁ分かったよ。それも後で詳しく教えてね」
「りょーかい! ……っと、そうだ。これを忘れちゃいけないよね──日依、少しこっちに耳寄せてきて?」
「…? は、はい」
「ふふっ…」
本人談ではあるが今日はスケジュールも予定もばっちりとのことで、自信満々に形の良い胸を叩く様子からその言葉が嘘ではないことも何となく伝わってくる。
そこまで言うなら彼女を信用しようと、日依も一瞬肩の力を抜いて駅の構内向けて歩き出そうとし──直前、佳澄から呼び止められて歩みは停止した。
何やらするべきことを失念していたとばかりに挙動を見せていた彼女からの呼びかけ。
それも耳を近づけてくれ…だなんて変わった頼みだったので少し訝しみもしたが、ここなら変なことも出来ないだろうと結論付けて微かに油断したまま言われた通りにする。
……あるいは、彼女のしでかしてくることにいちいち油断などするべきではなかったのかもしれないと痛感するのはその直後のことだった。
「あのね………言い忘れてたけど、今日の日依の恰好──すっごい可愛いよ。ちゃんと私の言いつけ通り、デートのためにお洒落してきてくれたんだね? 偉い偉い」
「…~~っ!?!?」
──こっそりと、耳元で囁くように。
それでいて先ほどまでとは打って変わり、まさしく蕩けそうな声色で告げられてきたのは…日依が着ている服への感想であった。
ただし、そう言う佳澄が不意打ち気味に褒めてきたことと、耳元という人体の中でも感覚が鋭敏な箇所で佳澄の声を間近に感じてしまったことから危うく言葉にならない悲鳴を上げそうになる。
もちろん、日依の顔が一瞬にして赤く染められたことは言うまでもない。
「じゃ、それを言いたかっただけだからさ。…よしっ、混み合わない内に早いところ電車に乗っちゃおうか」
「な、な……っ! …いきなり何するのさぁぁぁっ!!」
慌てて佳澄から距離を取り、自身の耳を掌で覆い隠しながら警戒心を露わにするも手遅れ。
それどころか満足げに彼女の反応を楽しんでいた彼女へ良いネタを提供しただけであって、マイペースに電車に乗ろうとする佳澄の後ろ姿を見て……日依は、自身の思いの丈を全力で叫んだ。




