解放の火 後編⑥
強烈な爆発音が響き渡る。思わず首をすくめた人々は一斉に音の出所へと視線を向けた。島の出入り口にある見上げるほど大きな三門が赤い炎に包まれようとしているところだった。
話し声は瞬く間に悲鳴に変わり楽隊の奏でる音楽はピタリと止まる。
「あっちも燃えてるわ!」
一人が島の奥地を指差した。低い建物の向こうでひときわ目立つ壱門が向こうでも燃え上がっていた。
炎上する門を消化しようと走り出した島の中央にある二門の護衛を見てロシュが再び歩き始める。目指すはこの島で一番高い建物。
エリックとチャックのいる監視塔だった。
赤毛の男はパニックを起こす人々の間を縫うようにして監視塔を目指す。その様子を上から見ていたチャックは監視塔の中からひょこりと顔を出した。
ロシュは男を担いだまま螺旋状になった階段をぐんぐん上る。少し目が回って来た気がした頃、ようやく一番上まで上り詰めた。
「ロシュお疲れー」
金髪の男がいつもの明るい声で言う。ロシュはそれに唸るような返事をしながら背負っていたこの島の主を雑に降ろした。
『ロシュが着いたか』
レイの声。
その声に、椅子を背もたれにして床に座っていたエリックの肩が少し揺れる。
そして緊張を紛らすみたいに長く息を吐いた。
『エリック、準備はいいか?』
レイが言う。エリックは目を瞑って答えない。
「まだ音ラピスの準備出来てないって言おうか?」
チャックが微動だにしないエリックの様子を伺うようにそう言った。その言葉にエリックはゆっくりと目を開けるとそっと微笑んだ。
「ううん大丈夫だよ。ありがとうチャック」
そう言うとグッと足に力を込めて立ち上がる。向かうは島を見渡せる監視塔の窓。
長身の貴族はチャックから拳大のラピスを受け取る。その石はゴツゴツしていて、ほんのり温かい気がした。
エリックが噛み締めるように準備する間、レイは何も言わなかった。ただ、彼の決断を信じて待っていた。
「話す時は言ってね」
チャックが声を掛ける。エリックは小さく頷いた。
眼下には右往左往する人々の群れ。遠くで門の火を消そうと躍起になっている人影も見えた。大勢の混乱と叫び声が冷たい風に乗ってエリックを襲う。
人々の放つ強い恐怖の波が監視塔の上にたった一人で立つエリックを今にも飲み込まんばかりだ。
ラピスを握る手がわずかに震えていた。
空を覆う黒雲を赤々と燃え上がる炎が舐めるように踊る。
ヒューっと風が吹いた時、エリックは背中に衝撃を感じた。
パンという軽い音。
エリックは驚いて振り返る。
そこに居たのはロシュだった。
「俺は話が上手い奴には二種類居ると思う」
「…へ?」
突拍子も無いロシュの言葉にエリックは思わず呆けた顔をする。
「一つは本当に話が上手くて、聞いてる奴を楽しませられる奴」
ロシュはそんなエリックの反応に気づいているのかいないのか、構わずに話し続けた。
「もう一つは、本当は話が下手だけど周りが盛り上がってるフリをしてるから話が上手いようにみえる奴。その二種類が居ると思う」
「そ、そうなんだ…」
「うん」
エリックの相槌にロシュは頷く。隣りに立って居るチャックも困惑顔だ。
「エリック、お前がどっちのタイプなのか俺は知らない。でも、もし話が下手な方だったとしても心配するな。周りが盛り上げて上手いと思わせれば良いんだ」
長身の男は少し首を傾げる。それを見たロシュはエリックが自分の話を理解出来ていないと知り、もう一度口を開いた。
「お前は一人で喋る訳じゃない。皆んながいる。イーサンやレイや皆んなが盛り上げる。だから、お前は上手く話そうとしなくて良い」
「あ、」
エリックはその言葉に眉を下げる。そしてそのままの状態で口角を上げるという器用な表情を浮かべた。
不器用な友人が彼なりの言葉で精一杯自分を鼓舞してくれていると気付いたのだ。
そしてそれが何より嬉しかった。
エリックはふっと息を吐くと、まるで肩の荷が下りたかのように軽やかに笑う。
「ありがと」
短くそう言うと、改めてラピスを握り直した。
もう震えてはいなかった。
「僕は適当に話すから、皆んな後はよろしくね」
軽く放たれた言葉に仲間たちが次々と反応する。
ーそうだ、一人じゃない。どうしてすぐ忘れちゃうんだろうー
エリックはそんな事を思いながら改めて監視塔から下を見下ろした。
人々は相変わらずパニックを起こしている。
だが、もうその混乱の渦にエリックは飲み込まれない。姿は見えないが仲間が確かにそこに居ることが分かるからだ。
「ねぇ皆んな、僕は今、言葉の力を知ったよ。さっきまで大舞台を前に怖気付いてたのに、それがまるで夢だったみたいに今はもう怖くない。ほんの少しの言葉でこんなにも気持ちが変わる」
エリックは小さく笑う。
「僕の言葉もきっと届く、そう信じられる。今、一番言いたい事を言うよ。その為に僕はここに居るから」
貴族の男はチャックの方を見ると小さく頷いた。
【ネルティブ王国の人々よ、あの燃え盛る炎をどうか恐れないで。あれは解放の火】
エリックの声が島中を包む。恐慌している人々は突然あちこちから響き始めた見知らぬ声に驚き、キョロキョロと辺りを見回した。
【この島を閉ざす門はもう無い。僕たちが焼いてしまったから。僕たち、星骸が】
エリックの言葉を合図にチャックとロシュがそれぞれ大きな布を監視塔の上から落とした。
バサッァと大きな音を立てて広がったそれは星骸の旗。
島で一番高い監視塔を覆うそれは島のどこにいてもよく見えた。慌てふためいていた人々が一人また一人と監視塔を見上げる。
【この島から出られず、失意の内に何人死んでいっただろうか。いつか島の外に出たいと、自由に生きてみたいと年に一度の祭りを心待ちにして何度心を砕かれただろうか。たったそれだけの願いなのに。……自由になりたいと願う事すら許されないの?】
エリックの柔らかなテノールが悲しく響く。消えてしまいそうな弱々しい声は悲嘆を含んでいた。
【ただ外に出たいだけのに、誰の許可も必要としないでただ歩いてみたいだけなのに。それすら叶わないの?】
島はいつの間にかシンと静まり返っていた。ようやく馬車を止めたサトシはそっと目を伏せる。隣りで御者台にしがみ付いていたティハは目を白黒させながら、響く声に耳を傾けていた。
【そんなのおかしい】
エリックはほんのわずかに語気を強める。
【僕たちはそんな扱いを受ける為に生まれて来たんじゃ無い。そんなちっぽけな願いにすがる為に生きてる訳じゃない】
混乱で乱れ切った行列の中でリリスは監視塔を見上げる。周りにいる誰もがそうしていた。聞こえるのはエリックの声と何かが芽生えるようなわずかな息遣いだけだった。
【僕たちは何の為に生まれて来た?島に閉じ込められる為?叶わない夢を見る為?】
「違うぞー!!!」
遠くの方でで声が上がる。イーサンだ。
エリックにその声は届かなかったが、彼の周りの人々には届いた。
心の奥底にあった小さくくすぶっていた火が彼の言葉を受けて少しだけ大きくなる。自分だけが持つ火では無かったと気づいたのだ。
【違う!僕たちはそんなモノの為に生まれて来たんじゃない!】
「そうよ!違うわ!」
「そんな事の為に生きてない!」
声が上がる。島のあちこちに散らばった仲間たちの声だ。
【自由になる為に生まれて来たんだ!】
「そうだ!」
「自由になりたぁぁい!!」
十にも満たなかった仲間たちの小さな声は二十になり五十になり百になり、いつしか島全体を包み込む。
だがサトシは眉を顰め、口をへの字に曲げながらひと言も発せずに居た。口を開いたら隣りで涙をこぼすティハのようになってしまう気がしたからだった。
壱門と三門を焼いた火はいつの間にか消されてしまっていた。だが本当の火種は消えるどころか一層勢いを増して燃え上がる。人々の中に灯った火は水では決して消せない。
【カガイに支配者はもう居ない!】
ロシュが島主のターウォンを監視塔の窓まで引っ張って行った。
意識を取り戻したターウォンは演説するエリックの姿を見て驚愕の表情を浮かべたと思ったら、あまりに衝撃だったのか再び意識を失ってしまう。
【僕たち星骸が倒した!大門も焼いた!僕たちを縛るモノは何もない!自由なんだ!】
「自由だ!」
「自由だ!」
ラミアは繰り返される言葉に目を輝かせる。群衆がまるで一つの生き物にでもなったかのようにまとまっていた。その一体感の心地良さにラミアを含めた誰もが酔いしれた。
島にいるほとんど全ての人間が監視塔を見上げる中、レイは厩に繋いでいた馬の手綱を解くとその馬に飛び乗った。そしてそのまま壱門の方へと駆け出す。
【そうだ自由だ!自由になった今、何がしたい?何を願う?】
エリックの問いかけに島中の人間たちが思い思いに答えた。
その声を聞きながらレイは炭になってしまった壱門を馬で飛び越える。驚き叫ぶ門番たちを背に橋を渡り切ると遠く駆けて行ってしまった。
「俺は皆んなが医者に行ける世界にしたいぞー!!」
イーサンが声の限りに叫ぶ。清々しい表情は希望で満ちていた。
「私は、私は、大事に思えるモノを沢山作りたい!ラミィ、貴方と同じくらい大事なモノが欲しい!」
リリスは迷いながら、だが決意するように叫ぶ。周りの人々も思い思いに叫んでいた。
「リリィ!大事なモノ、沢山作ろうよ!二人だけじゃ無い世界で一緒に生きようよ!」
ラミアが天に向かって大声で言う。まるでリリスの声が聞こえているかのように。
監視塔から島を見下ろすエリックは、人々が思いの丈を叫ぶ光景に目を奪われた。
恐れと混乱に支配され、エリックを飲み込まんばかりの恐怖の大波を起こしていた群衆はもういない。
人々はそれぞれの夢を語っていた。
希望に満ち満ちた目をしていた。
黒雲が重苦しく空を覆い、島には少しの光も差さない。風は冷たく吹き荒び、体の芯まで凍えさせる。
しかし寒さも暗さももはや少しも感じなかった。
ここにいる誰もが変わるかもしれない未来に希望を見ていた。
エリックは思わず息を飲む。
眼下に広がるのは彼ら自身が光っているのでは無いかと思わせるほど、眩しい光景だった。
「俺は白いパンが食いたい!」
ロシュが監視塔から身を乗り出したかと思えば大きな声でそう言った。それを見たチャックももう我慢出来ないとばかりに窓枠にしがみつく。
「俺はー!友達百人欲しいぞー!!」
そんなチャックの声が監視塔のすぐ下まで移動して来ていたサトシに届く。二人の幼稚とも取れる願いが、なぜか酷く心に響いた。
「っ、」
サトシは唇を噛むと、半ば強引に引っ張って来ていた女の手を離す。言いたい事があった。言わなくてはいけない事があった。
「姉さん、俺が分かる?」
「え?」
突然話しだした自分を連れ去った男にティハは困惑の表情を浮かべた。
「俺だよ、サトシ」
「……うそ」
「ホント」
ティハは口元に手を当てる。視線は左右に揺れており、混乱しているのがよく分かった。
「…大きくなったわね」
ティハは咄嗟にそう言う。その的外れな言葉に、サトシどころか言った本人すら驚いたような顔をしていた。
「え?なにそれ」
サトシは少し笑う。
「ホントに俺なのかとか聞かないわけ?」
「ああ、ええそうね。でもその減らず口、サトシそのものだわ」
そう言ったティハは肩をすくめた。
「あーそう…」
小柄な男はティハを見下ろして口を閉ざしてしまう。周りで無数の声が上がる中、二人はジッと黙っていた。人々の歓声が音の波になってビリビリと体に伝わる。
「姉さん、俺、こんな島には二度と戻って来ないと思ってた」
ようやく口を開いたサトシは絞り出すように言った。
それは小さな声だった。
「俺はここが嫌いで大嫌いで、憎くて、恨めしくて、」
サトシの喉がゴクリと鳴る。
「どうしょうもなく……怖かったから」
男の頬に一筋、雫が垂れた。過去を見るかのように遠い目をしていた。
「島から出る事だけが俺の生きる意味だった。叶えずに死ねない夢だった。それだけを願ってた」
ティハは深く頷いた。何度も何度も頷いた。
「だからこそ、夢が叶った後、過去を忘れようとしたし忘れて生きてた。生きて行くもんだと思ってた。二度と思い出さず、戻らず、ただ生きて、」
サトシは鼻をすする。
「本当は戻って来たく無かった。作戦が決まった時も準備が進んでいく時も、俺は嫌で嫌で仕方なかった。全部ぶち壊しにしたくてたまらなかった。またここに戻って来るなんて事、考えたくも無かったっ…」
サトシの手は嘘みたいに震えていた。自分ではどうしようも無いそれは声の響きにも表れている。
「でもそれは違った。今日、仲間とここに来て良かった。姉さんに会えて良かった」
ティハは必死に言葉を紡ぐサトシの肩にそっと手を置いた。彼女の顔もまた濡れていた。
サトシは周りを見回す。
思い思いに叫ぶのは希望の言葉。誰一人下を向いている者は居なかった。上を向き、未来を語っていた。
「……カガイが解放されて良かったっ、ホントに、良かった!皆んなが自由になれてっ、この島から出られるようになって良かった!」
「うん、うんっ!」
二人の顔は溢れて止まらない想いでぐちゃぐちゃだ。サトシは引き付けを起こしそうな肺で大きく息を吸う。そして、すぐ側にある監視塔を仰ぎ見ると全身を使って仰け反らんばかりに叫んだ。
「星骸!!!ありがとう!!!!!」
千切れんばかりの声。どうしょうもなく震えるのは恐怖のせいでは無かった。歓喜で人は震えられるのだとサトシはこの時初めて知った。
全身全霊で叫んだ。今日という忘れられない日に。
島の熱狂はピークを迎えていた。島中で声が上がる中、エリックは再び口を開いた。
【僕たち星骸は、今日ここに革命を宣言する!】
その大それた言葉に群衆にわずかに緊張が走る。希望に満ちていた人々の顔に一瞬不安がよぎった。だが、仲間たちの声がその緊張の波を遮った。
「いいぞ!!」
「行けぇ!」
「やっちゃって星骸!」
背中を押す言葉に群衆は再び熱を取り戻す。
「そうだ!」
「ひっくり返してやれー!」
それが自分だけの願いではないと、願ってはいけない事ではないと人々は知った。気づいた。
【カガイだけじゃない!この国に生きる全ての人々を解放する事を星骸はここに誓う!!】
エリックは力の限り叫ぶ。その力強い声でも人々の声に圧倒されて聞こえない程だ。
【そして、僕も誓う】
エリックはわずかにトーンを落とす。
その変化に群衆は聞き逃さまいと神経を集中させた。貴族の男は一度唇を閉じる。
ーこれを言えばもう戻れない。父も母も友人も地位も名誉も全て無くなるー
エリックはそっと息を吸った。
ーそれでも構わない。僕が選んだ道だー
【…僕の名前はエリック・ピーストップ。ここイチア地区を治めるピーストップ家の跡取り】
「え?」
群衆をどよめきが襲う。彼の名前を知らない人間など居ないのだ。そして、それがどんな意味かを知らない者も。
人々は互いに顔を見合わせる。浮かぶのは疑念、ためらい、そして困惑。
ーなぜ貴族が?エリック様が?ー
誰もがそう思っていた。
【僕は貴族に生まれた。それもとびきり良い家に。でももう違う。僕はもうエリック・ピーストップじゃない。僕はただのエリック。星骸と共に革命を、人々の解放を願うただの一人の人間】
エリックは噛み締めるように言った。
どよめきは静寂へと変化する。あんなにも声で満ちていた空間が夢だったとでも言うような静けさだ。
エリックはわずかに唇を噛む。
人々の反応を一番恐れているのはエリック自身だった。ここで受け入れて貰えなければ、全てが何の意味もなさなくなる。
エリックの呼吸はわずかに浅くなる。あまりの静けさに指がわずかに震えた。
だが静寂は必ずしも否定的なモノでは無かった。群衆もまた噛み締めていたのだ、エリックの言葉を。
「いいぞー!エリックー!」
ポツリと声が上がる。静寂を切り裂くたった一つの声。
エリックは下を見た。
叫んだのは監視塔のすぐ側にいた男。知らない男だった。だがその男の声を皮切りにそこかしこで声が上がる。
「やっちゃってよ!」
「カッコいいぞ!」
仲間が操作しないで初めて群衆が動いた瞬間だった。エリックは口をへの字に曲げると震えながら詰めていた息を吐く。
【僕は、僕はずっと、自由になりたかった。一人でなんでもしてみたかった。どこへでも行ってみたかった。誰の許可も無くお付きも無く、一人で散歩をしてみたかった】
エリックは溢れて来る言葉を夢中で紡ぐ。上手く魅せようと考える余裕は無かった。
【走り回ってみたかったし、大きな声で思いっきり笑ってみたかった】
称賛の叫びを上げていた群衆はいつの間にか静かになっている。
【嫌だと怒ったり、みっともないぐらい声を上げて泣いたりしたかった。でも出来なかった。僕がエリック・ピーストップだったから。何一つ、出来なかった】
エリックはわずかに鼻をすする。それは寒さのせいか、エリック自身にも分からなかった。
【奇しくも僕とカガイに住む君たちは同じ事を願ってたんだ。ただ、自由になりたいと。
もちろん、僕と君たちとじゃ全く違う。生まれも育ちも何もかも。僕は幸運な事に恐怖はほとんど感じずに生きてこられたしね。でも、同じ願いを持ってた】
エリックの言葉に島の女たちが眉を下げる。
【君たちは僕を相応しく無いと思うかもしれない。革命を宣言する事も、君たちの前に立つ事も、同じ願いを持つ事すら、相応しく無いと、思うかも】
風が吹く。それは身を切るように冷たかった。
【貴族に、それもピーストップ家に生まれたのになに贅沢を言ってるんだって。全て持ってる癖に何も持ってないみたいなツラするなよ、分かったような口きくなよって、思うかも。
いや、思わない訳がない。そう思って当然。だって僕は全てを持ってるから。最初から全部持ってるから】
エリックは続ける。
【地位も、名誉も、お金も未来も食事も何もかもある。無いものを数える方が難しいぐらい僕は全て持ってる。僕が願う自由がちっぽけに見えるぐらい素晴らしいモノが最初からある】
群衆はただ聞いていた。誰も何も言わない。怒りも歓喜も何も表現しない。ただじっとエリックの言葉に耳を傾けていた。
【でも僕が本当に欲しいのはそれじゃ無かった。君たちが喉から手が出る程欲しいと願うモノを大事にしないだなんて、君たちは僕をとても愚かだと思うかもしれない。傲慢だと感じるかも。
でも、僕が願うモノはそれじゃ無かった。僕はただ、自由になりたかった。たったそれだけの下らないモノが僕にとっては他のどんな素晴らしいモノよりもずっと、ずっと魅力的だった】
女が息を飲む。
【僕の全てだった】
エリックはピッと目尻を拭った。
【だから僕は捨てた。何もかも。素晴らしいモノを全部捨てた。自由になりたいなんて下らない幻想の為に、全部、台無しにした。取るに足らないちっぽけな夢の為に全部】
自嘲するようにわずかに笑う。
【でも僕は後悔してないよ。ここに立ってる事、今皆んなの前で話してる事、全部捨てた事、何もかもひとつだって後悔してない。だって、やっと夢が動き出した瞬間だから】
エリックは満足そうに言った。
【命も惜しく無いと思えるモノに出逢えて僕はとても幸せ。それの為に死んでも良いとさえ思える。君たちは?全てを捨ててでも叶えたい夢はある?それってなに?この島から出ること?自由に生きること?】
人々は固唾を飲む。誰もが考えていた、叶えずに死ねない夢を。
【それを全て叶えよう。僕たち星骸と一緒に!】
人々は顔を上げた。その目には勇気が宿っていた。
【僕が旗印になる!君たちを導くから!】
エリックは力強く言う。
【今日は革命最初の日!未来まで残る日!君たちの願いが叶う特別な日!一緒に残そうこの瞬間を!星骸と共に!!】
湧き上がる声、声、声。
島を轟かすような雄叫び。歓喜の声に揺れるのはそれぞれの心臓。震える程の高揚。
黒々とした雲が空を覆い、雪を降らせ始めた。
凍てつくほど寒い日だったが、叫ぶ人々にその寒さは届かない。黒雲の間からわずかに光が差し、その光が真っ直ぐに監視塔へと降り注いだ。
チラチラと舞う粉雪が陽光を受けてまるで星のように輝く。
その日、島を包んだ自由への高揚と解放の喜びは風に乗って遠くまで響き、長く長く消える事は無かった。
いつもの倍ある長さ、読んで下さりありがとうございます。思えば投稿始めたばっかの時ぐらいの長さですね。やっぱりアレは気が狂ってました笑
流石にコレはどこでも切れなくて、いや切ろうと思えば切れたんですけど、続けて読んで欲しくて笑
この話は言いたい事めっちゃあります笑
始めのロシュがエリックを励ます所、好きです!ロシュを見てると人の話は最後まで聞かなきゃなーって気持ちにさせられます。
そしてサトシ、もう、ね。うん。
エリックの気持ち、どう言葉にするか何度も思考錯誤しました。私が選択する言葉を間違えるとエリックの気持ちが全然伝わらない気がして。
まだ「こうした方が良かったんじゃ?」と思ったりもしますが、これが今私が書ける言葉かなと。
次回も土曜日の21:00です。また来てね。




