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フードを外した彼女が気の済むまで私を堕としに来た  作者: 進道 拓真


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第一二話 退廃的に、残したい証拠

「…ねぇ、どうしてさっきから頑なにこっちを見ようとしないの?」

「それ佳澄さんが聞く!? どうしても何も、今正面を見たら、そのぉ…見ちゃいけない物が見えそうだからに決まってるよ!」

「見ちゃいけない物なんてある? せいぜい私くらいしかいないのに」

「まさにそれだよ!? …うぐぐぅ……っ! 何でこんなことにぃ…!」


 そこかしこに湯気が立ち上る浴槽の中。

 先ほどまでは日依一人でのんびりとした時間を満喫していたというのに、今となってはそこにある人影が一つ追加されている。


 もちろんその正体はついさっき、予告も何もなしに突撃してきた佳澄である。

 彼女は今日の『お礼』を日依の背中を流すことにしたという宣言をしてきた後、どうしてかすぐに実行しようとはせずに日依が浸かっていた浴槽へと当たり前のように割り込んできた。


 ゆえに現在、日依と佳澄は互いに向かい様な位置となっており…視線を真正面に向ければ相手の身体がすぐに見られる状態だった。

 状況を客観的に見れば仲の良い友人とのひと時とも捉えられるだろうが、しかしながら現実はそういうわけでもなく。


 事態がこうなってからというもの、日依は目を向ければすぐにでも視界に収められる佳澄の方を決して見ようとはしていなかった。

 その理由というのも、そこまで深い理由があるわけでも無いのだが…あえて述べるとするならこんなところだ。


(き、気まずいなんてものじゃない…まさか佳澄さんと一緒にお風呂に入ることになるなんて…! 前から分かってはいたつもりだけど、スタイルが良すぎてこっちが見るの恥ずかしくなるんですけど!?)


 そう、つまるところ日依は眼前に控えている佳澄の肢体に意識を奪われかけていただけ。

 前々から薄々察してはいたものの、こうして直接相対してみると佳澄のスタイルの良さを嫌という程痛感させられる。


 出るところはしっかりと出ていて、引っ込むところはしっかり引っ込んでいるというまさに誰に対しても理想的な身体つきを実現している彼女。

 そのような完璧な相手と共に入浴をしているのだという事実が何故だか異様に照れくさく思えてしまい、他の相手なら日依もここまで動揺などしないというのに彼女を前にしてしまうとどうしても平静さが保てなくなる。


 …それと、これはあまり関係もないがそんな彼女と共に裸を晒しているという状況のせいで相対的に自分の身体を客観視してしまったということも挙げられなくもない。


 別に日依も貧相なんてことは断じてないが、流石に目の前の佳澄と比べられてしまうと諸々のサイズ感は劣って見えてしまう。

 劣等感……などと言うには淡い感情だが多少なりとも湧き上がる悔しさは認めざるを得ない。


 よって、これらの理由から平然とした佳澄とあからさまにドギマギした日依というシチュエーションは生み出されたわけだ。


「…日依って、本当に初心だよねぇ。同じ女なんだから、そこまで緊張することも無いはずなのに……まぁそういうところが可愛いんだけどさ。…ほらほら、私と一緒にお風呂に入ってみた感想はどうかな?」

「ひぇっ!? いえ、感想なんて言われても…あたしが見るには烏滸がましいとしか…」

「烏滸がましいは大げさでは? ふふっ…全く可愛いねぇ」

「…~~っ!? …ほ、ほら! あたしの背中流してくれるんなら早くしちゃおう!」

「あ、逃げた。良いけどね…それならそこに座って?」


 人は耐えられる許容量をオーバーするような美しさと対面した場合、視線を奪われるよりも先に己の目で見た物が穢れてしまうことを危惧するのだと日依は思い知らされた。

 そしてその対象が、よもやあちらから近づいてきた上でやたらと艶めかしい声を出し、さらにはススッ……といつの間にか日依の頬に掌を当てて微笑みかけられる。


 見せつけられる表情はあまりにも鮮烈な美を宿していて、濡れたことで雫が滴り落ちる髪を間近に迫っていき……直後。

 熱暴走しかけていた思考の片隅で、このままではマズいと直感した日依の冷静な頭が反射的に場を無理やり締めたことで難を逃れた。


 危なかった…あのまま行けばほぼ確実に至近距離まで迫ってきていた彼女の接触に理性を焼かれかねなかったので、少し強引にでもあそこではああするのが正解であったはず。

 次の瞬間には佳澄がすぐに納得するようなリアクションを見せていたのは少し気にかかるも、ともあれここの関門は乗り越えられたと考えて良さそうだ。


 そうなると次に控えている背中を流されるというミッションも、気合次第で乗り切れるかもしれないと日依は淡い希望を胸に抱きつつ彼女の言う通りちょこんと浴場の椅子に腰かける。


「さーてと、じゃあ早速日依の背中を流させてもらおうかな」

「お、お手柔らかに…」


 正直に明かしてしまうと佳澄に自分の身体を洗ってもらうのにも萎縮はするのだが、しかし先ほどのように向かい合う体勢でなければ多少は緊張感も紛れる。

 どちらにせよ接近するのは変わらないがもうそれはどうしようもないので諦めて、ここまで来たら覚悟を決めてしまおうと心を固めて肌に近づくタオルの感触を実感した。


「どう? 力はあまり込めてないつもりだけど痛くはない?」

「んっ…大丈夫だよ。むしろちょうどよくて気持ちいいくらい…」

「そっか。ならこのままさせてもらうね」


 位置的に日依の方から佳澄の表情は確認出来ないものの、逆にそれが功を奏したのか視界から彼女の姿が消えたことで少なからず落ち着きも取り戻せてきた。

 実際にはまだ至近距離にいるので軽い現実逃避でしかないことには変わりなくとも、良好な視野を確保できたというのはそれだけで大きな効果を発揮する。


 それに…ありがたいことに背中を洗ってくれている佳澄の擦り方も、決して日依の肌を傷つけることはなく、しかしそれでいて確かな気持ちよさを味わえる力加減なので思いの外心地よくすらあった。


(あぁ……最初はビックリもしたけど、実際に人から身体を洗ってもらうのも悪くはないかも…申し訳なさは変わらずあるけど、これが『お礼』なら良いかもなぁ…)


 誰かに身体を洗ってもらうなんて日依も幼少以来の経験だったが体験してみると悪くない。

 むしろ少しでも気を抜けばいつまでも浸りたくなるような心地よさに溺れそうになってしまいそうで怖くもあるが、それでも今くらいは満喫しても叱られないだろう。


 ……だが、そうして図らずも油断していたのが良くなかったのかもしれない。


「──…ぴぇっ!? きゅ、急に何するの!?」

「えっ、別に理由は無いけど…なんか気を抜いてたみたいだったから、ちょっと指で日依の背中をなぞっただけだよ?」

「めちゃくちゃ背筋がゾワッと来たんですけど!! …もう! 次はそれ禁止だからね!」

「ふーん……日依はこういうのに弱いんだ」

「……待って、佳澄さん。あたし今猛烈に嫌な予感がしてるんですけど…」


 突如、日依の背中を襲った()()の感触──細長い指でススー…っと背筋を撫でられる感覚を味わい、言い表しようもないむず痒さから叫んでしまった。

 特にこれといって危害を加えられたというわけでも無いのに、そんなことをされただけで全身を震わせてしまうのだから人体は不思議なものだ。


 しかしそのことについて仕掛けてきた張本人、佳澄に異議申し立てをしてもあちらは平然とした態度を貫くのみ。

 いや、それどころか自分が悪いという意識すら持っていないようにあっけらかんとした対応をされるだけだった。


 けれども…()()()()に留まっていればまだ日依は幸運だったのかもしれない。

 何せ、今の日依のリアクションを観察してふむふむと頷きながら見定めていた佳澄の反応は明らかに、次の悪戯を思いついた子供の表情に酷似したものだったのだから。


 鋭敏にそのことを察知した日依の方からさりげなく忠告はしてみるも…その程度の抵抗など無意味に等しい。

 弱々しい意思表示が彼女の通じるのならこれまでにも日依が苦労することはなかったはずで、それが通用しないとなれば訪れる結果は一つ。


「……日依ってさ、案外こういうことされるのも好きそうだよね。ちょっとこっちに身体倒してみて?」

「やだ。絶対に変なことされるに決まって……ひゃんっ!!」

「いーから早くこっちに身体寄せる。……あむっ」

「……~~っ!?!?」


 ただでさえ風呂場という逃げ場のない空間で、猛烈に嫌な予感を覚えた日依の耳元に囁くようにして佳澄から要求されたのはこちらに身体を預けろというもの。

 当然、易々と受け入れれば碌な目に遭わないことは分かり切っているので拒否しようとするがその動向もあっさりと却下され、後ろから彼女に抱きしめられる形で無理やり引き寄せられる。


 そうして佳澄に背後から抱き寄せられたところで、彼女はその艶やかな口を日依の首元に近づけたかと思うと…ゆっくりとそこに()()()()()()()


「んっ……はむ…っ」

「は…っ! んぁ……! な、何して…!」


 特別力が込められているわけでは無い。

 佳澄の取ってきた行動は日依を傷つけようとしているわけでは無く、絶妙な力加減でこちらの首を噛んでいるのだという事実のみを実感させられる感触が伝わってくるだけ。


 しかし、だからこそ佳澄が今していることをより明確に意識してしまい…同級生に首元を甘噛みされるなんて仄かに背徳的な状況にこちらの背中もゾクゾクとしてきてしまう。


「……んんっ…ぷはっ。…ふふ、日依ったら身体をよがらせちゃって可愛いね?」

「か、佳澄さんのせいですよね…!? あとあたしは別によがってないし…!」

「え~…それは嘘でしょ。だってほら、こんな見えやすいところに私の()()がついちゃってるんだよ? こんなの見られたらクラスメイトに何て思われるかな?」


 一体いつまで続くのかとも思われたこの時間。

 終わりの時は佳澄以外の誰にも知りえない魅惑的なひと時は、永遠にも感じられ…ふとした瞬間に、日依の耳元で今しがたつけられたばかりの彼女の歯形がはっきりと残ってしまった事を否応にも自覚させられる。


「こんなもの見られちゃったらさぁ…私たち、変なことしてたんだって思われること間違いなしだね。まるで日依が私の物になったみたいな──あっ、それともそこに関しては…もうなってたりするのかな?」

「ぶふ…っ!? …ぜ、絶対になってないからーっ!!」


 二人きりの空間。湯けむりで満たされた退廃的な一部始終。


 目撃者は本人たち以外に誰一人として存在しない数分間のやり取りではあったが、そこでつけられた証拠に関してはしばらく消えることは無いだろう。

 ツツー…っと指でなぞられた日依の首元。


 そこにはっきりと残っている、微かに赤く染まった歯形については第三者には決して見せられないものとなってしまった。

 また、この浴場で行われた『お礼』の最中に日依が感じたこと。


 行為の異質さとも相まって、熱に浮かされた頭でぼんやりと考えてしまったことではあるが………。


 ……霞がかった意識の片隅で、もう少しくらいはこの時間が続いてしまっても良いかもしれないなどと思ってしまったのはたとえ佳澄であっても白状できない彼女一人だけの秘密となった。


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