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桜沢さんのお嬢さま  作者: 松山みきら
第8章 帰路 -棘科輝羽-
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 あやめから夕食に呼ばれたときには九時を回っていた。ふみを保護してから彼女の実家で話し合い、そして棘の館に帰宅。一連の出来事は思ったよりも長い時間がかかっていたらしい。

 夕食は例の使用人食堂で食べることになった。これから家族になるのだから、私室に閉じこもって食事をするより、みんなで顔を合わせて食べた方がいい。ふみを食堂に連れてきたら、想像していた食堂といい意味で違ったらしく、優しい雰囲気でよかったと言ってくれた。ダイニングテーブルの上座には既に紅羽が着席している。彼女の手前右側が私の席だから、ふみは私の左隣に座らせた。

「ふみはこっち。私の隣」

「はい。当主様、失礼し――」

「まあ! まあまあまあ、ふみさん! 素敵じゃないの!」

 ふみをテーブルにエスコートしていたら、紅羽が満面の笑顔で席を立った。

「あやめ、あやめ! ちょっと来て!」

 厨房で夕食の支度をしているあやめにも声をかけ始めた。当の桜沢文音は何事かと驚いて何度も瞬きをしている。しつこく呼びかける紅羽の声に応じて、厨房から菜箸を片手に持ったエプロン姿のあやめが顔を出した。

「おうおう。どうしたんだ、大声出して」

「ふみさんよ! すごく可愛いの!」

「何言ってんだ、ふみちゃんはもともと超可愛いじゃねぇか――」

 あやめが着席しているふみに目を向ける。困惑したふみが頭を下げると、執事の手からするりと菜箸が滑り落ちた。紅羽の両手を取って、目を輝かせる。無邪気な笑顔が咲いていた。

「紅羽、ふみちゃんの服の予算を増やせ」

「無制限に」

「最高。サロンのエステは?」

「月二回で予約して。輝羽と受けさせなさい」

「すぐ電話する。ふみちゃん、お前さんは最高だ!」

 妙にテンポのいい会話だった。床に落ちた菜箸には目もくれず、あやめが大笑いしながらスマートフォンを取り出して厨房に駆け込んでいった。紅羽も菜箸を飛び越えて、あやめの背中を追って厨房に走っていく。二人とも、私と同じでふみの美貌にあてられてしまったらしい。

「あ、あの、あきちゃん。私の服って、変、でしょうか。お肌の保湿とかも、その、欠かさずに頑張っていたのですが、やっぱり、荒れて、いますか……?」

 相当ショックだったのか、途切れ途切れの言葉だった。がっくりと肩を落としてふみが深いため息をつく。

 とんでもない。その逆だ。

「あれはね、私服のふみが可愛すぎて盛り上がってるんだよ。エステを受けさせたいのも、ふみが頑張ってお肌をきれいにしてるのが分かるから、もっと磨きをかけたいんだと思う」

「え、ええっ? いえ、あの、それはとても、嬉しいのですが、えっと……」

 館を見上げていたときと同じように両手で頬を押さえる。相変わらず笑顔はないが、その肌はほんのり紅に染まっていた。

 可愛いんだから、もう。

 しばらくして、厨房へ逃げた二人が笑いながら戻ってきた。あやめの手には黒いどんぶりが四つのったお盆があった。執事であるあやめはいつも私たちと別に食事を取っているが、今日はふみの新居引っ越し初日ということで、四人一緒に食事を取ることにした。

「いやいや、取り乱して悪かった。とりあえず夕食にしよう。遅くなったぜ」

 持ってきた夕食は温かいうどんだった。ふみが病み上がりだったため、彼女の身体に配慮した夕食にしたとか。どんぶりを配り終えると、あやめは私の向かいに座った。全員の着席とうどんが行き渡ったのを確認して、紅羽が笑顔でうなずく。

「さて、おうどんが冷めないうちにご挨拶しましょう」

 改まって、咳ばらいを一つ。彼女が向ける瞳には愛があった。初めてふみと会ったときとはまったく違う穏やかな眼差し。妹の私に向けるものと同じ、慈しみ溢れる優しい姉の眼差しだった。

「ふみさん、ようこそ棘科家へ。当主棘科紅羽、妹の輝羽、執事のあやめ、全員があなたを家族の一員として歓迎します」

 紅羽の歓迎を聞いて、ふみが胸の前で右手を握りしめる。図書館などで私と一緒にいるときも、よく胸元のリボンを握っていた。自分自身を落ち着かせようとする癖みたいなものだろうか。

「よ、よろしくお願いします」

 恋人が声を詰まらせながら頭を下げた。

 ……あまり緊張は取れなかったように見える。

「もう、そんなに緊張しないで? 棘科家はあなたと、あなたの家族への協力を惜しみません。みんなが前に向かって進めるよう、お互い頑張っていきましょうね」

「はい。ありがとうございます」

「よーし。ではみなさん、箸を持って!」

 それぞれ箸を持つ。すっと息を吸って、当主が声を張った。

「いただきますっ」

――いただきます!

 棘科家の遅い夕食は終始穏やかだった。今日の夕食ではやはりふみが主役で、紅羽やあやめもたくさんの質問をしていた。ふみも嫌がらず、笑顔はなくとも私の家族と柔らかく接してくれた。愛しい恋人が大切な家族と仲良く過ごす風景。直接話に加わらずとも、見ているだけで心から嬉しいものだ。

「そうそう。明日はふみさんの新しいスマートフォンを買いに行かない? 連絡できないと不便だもの。どうかしら」

 紅羽が私とふみを見て首を傾げた。

 ふみの端末は桜沢安珠に壊されたままだった。同じ家に住むとはいえ、ふみと連絡ができないのは私も困るし、親友である神城先輩も心配するだろう。買い物に出かければ気分転換にもなる。私は紅羽の提案にうなずいた。

「私は賛成。体調もよさそうだし、どうかな、ふみ」

「はい、私も連絡手段がないと不安だったので嬉しいご提案なのですが……。その、大丈夫なのでしょうか」

「もちろん。ふみさんを保護するって言い出したのは私たちだもの。ちゃーんと面倒見ちゃうんだから、遠慮しなくていいのよ。お姉ちゃんに任せなさい」

「紅羽ったら。調子いいんだから」

 頼りになる姉だ。思わず笑顔がこぼれた。

 話はまとまって、ゴールデンウィークの最終日は三人でお出かけとなった。その翌日は学校が始まるから、買い物を済ませたら登校に備えてしっかり休むようにと、紅羽が話していた。宿題についてもふみは真面目で、ゴールデンウィークの前半にすべて片づけてしまったそうだ。今の学校において、ふみの授業態度や成績については問題ない。学校生活に残る問題は人間関係か。学校側の協力も得るためには、ふみの保護について学校に説明する必要がある。

「今回の保護については、学校にも話しておかなくちゃいけないよね?」

「ええ。今回の件は連休明けに説明しに行くわよ」

「そうだな。学校にも理解してもらおう」

 一番早くうどんを平らげたあやめも、湯呑みを片手にうなずいた。

 家庭の事情は学校生活にも直結する。学校側にも事情を理解してもらい、ふみの日常がよりよいものになるよう協力を仰ごう。あの学校の教頭はいまいち信用ならないが、頼りになる先生は他にも多くいる。特に、八坂先生は文芸部の内情も改善しようと行動してくれている。彼女には一番に説明しておくべきだ。

「え、っと……」

 ふみの目元が少し陰る。学校に説明するのが不安なのだろうか。彼女の表情が曇ったのに気づいて、あやめが言葉をかけてくれた。

「大丈夫だ。そっちの話は紅羽がきっちりやってくれるから、あんまり考えすぎるなよ? ふみちゃんはいつも通り授業を受けて、図書館に行って、帰ってこい。まずは新生活に慣れようぜ!」

「そ、そうですね。慣れるまでは、あやめさんにもたくさんご迷惑をおかけするかもしれませんが……」

「迷惑なもんか。お世話できるお嬢様が増えて、執事さんも楽しみにしてたんだ。元気になったら改めて歓迎のごちそうを用意するぜ。ごちそう作ってやらないと落ち着かないからな」

 紅羽もあやめも、ふみの不安や心配が軽くなるようにフォローしてくれている。間違いなく、私の家族には絆や思いやりがあった。ふみはこれから、私だけでなく紅羽やあやめとも多くの言葉を交わして日々を過ごしていく。新しい日常の中、私たち棘科家の絆や思いやりをふみに注ぎ、支えになろう。

 見上げた恋人の横顔には、ぎらついた欲望なんて一つも見えない。

 あの石鹸の匂いと同じ、清らかな希望を予感させた。


 深夜。日付が変わる少し前、館内の灯火は最低限のものを残して消え、棘の館が眠る準備に入った。お風呂も済ませて歯も磨き、寝る支度も明日の支度も終わらせた。自室でフリルのたくさんついた白いネグリジェに着替えたら、寝る前にふみの顔を見ようと、また三階へと足を運んだ。

 灯りの減った館内は薄暗く、住み慣れた我が家とはいえ、気味悪さが寒気となって背筋に浮かぶ。ふみには景色がいい部屋を提供したが、この薄気味悪さをストレスに感じてしまってはそれも問題だ。万が一、通路が薄暗くて怖いという話が出たら、あやめに頼んで三階だけでも明るくしてもらおうか。

 部屋についたら優しいノックをした。

「はい」

 中から返事が聞こえる。しかし扉は開かない。そのまま扉越しに声をかけた。

「輝羽だよ。少し、話せる?」

「どうぞ。入ってください」

 少し元気がないように聞こえた。寝る前だから迷惑だっただろうか。一つ屋根の下で暮らすとはいえ、私たちは今日恋人同士になったばかりだ。短気な私からいつも迫っているし、もう少し遠慮というものを身に着けるべきか。ひとまず様子だけでも確認しておこうとノブをつかんで扉を開けた。

「お邪魔します」

 部屋の灯りは消えていた。水玉のパジャマを着た恋人が天蓋つきベッドの端に腰かけて、窓から降り注ぐ青白い月光を浴びていた。今宵の月はやはり明るい。窓も大きいから光がよく差し込み、ベッドに座るふみの影までできている。彼女はこちらを向いていたが、月光が顔に陰を作り、表情はよく見えなかった。

「ごめん、寝るところだった?」

「いえ……」

 隣まで歩み寄って、青白い月光に彩られた恋人の顔を見つめる。目を合わせたらすぐに逸らされて窓の方を向いてしまった。

「……また、夜景を見ていました」

 私も窓を見た。

 灯りを消してこの夜景をしっかり眺めるのは初めてだった。部屋の灯りを消したせいか、温泉街の灯火も、遠くの街を彩る光点も、より強く輝いて見えた。夜が更けても、私たちの生きる土地は色彩を失わずに輝き、息づいている。守護者として守る場所の煌きは光の河となって、四方八方、どこまでも遠くへ続いていた。

 なぜだろう。

 あんなにも美しいのに、少し切なく見える。

「夕食前に見た夜景より、もっときれいです。こんなにもきれいな景色があったなんて、知らなかった……」

 横顔に浮かぶ瞳は潤んで見える。

 泣いて、いるの?

「私たちは、あの広い景色の中にある、ちっぽけな図書館で出会ったのですね」

「うん。あの光の中で、君を見つけたの。すごい偶然だよ」

 棘森の町に流れる、光の河のどこか。私たちはあの中にある学校の、小さな小さな図書館で出会った。私からふみに会いに行ったわけじゃない。ふみも私が本を借りに来るなんて知らなかった。そんな偶然の出会いから一か月。

 これほどまでに距離を縮め、恋人同士になろうとは。

 これほどまでに、君を愛しく想う日がこようとは。

「……私は、あなたにひどい仕打ちをしました」

 ふみが瞳を閉じる。頬に月光を受けて輝く雫が流れた。

「図書館が好きだから図書委員と仲良くしたい、そう言ったあなたを否定した。一年生の可愛らしい希望を砕きました。連絡先を交換するときも、あなたに『小賢しくてムカつく』と言いました。部長から助けてくれた恩も返さず、冷たくあしらい続けました」

 ふみの右手が胸元へ向かい、パジャマを握りしめる。

 力がこもって、震えていた。

「あなたと結ばれ、実家の問題が解決へ動き出し、更には保護された……。たくさんの思いやりと愛を感じて、改めて、私が犯した罪の重さを知りました」

 私から愛を注がれる幸福は、かつて突き放していた過去も呼び起こし、彼女を苦悩させていた。幸福と罪悪感の狭間で、苦しんでいたんだ。

 やはり君は、優しさを知っていたんだね。

 冷酷を装い、他人を突き放し続けても、優しさを捨てきれなかった。自分がつらい目に遭っても、誰かを慈しむ心は消せなかった。こうして自分の行いを省みて、私を思いやってくれる慈愛が何よりの証拠だ。彼女は幸福を受け取ることすら躊躇するほど、思いやりに溢れた人だった。

 閉じたふみの瞳から、月光の雫が流れ続ける。

「何度もあなたを傷つけたのに、あなたは私を傷つけるどころか、こんなにも愛してくれた。私、何一つ償えていないのに……」

 両手で顔を押さえて、泣き崩れてしまった。部屋に響く嗚咽は、桜沢家で見せた悲愴よりもずっと、ずっと、苦しそうだった。部屋から見える夜景は、桜沢文音が向き合う鏡となったらしい。

 君は優しい。

 君には人を愛し、人から愛を注がれる資格が十分にある。

 泣き崩れた恋人の隣へ向かい、ベッドの上に座って彼女の腕を取った。

「顔を見せて」

 何度も顔を拭う手が外れて、涙でぼやけたふみの目元が見えた。

 お風呂に入った後だからか、ふみの身体はあの石鹸の匂いに溢れていた。清々しい彼女の匂いは、呼吸をするたびに私の中を洗っていく。恋人の存在を中と外に感じて、すごく、幸せだった。

 もどかしい、愛しさを感じた。

 私の芯が、じんわり、じんわりと温まっていく。

 大好きな人の頬に手を伸ばして、そっと、触れた。

「ふみは、たった一人で暗い道を歩いてきたんだ。たくさんの重たい荷物を抱えたまま、たった一人で、ずっと」

 私が歩いた道ではいつも、紅羽やあやめが共に歩いて見守っていてくれた。対して、ふみの歩いた道は、姉の寵愛を受け続けた私とはまったく異なる険しいもの。あまりにも過酷で、苦しい道のりだった。

「もう十分だよ。十分償ったんだ。もう苦しまなくていいの。幸せは幸せとして、受け取っていいんだよ」

 涙で濡れた顔を覗き込んで、優しく言い聞かせた。

 桜沢文音は十分に苦しんだ。償えと言うのなら、彼女が歩き続けてきた苦しい道のりを償いとするべきだ。姉の暴力、両親の無関心、幼い頃から今まで、彼女の身体には無数の杭が打ち込まれた。理不尽な罰として、打ち込まれ続けた。

 それが今日、やっと取り除かれたのだ。

 私と結ばれ、両親の愛を知り、これからを新しく生きていく。

 償いは、もう終わったんだ。

「あなたをあれほど傷つけたのに……?」

「あれは分かり合うために必要だったの」

「分かり合う、ため」

「そう。分かり合えた今、償いはもういらない。許しを乞う必要も、ない」

 ふみの手が私の手に重ねられる。涙に濡れた手はしっとりと、柔らかい。

「では、私はどうしたら、あなたの愛を素直に受け取れますか? 幸せを、幸せとして受け取るには、どうしたら……」

 恋人から注がれる幸せを素直に受け取るには。

 桜沢文音へ、恋人としての愛情を示すには。

 言葉で飾るよりも、強く伝える方法があった。

 胸の鼓動が、少しずつ、少しずつ高鳴っていく。頬に触れる手から私の高鳴りが伝わってしまいそうなほど、熱くなっていく。愛して愛して、彼女の苦悩や罪悪感を上から塗りつぶして消し去ってあげたかった。

「……一つ、方法があるよ」

 柔らかい頬を、優しく、親指でなぞる。指で頬の感触を確かめながら、そうっと、恋人の身体に自分を寄せた。

 強くなる石鹸の香り。

 互いの体温が空気を伝わって、肌の上で交わったのを感じた。

 恋人がぎゅっと目を閉じた。頬に触れている私の手を取って、自分の胸へ押し当てる。初めて手で触れた彼女の胸から、激しく波打つ鼓動を感じた。高鳴っていたのは私だけじゃなかった。ふみの手は鼓動に合わせて小刻みに震えていた。

 石座のときもそうだった。

 言葉にしなくとも、すべてを受け入れるようにしていた。

 私の望みを知っている。見透かしている。だから、こんなに――。

「分かりました……」

 ふみが甘い息を吐いた。

「したいことを、してください」

 甘美な言葉を聞いた瞬間、強く、心臓が胸を叩いた。

 彼女の弱みにつけこんでいるのか。

 彼女の弱い部分に、私の欲望をねじ込んでいるのか。

 いいや、違う。

 彼女が受け入れてくれたのだ。

「――幸せを、ください」

 飛びついた。愛する先輩をベッドに押し倒して、私のすべてを注ぐように深く口づけた。触れ合う唇、交わす舌、彼女と感じる一つ一つが切なくて、愛しくて、涙がにじむほど幸せだった。

 恋人になったのは今日だとしても、君と過ごした時間はもっと長い。

 分かり合うまで、互いに傷ついた。

 分かり合った後、互いに想い合った。

 私が抱いていた熱い想いを知ってほしい。君が抱いていた切なさを慰めたい。

 想い続けた日々を証明するために、熱く、強く、彼女に私を刻み込んだ。

 青白い月は冷たい光を注ぎながら、私とふみが過ごす初めての夜を静かに見守っていた。


 ふみが桜沢安珠の暴行から逃げ出し、神城先輩が保護してくれたときに電話で話したことを思い返す。私もまだ、自分の罪を悔やみ続けていた。私がしっかりしていれば、今回のようにふみを危険な目に遭わせず、もっと円満に実家から助け出せたはずだと、未だ後悔してばかりだった。更にネガティブな方向に物事を考えてしまい、ランチに誘ったのは問題解決のきっかけを作るためではなく、実はふみを口説くためだったのではないかとも疑った。

 私は結局、自分の想いばかりを優先してしまったのでは、と。

 しかし、ひと月という短い時間を、何よりも大切に過ごして積み上げてきたのは、偽りのない真実だった。たくさんの言葉を交わし、想いを交わして結ばれた恋人を、心から愛していると胸を張って言える。そんな大切な恋人を、守れなかったのが悔しい。悔しくて、もう二度と危険な目に遭わせるものかと、もう二度と失敗しないと奮い立った。

 夕食前に彼女に告げた言葉を繰り返す。

 ずっと守る。

 短気な私が、自分の失敗と向き合って得た、一つの答え。今度こそ君を守り、危険な目に遭わせた失敗を繰り返さない。愛する資格が必要だというのなら、私はこの意志を、君を愛するための資格にしたいと思う。

 誰かに言われて決めたわけじゃない。私は自分で、君への愛しさに気がついて、自分の意志で君を選んだ。私を求める潤んだ瞳も、かつて突き放していたあの鋭い瞳も。初めて君が見せた弱さも、初めて知った君の柔らかさも。君の過去も、君の罪も、すべてを受け入れて愛し、守っていくと誓おう。

 私を信じて自分を捧げてくれた、愛しい君へ。

 この決意を捧げよう。

 桜沢文音。なんて、美しい人。


――その翌朝。

 まどろみの中で、春風の歌声を聴いた。

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