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桜沢さんのお嬢さま  作者: 松山みきら
第9章 春の訪れ -桜沢文音-
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 青白い月光が降り注ぐ密室で、小さな後輩にすべてを委ねた。柔らかい熱と、痺れるような心地よさが唇を埋め尽くしていく。あきちゃんの甘い匂いと感触が私を酔わせ、瞬く間に意識を蕩けさせた。

 小さな愛しい人へ、私の何もかもを捧げるんだ。

 今夜のあきちゃんは何度も私に口づけて、触れて、離さなかった。唇に、頬に、額に、髪に、首筋に、胸に、脚に、腕に、指に。私のすべてに、あきちゃんの甘い匂いが残った。彼女が私にもたらす一つ一つが、罪悪を消し飛ばして私を癒していく。されるがままに自分を差し出して、愛する人の想いを全身に刻んだ。肌に触れる唇の感触、結ばれる互いの手、感じる温もりと鼓動に、どんどん身体が熱を宿していった。

 愛する人に求められる。愛する人から愛をもらえる。それがどれだけ幸福なことなのか、生まれたままの姿で肌を重ね合いながら、強く噛みしめていた。痛みと苦しみに満ちていた湿っぽくて冷たい過去は、愛しい人が注ぐ熱によって上書きされていく。代わりに現れるのは、石座で愛を打ち明けあったときと同じ、胸に満ちる温かな光。

 きっと、これが幸福の感触。あきちゃんの言う、幸せ。

 でも、長い黒髪から時折覗く恋人の赤い瞳は、悲しげに、切なそうに潤んで瞬いていた。

 そんな目をしないで。

 あなたにも、幸せになってほしい。

 彼女の望むがままに、彼女が欲しがるままに、私は私を捧げ続けた。

 たくさん、我慢してきたのでしょう。

 たくさん、我慢させてしまったのでしょう。

 その悲しい瞬きが消えるのなら、私はいつまでもあなたに抱かれましょう。

 あなたと幸せになるために、何度でも、何度でも。

 大好き。あきちゃん――。


「う、んん」

 心地よい倦怠感と共に目を覚ました。

 カーテンが開いたままの窓に、まだ色の暗い青空が広がっている。ひんやりする部屋の空気を感じて、朝を迎えたのだと分かった。陽の上り切らない空を見つめながら、違う景色と布団の感触、胸にある可愛い温もりを一つずつ順番に思い出す。

 ここは棘の森。私は今、新しい住居である棘の館にいる。昨日、恋人になった棘科輝羽と初めての夜を過ごし、二人で朝を迎えたのだ。

 ああ、長い一日、だった。

「あきちゃん……」

 私の胸に頬を寄せて眠る英雄の末裔。夜、私を求め続けたときに見せた顔とはまったく違う。視線を落とせば長いまつ毛と白い頬がすぐそこにあって、静かに規則的な呼吸を繰り返していた。安らかな寝顔で眠るあきちゃんは、母親にしがみつく赤ん坊のようで本当に可愛い。こんなにも可愛らしい後輩が、私を襲った部長を捻り倒したり、私の両親を叱りつけたり、姉を投げ飛ばしたりしたなんて、信じられない。この寝顔を見れば、当主様が溺愛するのも分かる気がする。

 お嬢様の白い肩が冷えないように、布団をかけ直して、そっとベッドから起き上がった。

「シャワー、浴びてきますね……」

 眠る恋人の頬へ優しく口づける。服を着たら音を立てないようにそっと部屋を出た。広々とした通路にはきれいな赤い絨毯が続き、各階同様、様々な調度品が飾られていた。山吹色の朝陽が差し始めた館内は、まるで黄昏に映える神殿だ。厳かな雰囲気は、バスルームへ向かう私の心を身体よりも先に洗ってくれた。

 ここが私の家だなんて、本当、夢みたい。

 棘科家のバスルームは各階にあるそうで、三階のバスルームは私専用として使っていいと当主様が言ってくれた。二階は当主様とあきちゃんの部屋があるから二人が使い、あやめさんは一階に部屋があるから、そこはあやめさん専用になっている。また、一階の客室にも完備されているとか。来客にもしっかり備えられていて感心した。

 真っ白なバスルームについたら、着ていたものをすべて脱ぎ捨てて、銀色のシャワーヘッドから降り注ぐ温かい雨を浴びた。

「はあ……」

 熱くて深いため息が漏れた。髪をなぞり、顔と首へ、胸からお腹へ。肌の上を流れて、排水口に吸い込まれていく熱をぼんやりと目で追いながら、昨日の夜を思い出す。

 捧げた私を受け入れてくれたことが嬉しかった。私をあそこまで求めてくれたのが嬉しかった。恋人同士になればいずれそういう日が来るとは思っていたけど、こんなにも早くその日が訪れて、しかも、強く求められるなんて考えもしなかった。あきちゃんがくれた愛しさは私の想像以上。受け止めきれないほど激しくて、熱いもの。このシャワーよりも、もっと、もっと熱くて、溶けてしまいそうだった。でも、そんな情熱の中に確かな思いやりがあった。緊張で震えていたのに、胸の中を温かい光で満たしてくれた。私を苛んでいた冷たい過去を塗りつぶして、温かな思い出を描いてくれた。

 両手を胸に当ててうつむく。温かい雨を頭から全身に流しながら、言葉にした。

「幸せ……」

 笑顔が浮かばなくとも、胸にある光に偽りはない。

 私は今、幸せだった。


 恋人ができたせいか、いつもより丁寧に、念入りにシャワーを浴びた気がする。あきちゃんの前ではしっかりきれいでいたいと、心の隅でこだわっている自分に少しの恥ずかしさを覚えた。

 シャワーを終えて部屋に戻る。ベッドを覗き込んだら、部屋を出る前と変わらず、小さな恋人が寝息を立てていた。昨日はランチから始まり、石座での告白、私の保護、両親や姉との話し合いと、様々な出来事が連続した。これだけぐっすり眠っているのだから、きっと私以上に気を張って疲れてしまったのかもしれない。今頃、どんな夢を見ているのだろうか。

 ベッドの縁に腰かけて、彼女の頬にそっと触れた。

 こんなに小さい身体で奔走して、たくさんたくさん、愛してくれた。私の一つ年下、入学したばかりの後輩。ちょっぴり怒りっぽいけど、それ以上に優しくて可愛い、頼りになる私のお嬢様。

「ありがとう、お嬢様。大好きです」

 愛しい寝顔を見つめながら、自然と、大きな深呼吸をしていた。

 私の胸を満たしていた墨汁の海が引いていく。漆黒の海面から武骨な鉄の塊が姿を現して、縛りつけていた鎖の一つが、短い音を立てて弾けて切れた。千切れた鎖が光の粒となって、私の胸に広がり、声を押し上げていく。

 声が、漏れる。

 あのときの、幼い頃の、あの声が胸から喉へ――。

「――そっ、と――」



 そっと触れた 日向の温もり

 あなたの心が ああ 呼び起こす

 うたかたへ馳せる 私の願いを

 叶わぬはずの 私の願いを



 私が歌に輝く希望を見出していたとき。歌うことで自分の息吹を、鼓動を確かめていたときに知った歌。この歌を歌った人は、気がつけば消えてしまっていた。大勢の人々に希望を注いでいたはずなのに、今ではもう、名前を聞かない。その人は毎日必ず一文字でも詞を刻み、一音でも音色を編むことを日常として、たった一歩でも半歩でも、止まらずに前に進み続けようと己に誓ったという。今でも彼女は、人知れず歌っているのだろうか。

 あきちゃんの頬から手を放し、両手を胸の前で結ぶ。

 私の中に未だ息づく音色を感じた。穏やかな記憶の歌が聞こえてくる。

 温かな希望に満ちた、私の恋人がくれた輝きと同じ光が声を押し上げ続けた。

 口が動く。喉が、胸が動く。

 私自身が楽器となるように、音色を奏でようと、軋んで鳴く。

 ベッドから立ち上がって窓に近づいた。

 明るくなる空へ、青へ浮かぶあの光へ、私の声を――。



 幾度も砕かれ 散った欠片が

 陽だまりに輝く 形をとる

 見上げる空

 光をくれたのは あなただった



 当時の私にとって、あの人の歌は希望だった。

 近づきたかった。

 一生懸命歌えばあの人みたいになれる。姉からもいじめられず、周囲から笑われず、両親からもぶたれず、たくさんの人を笑顔にできる自分になれると信じた。トラブルメーカーじゃない私に。太陽の光みたいに、明るい希望を注げる人間になれるんだって。

 みんなから、愛される人になれるんだって。



 儚い夢でもいい

 歩くことをやめないで 前を向いて

 君の想いを声にして もっと歌にしよう

 未来はきっと 輝きに満ちている



 太陽が空へ昇っていく。部屋の中が光で満たされていく。

 温もりに包まれながら、かつての瞬間を思い出していた。

 格好をつけるのではなく、心を込めて歌う。いい音色を、いい歌を奏でたいという想いが大切だ。姉は自己満足だと言うだろうけど、自分が納得できないままいいものが作れるはずがない。歌も音楽も、文章も絵も。心が伴うからこそ輝き立つ。

 懸命に奏でた歌へ、人々が耳を傾けてくれた瞬間を知っている。

 遠いセピア色の中で、唯一色鮮やかに思い出せる瞬間。

 心が伴った歌は、私を苛む痛みを和らげ、歌を聴く人々の顔を穏やかにした。

 耳を貫き、身体を震わす喝采。

 確かに、歌が人の心を救えるのだと、身を持って知ったのだ。



 たった一つの 夢や希望が

 たった一つの 歌や言葉が

 あなたの涙を今 乾かして

 光ある 明日へ――



 高い歌声が、朝の光に融けて消えた。

 伴奏も喝采もなく、ただ、朝陽と青空が観衆としてそこにあった。

「はあ、はあ……」

 瞼を閉じて胸を押さえる。荒い呼吸を繰り返しながら、懐かしい瞬間の感覚に包まれていた。錆びつき、黒ずんでいた胸の中が洗われていくよう。鉄の塊を縛っていた鎖が、一つ、また一つ、音を立てて弾けていく。頑なに縛り続ける、たった一本を残して。

 額にうっすらとにじむ汗。心地よく粟立つ身体。

 ああ、この感覚。知っている。覚えている。失われたと思っていた私の一部が、ちゃんと心と身体に生きていた。

「ふみ……」

 背後から聞こえた愛しい呼び声に、瞼を開いて振り返った。

 小さな恋人がシーツを抱いて、赤い瞳に涙を浮かべている。寝起きの恋人への愛しさ、私の中に歌がまだ残っていた喜び、歌ったことで恋人を起こしてしまった申し訳なさ、いくつかの想いが心の中でぶつかり合い、言葉に詰まった。

 赤い瞳と見つめ合って数秒の後。やっと出てきた言葉は。

「……続き、聴きますか?」

 恋人が涙を拭って小さくうなずいた。

 私が歌い終えた後、あきちゃんもシャワーを浴びて、長い髪をタオルで拭きながら私の部屋に戻ってきた。今朝の彼女は青白いブラウスに暗い紫色のロングスカートを着ている。

「あきちゃん、髪の毛乾かすの、手伝いましょうか」

「わ、ありがとう! やったぁ」

 ちょうどドライヤーとブラシも実家から持ってきていたから、あきちゃんの髪を乾かしてあげることにした。窓際にある食卓の椅子にあきちゃんを座らせて、朝の景色を眺めながら長い黒髪を丁寧に乾かし、ブラシで梳いていく。何もかもが新しい朝。歌を取り戻した実感と共に、はっきりと幸福の形がそこにあった。

「恋人の歌声がモーニングコールで、髪まで乾かしてもらえて、幸せ」

 椅子に座って身体と足を揺らすあきちゃんは等身大の人形みたいに可愛かった。満面の笑みで上機嫌、鼻歌交じり。絵本の世界に出てきそうだ。

「さっきの歌、姫川ひめかわるる々の歌だね? 大賞もらってた記憶があるよ」

「はい。ひかりという歌です」

 ドライヤーが熱くないように当てながら、丁寧にブラシをかける。あきちゃんの煌く黒髪を眺めながら、まばゆい輝きの中で歌う一人の女性を思い浮かべた。

 小学生の当時、私が憧れた歌手、姫川流々。

 彼女は特筆することもない平凡な家庭に生まれた。父が趣味でギターをしていることと、母の歌が多少上手いくらいだったと、彼女の自叙伝には書いてあった。

「さすが。自叙伝持ってるんだ」

「本の虫ですから」

 彼女は幼い頃から得意だと胸を張れることがなく、何をしても中途半端で続かずに、毎日を何となく過ごす日々が続いていたそうだ。そして、高校受験を控えた中学三年生のある日、受験勉強に疲れて投げ出したくなったときに一つだけ、楽しい、気持ちいい、と感じるものを見つけた。

「誰かの歌を聴き、自分も歌うこと。彼女は生まれて初めて、失いたくない続けたいものを見つけたといいます。一曲だけ曲を聴き、一曲だけ自分も歌う。一つのメリハリをつけた途端、彼女の受験勉強は急に上手くいくようになったそうですよ」

「へえ……」

 高校入学後もその習慣は続き、歌う楽しみを覚えた彼女は軽音楽部に所属することになる。気の合う女子生徒たちと五人組のバンドを結成、責任感のあるリーダー、小谷こたに文音あやねのもと、姫川流々はとても充実した高校時代を過ごしたという。

「リーダーの『アヤネ』という名は、漢字で書くと私と同じ字になります」

「え、ホント?」

「本当です。すごい偶然です」

 高校卒業後、メンバーは音楽で身を立てようと決意し全員で上京。様々なアルバイトをかけ持ちしながら過酷な下積み時代を戦った。都会の洗礼は凄まじく、ライブに誰一人として来なかったり、他のバンドと衝突したり、オーディションでは当然のようにバカにされ、否定もされた。しかし、バンドメンバー一人一人が互いを支え合い、続けたい意志を強く持っていたため、決して折れることはなかった。姫川流々も、自分の歌を終わらせたくない、自分に歌をくれるメンバーたちを支えたいと前を向き続けた。

 彼女たちの活動は懸命に続けられ、やがて実を結ぶのだった。

「ある日、彼女たちの送ったデモテープがついに音楽プロデューサーの心を射止めます。それがきっかけで事務所に所属、メジャーデビュー。一気にスターへの階段を駆け上がり、文句なしの一流ロックバンドになりました。彼女たちの過酷な下積み、努力が一気に返ってくるかのように、すごい人気が出ました」

「でも、今は……」

「……はい」

 人気が出て数年後。ライブツアー中にリーダーが急に倒れ、そのまま帰らぬ人になってしまった。高校時代からバンドをけん引し続けてきた頼れるリーダーの急逝。栄光の真っ只中にあった彼女たちを襲った突然の悲劇は、残ったメンバーの意志を弱らせ、音楽への情熱を容赦なく奪っていった。ギター、ベース、ドラム、それぞれが強烈な悲しみに打ちひしがれ、もう無理なんだと、解散を口にする中で、ただ一人、ボーカルの姫川流々だけが違う意志を見せた。

『止めたくない』

 姫川流々が懸命にメンバーを説得するも、メンバーたちは消沈しきっており、一つのバンドとして続けていくのはもう無理だった。結局、説得もむなしく、彼女たちのバンド『Ray』は解散してしまう。

「リーダーの死、Rayの解散を経て、姫川流々はソロで『光』を発表します。これまでの曲とは違う、まるでオーケストラの中で歌うような荘厳な曲でした」

「曲名の『光』は、バンド名の『Ray』から取ったの?」

「その通りです。さすが、英語も堪能ですね」

「えへへ」

 バンドは解散してしまった。しかし、姫川流々は終わらない。今まで青春を一緒に駆け抜けてきたリーダーとバンドメンバーへの感謝を込めた歌。かつて共に在ったバンドと同じ名を冠する歌。彼女の想いが強く刻まれた歌はファンの支持を多く集めた。Rayの解散に涙したファンも、姫川流々がステージに立ち続けることに新しい希望を、まさに一条の『光』を見出す。

「こうして、『光』は多くの賞を受賞しましたが……」

「姫川流々はそれ以降、結果を出せずに姿を消してしまった、か……」

 長い話の中で黒髪が十分に乾いた。ブラシも丁寧にかけたからいい艶が出ている。ドライヤーのスイッチを切って、コンセントからコードを引き抜いた。あやめさんが用意してくれたチェストにドライヤーとブラシを片づけながら、小さく息をつく。

 私が図書館に逃げ込むようになってから、姫川流々も次第に光を失って陰へ消えてしまった。私が歌に抱いていた希望、姫川流々がステージに立ち続けた不撓不屈も、もう遠い世界の出来事だ。ニュースなどでも聞かなくなって、私も彼女の存在と共に希望を見失った。

 もう、無理なんだ。

 いつか、Rayのメンバーが口にした言葉と同じことを思っていた。私は姫川流々のように失いたくないもの、続けたいものが見つけられない。本を開き、幻想で自分を酔わせて慰めるだけ。歌を止め、その代わりにどれだけ本を読んでも、自分の糧にできなかった。最終選考まで残った物語も、もう私の手のひらからこぼれて消えた。

 姫川流々には追いつけない。追いつくどころか、遠い背中すら見えない。

 幻想へ逃げ続けた私にはもう、何も残っていないのだから――。

「楽しそうだったね、ふみ」

「えっ?」

 後ろ向きなことばかり思っていたのに、意外だった。驚いて振り返ると、椅子から立ち上がったあきちゃんが窓に寄りかかりながら微笑んでいた。

「図書館にいるときはぼんやりしてたのに、歌っていたときと姫川流々の話をしたときは目がキラキラしてたの。笑顔がなくても、目が『楽しい』って言ってた」

「そう、でしょうか」

「そうだったよ。少なくとも私には、『歌』と『姫川流々』がふみにとって希望であるように見えた。a ray of hope――はぁ、嫉妬しちゃうな」

 微笑みを消し、窓から離れてしっかり私と向き合う。私を見上げる赤い瞳はいつになく真剣で、底知れない強い意志を感じさせた。

「試してみる価値は十分にある。桜沢文音の歌だって終わってない。君が君の希望に近づけるように、私も君の希望になってみせる」

「あきちゃん……?」

 私の呼ぶ声に、棘の巫女がうなずいた。

「近い内に話すよ。君の希望と一緒に、ね」

 あきちゃんの真剣な眼差し、そして、私の希望と一緒に話すという言葉。私が想像し得ない、予想できない何かが静かに動き出そうとしている。私が今まで過ごしてきた日常とはまったく異なる気配がして、身体が震えた。

 この日から私は、見えない階段を少しずつ、少しずつ上り始めていた。

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