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08 聖樹に愛された姫

 その後、トリアーニャとアルフィオは婚約した。

 結婚式は半年後の晩秋の予定だ。


 とはいえ、すんなりとトリアーニャがアルフィオのプロポーズを受け入れたわけではなかった。

 熱を出したトリアーニャは付きっきりになったミューズに相談した。


「うう……ミューズ様、わたくしはどうすれば」

「10年ぶり、いや9年ぶり?2回目のプロポーズ?まあ、しつこい男ね、ふふふ。アルフィオのことは嫌い?」

「まさか、推しですもの」


 ミューズは前世の記憶がある転生者だ。

 トリアーニャの絵本の元ネタが前世の有名童話であることを知っている。

 絵本の作者であるトリアーニャが転生者であると確信し、すべてを打ち明ける仲となった。

 トリアーニャは乙女ゲーム『聖樹に導かれし花の乙女』の悪役王女であるが、ミューズはそのシリーズの前作『聖樹の国の魔法姫』のヒロインだ。


「アタクシも前世を思い出したのは聖樹を見たときなのよね」


 ミューズは乙女ゲームの舞台となるターンレスの魔法学院に入学し、学院奥にある聖樹を見て前世を思い出した。

 婚約者のいる男性に言い寄るのは嫌だったし、メイン攻略者の王太子の妃なんて面倒なものも絶対ご免だと思った。

 その結果、攻略対象には近寄らずストイックに魔術を極めついでに呪術も極めたらしい。


「ケントとは学院外でダンジョンに行ったときに知り合ったのよね」


 ケントはゲームの隠しキャラだったらしいが、こちらも前世の記憶があり、意気投合したらしい。

 そのまま2人でダンジョンで魔術の修行をし、古い文献を漁り古代魔術を身に付け、今は新しい魔術を開発中らしい。


「好き勝手やってたらケントはいつの間にか『賢者』って呼ばれるようになっちゃってねえ」

「す、すごいですね」


 トリアーニャにはそこまでできなかった。


「まあ、ヒロインのチートスペックがあってこそ、よ☆」


 ウインクがまた乙女ゲームのヒロインらしい。そういう仕草がとても似合う。


「はなおと(乙女ゲーム『聖樹に導かれし花の乙女』の略称)もやっていたからゲーム通りの展開になってないってすぐにわかったわ。だってアルフィオがターンレスに留学してたんだもの。そんなルートなかったわ。そうなると原因はアルフィオの婚約者となるはずだったトリアーニャ姫に違いないと。想像通り姫も転生者だったわ」

「気づいていただきありがとうございます。おかげ様で助かりました」


 ミューズとケントが転生者でなかったら、あのときヒロインに襲われて『呪いの元』を取り出すために殺されていた。


「ミューズ様とケント様は命の恩人です」

「やだ、大げさね。正直ここまで大事になると思ってなかったもの」

「よし、話は聞かせてもらった!姫さん、アルフィオと結婚してやってくれ!」

「きゃあああああ」

「姫様の寝室にノックもせずに、しかも窓から入ってくるんじゃないわよ!」


 ミューズと話が盛り上がっていたらケントが乱入してきた。

 どこから話を聞いていたのか。


「まあまあ、姫さん、今アルフィオと結婚するとかなりお得だぞ。俺とミューズはアルフィオの家、ロンサール公爵家のお抱えの魔術師になった。常に姫さんの傍に俺とミューズがいることになるから安心して足の回復ができるぞ!」

「えっ、隣国に帰らないのですか?」

「ほら、俺は暇人だからな。どこにいようと俺の勝手だ」

「ひまじん……」


 ケント自身がそう思っていても周りは違うはずだ。

 何と言っても魔術師の最高位で『賢者』の称号を持つ方なのだ。

 下手をすると外交問題になる。


「俺は国に仕えてるのではなく、聖樹教会に所属する者でな。所在がはっきりしてればうるさいことは言われん」

「ですが、ミューズ様は?」

「アタクシも教会側の人間ね。ターンレスに関しては気にしなくていいわ」

「でも、どうしてそこまで?」

「んー、そうさな。俺はな『サラサ・アズール』のファンなんだ」


 ニコっと人好きのする顔で笑う。


「えっ、あの、それは……ほんとに?」

「前世のあの話とかあの話も読みたい!姫さん、描いてくれるんだろ?」

「はい、喜んで!」

「じゃあ、アルフィオと結婚するのがいいな!公爵邸にはもう姫さんのアトリエも作ってあるらしいし」

「ええええええええ?」

「完全に外堀埋めてきてるわね、あの子」


 ミューズとケントの後押しもあり、アルフィオとの婚約を了承した。

 すでにトリアーニャの父である国王とアルフィオの父であるロンサール公爵のサインが入った書面も用意されており、トリアーニャの返事待ちの状態であった。

 ウエディングドレスの制作の関係で結婚式は半年後になった。

 ロンサール公爵家では『すぐにでも姫の降嫁を』とトリアーニャが婚約のサインをした瞬間に連れ去ろうとしたが、

娘大好きな父王がそれを了承せず、王宮内で国王と公爵の一騎打ちが行われる寸前であった。

 揉めに揉めたが、トリアーニャの体調とミューズの診察がしやすいようにと多方面からの考慮の結果、結婚式の1か月前に公爵家に移動することになった。




「姫君、俺との婚約を了承してくださりありがとうございます」


 目の前には、樹齢数百年と思われる大きな樹。

 聖なる力を宿している国の守り神『聖樹』と呼ばれる大きな樹。

 その傍らには、アメジストのような瞳に水色のサラサラの髪を揺らしている美形。


(何度見ても最高のスチルだわ。ああ、アルフィオ様ったら髪の毛を伸ばして緩く右肩から前に三つ編みして流しているのがとても知的可愛い今日も推しが輝いていて世界がまぶしい)


 婚約書にサインをしてすぐにアルフィオと2人で聖樹の元へ来た。

 車椅子をゆっくり押して聖樹の前に来る。

 まぶしい日差しを聖樹の葉が遮り、気持ちのよい風が吹く。


「毎日ここで絵を描いていたのです」

「公爵家に降嫁した後もここに俺がお連れします。毎日は難しいですが」

「嬉しいです。ですが、公爵家の人々を描くのも楽しみです」

「皆、姫がおいで下さるのを楽しみにしています」


 アルフィオは、トリアーニャの前に跪き右手を取る。

 そのまま指先に口づける。


「トリアーニャ姫、愛しています。ずっと俺が貴女を守ります」

「わたくしも貴方が好きです。ずっと好きでした。初めて見た時から」


 アルフィオがトリアーニャをぽかんとした顔で見上げた。

 見開いた目が思ったより大きくて可愛らしい。

 昔の美少年だった頃の彼を思い出した。


(前世から大好きな『推し』のぽかん顔!かわいいいいいいい!!!なにこれ夢かいや現実だわ!!)


 脳内で萌えが垂れ流れたが表面上はふんわりとした微笑みになった。

 推しに萌えちらかした脳内のそのままのたるんだ顔を見せるわけにはいかない。鍛えられた表情筋が全力を出した。

 トリアーニャのその笑顔を見た瞬間アルフィオの理性の一部が飛んだ。


「んっ」

「姫っ、愛してます」


 トリアーニャの顔を抱え込み、アルフィオの唇が額から順番に落ちてくる。

 額、目尻、頬、そして唇へ。

 何度も角度を変え、トリアーニャの唇をついばむ。


「も、だめっ、くるし……い」

「すみません、姫、うれしくて」


 アルフィオはトリアーニャの頭を抱え込むように抱きしめた。

 すらりと伸びた背にしっかりとした筋肉がついている。

 細くて折れそうなトリアーニャとは正反対の体だ。


(ぬああああああ、推しが成長している。これがあの攻略対象かーー!いい匂いもする、これは画面の向こうではわからなかった)


「何か、いい匂いが」

「アルフィオ様も感じますか、ああ、聖樹が」

「なっ」


 聖樹に花が咲いていた。

 以前は3つの花を咲かせすぐに落ちてきたが、今回は樹全体に咲いている。


「なんでーーーー?」


 トリアーニャとアルフィオ、二人それぞれの手元に1輪ずつ花が落ちてきた。





「お姫さんの結婚祝いじゃないの?」

「ケント様、そのようなことは」

「この人言うこと、だいたい適当だから聞き流していいわよ、姫様」


 またしても聖樹教会の神父や学者が来て調査が行われたが詳細は不明だ。


「賢者殿、貴方の意見を聞きたい」


 国王がケントに尋ねた。


「うーん、この聖樹がお姫さんを愛してるのは確かでしょうね。聖樹と共に姫さんも大事にした方がいいですね。まあ、俺もロンサール公爵家にいますし、姫さんが降嫁した後もしっかりお守りしますよ」


 ふわっと聖樹が淡く光り、花が1輪、ケントの手に落ちてきた。


「おっ、聖樹の了承をもらえたかな?」

「勝手に聖樹から花を取るのはやめた方がいいみたいね」

「そうだな。国王陛下、聖樹の護衛騎士を増やした方がいいぞ」

「あいわかった。教会の皆様も賢者殿と同様のお考えでよろしいか?」


 教会関係者と王家との協議の結果、教会騎士と王家の護衛騎士で聖樹の守りを固めることになった。





 * * * * *


 そしてトリアーニャとアルフィオの結婚式の日。

 晴れ渡る空に虹色に輝く聖樹の花が半年前から咲き誇っていた。

 聖樹の元で家族、友人立ち合いの元、指輪を交換し愛を誓い夫婦となった。


「ここに新たな夫婦が1組誕生しました」


 神父の宣言の後、風が吹き、聖樹の花が空を舞った。

 そして新たな花が聖樹に咲いた。


 身を挺して聖樹を守った姫は、聖樹に愛され、姫の国は聖樹に支えられ豊かになっていった。




「……聖樹の花がどうこうはよくわかりませんが、わたくしとしましては『ざまぁ』を回避して絵を描いて暮らすことができそうでハッピーエンドですわ!」

「姫様、そこ『推しと結婚できたヤッター!』じゃなくて『絵師になれたぜやったー!』なのね」

「推しと結婚……えっほんとに?」

「今日アナタ結婚式したでしょう!これから初夜!!!」

「ふえええええ!ミューズ様どうすればよいのですかああああ!」

「旦那に任せときなさい。きっと明日は動けなくなるわよ」


 結婚式が終わり公爵邸にて侍女たちに体を磨かれミューズの体調チェックが行われた。

 リハビリを続けているがいまだに立つことも難しい。

 それでも夫婦生活に問題はないとミューズは診断した。


「アルフィオには足に力がかかる体位はやめておくように言ってあるから安心して」

「体位?体位って何ですか?」

「まあ、いろいろあるでしょ。頑張ってね姫様」

「あああ~ミューズ様あああ」







 トリアーニャとアルフィオの夫婦は仲睦まじく、その後5人の子宝に恵まれた。

 トリアーニャ自身も画家として絵本作家として大成するが、それ以上に『聖樹の愛し子』として後世に名を残した。








 聖樹は愛し子生存中は常に花を咲かせる。

 聖樹が花を咲かせる理由はいまだに解明されていないが、花が咲いている間は国の繁栄が約束された。

 聖樹の愛し子がどのように選ばれるか、これもまた解明されていない。


          === 聖樹教会 聖典第5巻第6章 聖花の章 より ===



【完】



賢者「ほーら、やっぱりお姫さんの結婚祝いだよ。俺が言った通り」

治癒師「そうねえ……聖樹が気に入った子が幸せになると聖樹も幸せになって国中に富をもたらすのね」

賢者「すんげえあいまいな報告書だけどいいのか、ソレ?」

治癒師「いいんじゃない?聖樹なんていまだによくわかってないし、おとぎ話みたいなものなんだから」

賢者「それ『サラサ・アズール』名義で絵本にしたら売れると思わね?」

治癒師「姫様、自分のことは恥ずかしがって描いてくれないもの」

絵師「もう、ケント様もミューズ様もいい加減になさってください!聖樹の本は描きませんからね恐れ多い!」

賢者「うーん残念」


とある侯爵邸アトリエでの会話


 * * * * *

最後まで読んでいただきありがとございました。

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[良い点] これ聖樹こそが一番お姫さまの推しなのでは??? 推しに絵を描いてもらってめっちゃハッピー!というか推しを観察できて最高!!とか思ってそう。絵本の大ファンだったりして…フフフ。
[良い点] 面白かったです!姫様かわいい。 [気になる点] ヒロインは組織のものということはゲームでは国がのっとられたということですか?なんてダークな乙女ゲームなんでしょう。
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