第二十七話
応接室での説明を終えた後、レオンたちは王城内の別棟へと案内された。
そこは謁見の間ほどの荘厳さはないものの天井が高く、
壁には歴代の武闘会優勝者を描いた壁画が並ぶ空間だった。
獣人の戦士たちが、誇りと共に刻まれている。
(……ここも、戦の歴史だらけだ)
その部屋に中央には、四人の若い獣人が集まっていた。
彼らこそ今回の武闘会に出場する、獣人王族の子供たち。
まず、真っ先に視線を向けてきたのは
「俺は第一王子、アレクだ」
堂々と前に立つのは、獅子と虎の血を引く青年だった。
黄金に近い濃い金色の闘気が、意識せずとも身体の周囲に滲んでいる。
ただ立っているだけで、圧がある。
短く、力強い名乗りを上げた。
「武闘会では優勝を狙う。子供だろうと、手加減はしない」
その言葉には、挑発も敵意もない。
事実を告げているだけだった。
レオンは一歩前に出て、真っ直ぐに視線を返す。
「望むところです。こちらも、全力で臨みます」
アレクは一瞬だけ口角を上げた。
「いい目だ。弱くはないな」
それだけ言い、腕を組んで一歩下がる。
次に前へ出たのは、白と灰の毛並みを持つ獅子と狼の血を引く少女。
闘気は蒼と金。しかしラギアスほど前に出ず、静かに収束している。
「第一王女、ミラよ」穏やかな声。
「あなたがダンジョンの破壊者ですね。噂は聞いていますわ」
ミラの視線は、鋭いが冷静だった。
「武闘会では、あなたの戦い方が多くを変えるでしょう」
「買い被りすぎです」レオンがそう返すと、ミラは微笑んだ。
「いえ。未知は、時に最強の武器です」
理性と知性を感じさせる対応に、レオンは内心で警戒を強める。
(この人は……戦う前から、先を見ている)
次に、軽やかな足取りで前に出てきたのは、獅子と鷲の血を引く少年だった。
背中には小さく折り畳まれた翼。闘気は白緑色で、風のように揺れている。
「私は第二王子、ルーク」涼やかな声。
「人間の王子様。キミ、空を見上げる癖があるでしょう?」
「……え?」
唐突な指摘に、レオンは一瞬言葉を失う。
ルークは楽しそうに微笑んだ。
「視線の動きで分かるの。魔法使いって、空間全体を見るもの」
彼女の観察眼は鋭かった。
「武闘会で会ったら、空から落とさせてもらうよ」
冗談めいているが、本気の宣言でもある。
最後に、一歩遅れて前に出たのは、獅子と蜥蜴の血を引く少女だった。
鱗の混じる肌。瞳は静かで、感情を読ませない。
闘気は緑と金。だが、外へはほとんど漏れていない。
「第ニ王女、リュカ」それだけ名乗る。
沈黙が流れる。だが、レオンは気づいた。
(……闘気の“密度”が異常だ)
抑え込まれているのではない。最初から、無駄がない。
「……よろしくお願いします」
レオンが頭を下げると、リュカは小さく頷いた。
「…楽しみ」
四人との顔合わせを終え、場の空気は静かに張り詰めていた。
誰も敵意を剥き出しにはしない。
だが互いに、力量を測り合っている。
ガルドが小さく笑う。
「いやあ、こりゃ面白い大会になりそうだ」
フィリアは、レオンの横で静かに囁いた。
「…全員、本気です。
あなたを客だと思っている人はいません」
「光栄ですね」
レオンはそう答え、王族の子供たちを見渡す。
(この中の誰かと、必ず本気でぶつかる)
それは確信に近い予感だった。
この顔合わせは、武闘会の序章にすぎない。
城内の訓練場は、石と土で固められた円形の闘技場だった。
天井は高く、獣人たちが本気で跳躍しても余裕がある造りになっている。
周囲には、国王、数名の王族、武官、そしてフィリアとガルド。
「制限時間は三分だ」審判役の武官が告げる。
「殺しは禁止。闘気と魔法の使用は認める」
闘技場の中央に立つ二人の間に、見えない緊張が走った。
第一王子アレク獅子と虎の血を引く青年は、
腕を軽く回しながら、獣のような笑みを浮かべる。
「人間相手に、城内で拳を振るう日が来るとはな」
「こちらも光栄です」
レオンは杖を持たず、素手で構えた。
魔法は使うが、最初から距離を取るつもりはない。
合図、次の瞬間、床が鳴る。
アレクの踏み込みは、爆発的だった。
闘気が脚に集中し、筋力を押し上げている。
(速い……!)
レオンは即座に横へ跳ぶ。だが、間に合わない。
アレクの拳が、空気を裂きながら迫る。
レオンは詠唱を省略し、即時発動。
「エア・バインド!」
圧縮した風が、アレクの腕に絡みつく、だが。
「ぬるいッ!」
アレクは闘気を一気に膨張させ、風を力で引き千切った。
闘気色は濃い金色。熱と圧が同時に押し寄せる、拳が迫る。
レオンは身体強化魔法を重ねがけし、腕で受けた。
衝撃が骨を震わせ、後退する。
(……純粋な腕力で、強化魔法と拮抗している)
ガルドが観客席で低く唸った。
「さすが獣人だな…」
アレクは追撃を止めない。拳、脚。
獣拳の型などない。本能の連撃。
レオンは後退しながら、詠唱ほぼ無しの火魔法を放つ。
「フレア・ショット!」火球が至近距離で炸裂。
だが、アレクは闘気を前面に展開し、火炎を突っ切る。
「効かん!」
「……分かってます」
レオンは、視線を一点に集中させた。
アレクの闘気は強い。だが粗い。
(一点突破は無理。なら……)
レオンは一歩踏み込み、地面に魔力を流す。
「グラウド・シェイク!」
局所的な振動。アレクの足元が、わずかに揺れた。
「――ッ!」
その一瞬。レオンは距離を詰め、拳に魔力を纏わせる。
「マナ・ブロウ!」
魔力衝撃が、アレクの腹部を打つ。
闘気と魔力が正面衝突し、空気が爆ぜた。
アレクは数歩下がり、笑った。
「いい……!この殴り合い、嫌いじゃない!」
闘気がさらに燃え上がる。だが、そこで
「時間だ」
審判の声。両者の間に、結界が張られた。
アレクは舌打ちしつつ、笑みを浮かべる。
「続きは武闘会だな、レオン」
「ええ。その時は、全力で」
アレクは大きく頷いた。
「約束だ」
観客席の空気は、明らかに変わっていた。
「……本当に、子供か?」
誰かが、そう呟いた。
第一戦の熱がまだ訓練場に残る中、
闘技場の中央に立ったのは第一王女ミラだった。
獅子と狼の血を引く少女は、ラギアスとは対照的に、
闘気をほとんど外に漏らしていない。
蒼と金の闘気は、身体の内側で静かに循環しているだけだ。
「派手な戦いでしたね」
ミラは穏やかにそう言い、レオンを見る。
「ですが、あなたは力で押す人ではないわ」
その言葉に、レオンはわずかに目を細めた。
「よく見ていますね」
「戦う前に観察するのは、当然ですわ」
ミラは腰を落とし、低い構えを取る。
獣拳の型ではない。
最小限で、無駄のない姿勢。
「三分。短いですが、十分でしょう」
審判の合図が落ちた。
だが、ミラは動かない。
(来ない……?)
レオンは一歩、距離を詰める。その瞬間、
床を蹴る音すらなく、ミラが横から回り込んだ。
「っ――!」
狼の動きだ。正面からではなく、常に死角を取る。
レオンは即座に防御魔法を展開。
「マナ・シールド!」
だが、ミラの蹴りは当たる直前で、軌道を変えた。
闘気で制御された脚が、盾の薄い部分を正確に突く。
「……っ!」
衝撃が走り、レオンは半歩下がる。
(防御の薄い所を読まれた……!?)
ミラは深追いしない。
一撃入れて、すぐ距離を取る。
「今のは、あなたの注意が向いていない場所でした」
淡々とした声。
「魔法盾は万能ではありません。構造がある以上、癖が出ますわ」
レオンは息を整えながら、詠唱を省略し風魔法を放つ。
「ウィンド・スラッシュ!」
鋭い風刃が走る。だがミラは、闘気を脚に集中させ、紙一重で避けた。
そのまま距離を詰める。今度は連撃。
どれも威力は控えめだが、確実に魔力の流れを乱してくる。
(……削ってきている)
ミラの狙いは明白だった。短期決戦で倒す気はない。
魔力と集中力を削り、判断を鈍らせる。
レオンは後方へ跳び、魔法陣を展開する。
「フロスト・フィールド」
床一面に薄く氷が張る。足場を不安定にし、機動力を奪う狙い。
だがミラは、闘気を足裏に集中させ、滑りを無効化した。
「闘気は、環境への適応力でもあります」
言葉と同時に、視線が鋭くなる。
次の瞬間。ミラは、意図的に一撃を受けに来た。
「……!?」
レオンの火魔法が直撃する。だが、それは致命打ではない。
その衝撃を利用し、ミラは一気に懐へ。
闘気を一点に収束。
「――ここです」腹部への掌打。
闘気が内部で炸裂し、魔力の循環が乱れる。
「っ……!」
視界が一瞬、白くなる。その隙を、ミラは逃さない。
だがレオンも、同時に動いていた。
(……読まれているなら、読ませればいい)
レオンは自らの魔力を、わざと大きく揺らした。
ミラの視線が、その変化を捉える。
その瞬間。レオンは詠唱無しで、地面に魔力を叩きつけた。
「《マナ・パルス》!」全方位への衝撃波。
ミラは即座に防御に回るが、完全には防ぎきれず距離が開く。
「時間だ」審判の声が響いた。
結界が張られ、戦闘は強制終了。
ミラは深く息を吐き、微笑んだ。
「……見事です」
「そちらこそ。本当に、やりにくい相手でした」
ミラは肩をすくめる。
「武闘会では、こうはいきませんよ」
「承知しています」
二人は、静かに頭を下げ合った。
観客席では、武官たちがざわめいていた。
「……今のどっちが優勢だった?」
「分からん」
ガルドは腕を組み、低く笑った。
「レオンも大概だな。読み合いで食らいついてやがる」
レオンは汗を拭いながら、ミラの背中を見る。
(この人とは…武闘会で、もう一度当たる気がする)




