第二二話 お洒落をする理由
「いきなりの話にはなっちゃうけどね。日依って今週のお休みは予定とか空いてたりする?」
「今週? どうだろう…多分スケジュールは何も入ってなかったから、特にこれといったものがあった覚えはないかな。…それが?」
「うんうん。なら平気そうだね」
尋ねられてきたのは日依の今後の予定に関連したことで、そこに空きがあるかどうかを確認された。
記憶が正しければ目立った用事が挟み込まれていた覚えはなく、指定されてきた日時についても空欄だったはずなので素直にそう伝えたが…これが何だというのか。
イマイチ分からない問いかけに疑問符を日依が浮かべそうになっていると、満足げに頷いていた佳澄は意外な提案を持ち掛けてくる。
「じゃあさ、今週末だけどせっかくだし一緒にお出かけしない? 今回は色々日依に苦労も掛けたわけだし、そのお詫びって形でさ。…あ、もちろんこれはいつもの『お礼』とは関係ないことだからね」
「お出かけ? …いや、そこまでしなくてもあたしは気にしないって──…」
佳澄とのお出かけ。そんな提案をされるとは夢にも思っておらず面食らう。
普段は彼女らの繋がりを表沙汰にしないためにもお互いの時間はこの家で過ごすことがほとんどであって、それも余計な騒ぎを起こさないための工夫だ。
だから彼女の方からそう言われるのは本当に想定外で、今回のお詫びも兼ねたことだと言われて咄嗟に断ろうとして──あちらから止められる。
「…違うよ。これは日依に気を遣ってとかじゃなくて、単純に私が日依にそうしてあげたいから提案してるの。無理に気負ってるなんてことじゃないんだよ。それは駄目なの?」
「うっ……まぁ、それなら駄目ではないけど」
「でしょ? なら決まりっと。…それじゃあ週末だけど、お昼に駅前で集合しよう。詳しい予定は後でまとめて送っとくけど……あぁそうそう。これも一応は私と日依のデートだからさ…? できればお洒落してきてくれると嬉しいな」
「…っ! …か、考えておきます」
「ふふっ、期待しておくよ」
佳澄があんなことを言い出してきたのは、過剰に日依へと気を遣ったからではなく至極単純に彼女がそうしたかったから。
行動原理が日依に対する気負いから来たものであったならこちらも徹底的に遠慮したが、そう言われてしまうと途端に弱くなる。
佳澄自身の意思で決めたことならそこに日依が過干渉するのもおかしな話で、それは彼女の自由意思を尊重していないのと同義なのだから。
ゆえに日依もあまり強くは言えず、何より日依自身も佳澄とどこかに出かけるというのは……ほんの少し、想像して期待感を灯らせることでもあった。
あれやこれやと話している内に決まった、彼女たち二人だけでの外出。
もしくは、佳澄よりこっそりと囁かれてきたデートという文言に妙なことを意識してしまいそうになる己の理性を強く抑え込みながらも日依は小さく頷いて返事をしていた。
──そこから数日後、予定の日が迫るのはそう遠くない未来の話だった。
◆
「……予定の場所は、ここで合ってるはずだよね。まだ来てない…のかな」
周囲は休日ということもあり人混みで溢れかえり、少しでも油断すれば押し流されてしまいそうな喧騒の中。
駅前の立地条件も相まって多くの人で賑わっているこの場であるが…その一角に日依は立っていた。
もちろんその目的は佳澄とのデートである。
具体的な予定が決められたのは数日前のことだというのに、実際に過ごしてみれば今日に至るまで時間が過ぎ去るのはあっという間としか思えない。
しかし記憶の中では忘れられようもない予定として刻み込まれた彼女とのデート当日。
つまり今日のスケジュールだが事前に佳澄から指示されていた通りに最寄りの駅前までやってきたわけだが…この人混みからは、まだ彼女の姿や気配は見られない。
念のために連絡が来ていないかと確認してみるも、そちらも何のメッセージも送られてきていなかったので特にトラブルが起こった感じでもなさそうだ。
そもそもまだ約束していた待ち合わせ時間にはなっておらず、日依の方が少し早く到着してしまっただけなので待っていればいずれ向こうもやってくることだろう。
よって近くにあった柱のモニュメントに寄りかかると日依も待機の姿勢に移り、佳澄が来るのを今か今かと待ちわびる。
……ただそんな折にあって、ふと一息吐いた日依が意識を向けたのは自身の服装だった。
「にしても、これを選んできたのは良いにしても本当にこれで良かったのかなぁ…もう少し別の服があったような…」
現在の日依が視線を下ろした時、そこに映るのは彼女自身の恰好であるが私生活で着こなすファッションとはまた少し気合いの入り方が異なったものとなっている。
というのも、今日依が着ているのは白を基調としたオーバーサイズのニットに、その上から深めの緑色をしたパーカーコート。
さらに下には、チェック柄とベージュの色合いが入り乱れたスカート──俗にナロースカートと呼ばれる、膝下まで長さとスタイルを持ったロングスカートを履いていた。
季節的にもここ最近は一気に気温が低下し、吹き込んでくる風も勢いを増してきたので寒さ対策のためにもボリューム感を向上させたファッションを選んでいる。
……しかし、そんな機能性を重視したように語ってきたこれらの服たち一つ一つをまとめると──少なくとも日依にとっては、見た者に華やかな印象を与えられる着こなしであると判断して選んできたものだ。
別に、そうしてきたことにこれといった理由はない。
強いて言うなら今回は佳澄と二人きりでの遊びだから、せっかくなら見た目にも気を使った方が良いかと思ってほんの少し気合いを入れた程度のこと。
………別に、彼女からデートに誘われた際に『お洒落をしてきてくれたら嬉しい』と言われたことは何一つ関係していない。
いくら日依といえど佳澄からそう言われただけで意識なんてしないし、着ていく服だってどうしようかと思案するために何時間も迷うことだって無かった。
だからこれは単なる気まぐれのようなもので、日依が持っている服を一通り眺めながら『どれが佳澄さんの好みに合っているか…』なんて散々悩んだことはありえず。
彼女にこれを見せた時にどんなリアクションをされるか想像して、一人ベッドの中で勝手に悶えていた事実さえ存在していない。
していないったらしていないのである。
「うん、まぁ持ってる服だとこれが一番無難だよね。下手に目立つの選んで失敗しても嫌だし、これで良い……はず」
ゆえに今も自分の選択肢を振り返りながら、己を納得させるように暗示を掛けつつ何度も無理やり頷いて現在のファッションは変でないと思い込ませていた。
無論、どんな格好であろうとも佳澄なら日依に酷い感想を投げかけてくるとは思っていないが、だからと言って適当な服を着てくるのは違う。
あくまでもほんの少しだけ気合いを入れただけではあるものの、やはり自分なりにしっかりと考え抜いた上で選んできたものであるためあちらの反応は少なからず気になってしまうものなのだ。
「と、とにかく今は佳澄さんと合流する方が優先だから服は一旦後回し! もう少しで来るだろうから周りも見ておかないと……」
「──あっ! 日依ー! もう来てたんだ…待たせてごめんね!」
「…って、佳澄さん? ううん、あたしも今来たばかりだからだいじょ──…ッ!?」
「ん…? 日依、どうかした?」
……と、その瞬間。
ぶつぶつと独り言を呟いていた日依の耳によく透き通るような、それでいて聞き慣れた声。
聞き間違えようもない佳澄の声を聴覚でキャッチし、横から響いてきた声の方向へと無意識に振り返ると──直後。
日依は彼女の視界にて、信じ難き光景を目の当たりにした衝撃から言葉を失った。




