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19.無属性の魔術

「クディ様、すみませんでした。クディ様のお人柄のせいかどうしても自分の立場を忘れてしまいがちに……」

「軽くなじられてる気がしますが、ほんと祝福子とか気にしないで下さい」


 未だにクディの足下にいるベルを椅子に戻るように促す。


「とんでもないです。ポーション錬成だけじゃなく、私の作ったものに手を加えるとはお見それ致しました。昨晩は魔力の扱いも分からなかったのにここまで操作できるようになるとはさすが至高なる———」

「あっ、いいです大丈夫ですもういっぱいです」

「左様ですか? クディ様の素晴らしさは語り尽くせないのですが」

「まだ一日しか経ってないのにそこまで湧き出ることが怖いです。主に今後について」

「そうですね、今後クディ様の華々しい活躍を目にした「あっそうだ!!」


 また長くなりそうだったのでわざとらしく声を張って止める。


「念のためこの魔術具みてもらっていいですか?」

「そうですね、もう魔力操作も慣れたようですし外して大丈夫でしょう」


 許可が出たのでズボンをめくり上げ腕輪を外した。その時またベルに足を出してと怒られかけたが、魔石の色を見て言葉を失った。


「これは……黒……い、よな?」


 机の上に置き、周りの皆にも自分が見えてるものが同じか問う。もちろん全員目を丸くしながら頷く。

 根本的に黒い魔石自体が存在しないので、そのことも驚きではある。


 しかしそれ以上に信じられないのが、この透明度だ。普通の魔石は透き通っており、宝石のように反射してきらめくものである。

 それがこの黒い魔石はドス黒く、付属させている腕輪の色が見えない。まるで限界まで魔力が詰め込まれているようだ。


 何に驚いているかも知らない当の本人は、神妙な面持ちのベルに質問した・


「私の魔力が黒色だからですかね。黒ってなんの属性なんですか?」

「……自分で魔力の色を確かめたんですか?」

「はい、お風呂あがりに髪乾かそう思って吸収の術式に水分を指定して、あと保湿を付与して魔力をそのまま出してやりました」


 こんな風に、と先程と同じように黒い魔力を掌で覆った。


「魔力をそのまま……?」

「魔力を風魔法に変換する方法がわからなかったので」

「……」


 クディの答えに黙りこくると、そのまま口を抑えて俯くベル。

 すこし肩を震わせる様子に、また怒らせてしまったのかと焦った。


「あ、あの、これも危険な行為でしたか……!? だったら、あの、もうしないんで、あの、危ないって知らなくて」

「……ックク、ハハ、アハハハ!」


 突然笑い出したベルに、我が目と我が耳を疑う一同。

 今まで皆で笑っている時だって口の端を上げるだけだったのに。


「魔力をそのままって、そんな聞いたことない……っフハ、アハハ!!」


 あの鬼のように怖い、というかツノと色黒のせいでもはや魔王みたいな彼が目尻に涙をためて大笑いしている。


 あまりの珍しさにクディを笑う失礼さを誰も指摘することなく、ポカンと見つめてしまっている。その視線にようやく気づいたのか、白々しい様子で咳払いし居直った。


「ン"ンっ、失礼しました。あまりにも特異な話しすぎて……」

「いえ、私も特異なものを見れたので」

「……そう言って頂けると助かります。それでええと、この魔石ですがおそらく……無属性の魔力が蓄積されてるのでしょう」

「無属性の魔力が……!?」


 存在しないはずの属性の魔力が貯まっているという矛盾に一同が驚愕する。

 予想していた反応だが、荒唐無稽な話しすぎて説明しづらいようだ。


「……これから話すことは、あくまで俺の想像だから鵜呑みにはしないで欲しい」


 言葉を選びながら手の中で腕輪を転がし、クディを見る。


「クディ様、私の考えを述べる前に魔術についてもう少し掘り下げてお教えします」

「は、はい」

「まず、アトノスには人類が五種類います」


 そう言い先程のノートの新しいページを開き<人族・獣人族・龍人族・霊人族・魔人族>と書き連ねた。


「人族はユーリやイェールのことです。獣人族はティーダですね。霊人族はフリッツ、龍人族は私です」


 ペン先で種族名を照らし合わせていき、魔人はここにはいませんねと付け足した。

 フリッツさんはエルフという種族名ではないらしい。


「人類も魔獣と同じように魔石を体内に持っていますが、種族ごとに持っている基本属性が違います。なので得意な魔術もそれにならって変わるんです。人族は地、龍人は嵐、獣人は炎、霊人は氷、魔人は雷という風に」


 ベルは前のページに書かれていた属性の一覧を見せながら説明する。


「そして得意な魔術は修練次第で本来必要な呪文詠唱が、単語詠唱だけで済むようになります」

「じゃあ苦手な魔術もあるんですか?」

「そうですね。私、龍人族は炎と雷が苦手というか……ろくに使えません」


 苦手だと言ったときに不本意さも感じた。完璧主義なんだろうか、使えないことに不服そうだ。


「さっきも言った通り、種族ごとに得意な魔術は<基本属性>に基づいたものです。例えば龍人は嵐の魔術が得意ということは、風属性の魔力を持っているということです。だからおそらく……」


 そういって指先に魔力をローソクの火のように灯らせた。ベルの魔力は緑色を主軸に他の色もチラチラと混じっていた。


「うん、やはり緑色です、初めて出しました。というか出すの難しいですね。流石ですクディ様」


 それを見ていた他の者も出そうとするが、全然でない。かろうじてユーリとフリッツが出せたが、ティーダとイェールは指先がうんともすんとも言わなかった。


 フリッツからは水属性の青、ユーリからは紫と赤が螺旋状に混じり合う魔力が出た。自分の魔力色を疑問に思い、指先を振ってみても色はハッキリしなかった。


「これはどういうことですかね?」

「おそらく得意な属性が混在しているんだろう。土と火が混じっているんじゃないか?」

「確かに。それが得意です」

「ん? 得意な属性って一種類なんじゃないの?」


 二人の会話に引っかかったクディが質問を投げる。


「基本的には一種類ですが、人族は二種類以上持つ者が多いです。そのかわり、身体強化を使える者が少ないです。人族以外は子供でも使えますね」


 じゃあなんで私は使えるんだろう。

 その『少ない』の中にたまたま入ってるんだろうか。


 疑問に思うクディだが、ここで言ったらやぶ蛇だと察し黙ったままやり過ごした。


 未だに魔力を具現化しようと頑張る二人は無視してベルは話しを進める。


「ということで基本属性には色がありますが、錬成など<無属性>の魔術には色はありません。というか見たことないので色がないと思っていました」

「無属性?」

「基本属性を持たない魔術を<無属性>と呼んでいます。属性魔力を<現象>に変化するのではなく、魔力そのもので対象に<干渉>します。魔力にはどうしても属性が付属してしまうため、無属性の魔力は存在しないと思っていました。そして無属性の魔術は色々あり……」


 ノートに<錬成>以外の無属性である<空間・重力・時間・治療・結界>を付け足す。少し悩んでから手を止めると話しを続けた。


「…うん、こんな感じか。他にもありますが、かなりマイナーなものになりますね。あとは気になるようだったら魔術書をご覧なるといいかもしれません」


 すでにけっこうな量だがまだあるのか。覚えきれる気がしない。


「例えば、この鞄には<空間>の魔術をかけてあります」


 ノートが出てきたポシェットサイズの鞄を指差した。


「これは自分の魔力でこの【空間収納(ストレージ)】を保っています」

「魔石を使わない魔術具もあるんですか?」

「ええ、さっきも言った通り無属性の魔力は無いので、もちろん魔石も無いです」


 鞄のフタを開けて中をみたら真っ暗で底が見えなかった。


「えっすごーい」

「ちなみにこれは他人に譲渡はできないです。制作者の魔力認識をするんで中の物は掴めません。万が一鞄が盗難されても、別の鞄にもう一度魔術をかけ直せばその空間に繋がります」


 へー便利だな〜と関心していると、横からユーリが得意げに言った。


「ちなみにこの魔術って滅多に使える人いないんだよ」

「えっすごい」

「っていうか無属性魔術自体使える人少なくて、ボクも錬成しかまともに使えないんだよね。属性を無くした魔力と魔素を操るのって難しいんだ」


 つまりベルは<錬成><治療><空間>の魔術が使えるということだ。

 本人は偶々(たまたま)ですと肩をすくめたあと、考えをまとめるために薄い唇をさする。


「これは本で得た情報ですが、ヨヒーミャ(龍神)様の得意な魔術が<錬成・空間・重力・時間・治療・結界>らしいんです。つまり無属性の魔術全てです」

「え、いま無属性使うのって難しいって……」

「それが神のお力なんでしょう。ここではないどこかに滞在する為の<空間・時間>に始まり、神の国から祝福子の魂を作り替える<錬成>、そして一度死んだ器の子を生き返らせる<治療>。<重力・結界>も凄まじいレベルで扱ってらっしゃると思います」

「……」


 だんだんとこの世界の魔術についての基準というか、普通(・・)を理解してきたお陰で、あのクソトカゲの凄さがヒシヒシと伝わってくる。すげーじゃん神。


 種族による知識欲の違いだろうか、フリッツ達も知らなかったらしく意表を衝かれている。


「話しをまとめると、答えは二つあると推測します」


 ベルは指を二本立て、もったいぶるように全員の顔を見回した。


「魔力は赤・黄・緑・青・紫の五色ですが、この全属性を満遍なく使える為、クディ様の魔力色が全部混じって黒という可能性」


 そう言って指を一本折る。


「もう一つ、魔法に<無属性>というものが存在する可能性です」


 ベルの立てる人さし指に、今までの常識が覆る仮説が秘められている。


「今まで<無属性>だと思っていたものは、我々が持っていないから<無>と定義されていただけで、実は存在していたとしたら。神のみが使える高次元の黒色の魔力が存在するとしたら。

 もはや無とはなんだという哲学的な話しになるが……。そう考えるほうが辻褄が合う、ということだ」

「そんな……」

「聞いたことねえぞ……」


 もう一本の指が折られると同時にどよめきが起きた。


「そりゃ俺が今作ったからな」

「なんだそりゃ」

「あくまで仮定だ、この話しは」


 ティーダのツッコミにあっけらかんと返す。


「でも俺はこちらの方が可能性が高いと思っています。まずクディ様が祝福子ということはヨヒーミャ様の力を受け継いでいるということ。

 ヨヒーミャ様が得意な属性は<錬成・空間・重力・時間・治療・結界>の六種類。現に錬成の魔術を使ってましたから、その可能性は十分にあります。もし残りの五種類も使えたら信憑性が高まりますね」


 一人称が俺のままだ。おそらく彼も頭がいっぱいいっぱいなのだろう。


「一つ疑問なのは、過去の祝福子様達にそのような話しを聞いた事がない点です。まあどこかで話が止められている可能性がありますが。いやでも止めるメリットがなぁ……」


 悩まし気に眉間に皺を寄せ、机を指で叩いた。自分の考えを整えるように。


「基本的に祝福子様は魔力量がとてつもないが、属性の質は()が持っていたままだと聞いています。だから何らかの理由で、他の方と違いクディ様は無属性に変化しているかもしれません」

「体を作りかえられたって事ですか?」

「神なら可能かもな」


 腕を組み背もたれに体重をかけるベル。フリッツへの答えは投げやりだったが、さっさと思考の渦から抜けてリラックスしたかったのだろう。


 ベルはちらりとクディを見やる。話しについていけてないのかさして表情は変えずキョトンとしたままだ。

 理解できるように説明するべきだが、いままで教鞭をとったことがないベルには、これ以上分かりやすく疑問をほどく技術もなかった。


「と、いうわけで、以上の理由から、無属性の魔力が魔石に貯まり黒色になったと結論づけます」

「おぉ〜」


 清聴していた面々がやっとの締めくくりにまばらな拍手を鳴らすが、ベルは手でそれを止めた。


「問題はここからです」

「えっ?」


 怖々と顔を上げるクディ。


「クディ様は基本属性の魔術を全て使えるか、無属性という'無い'と思われてきた物を、'ある'と証明できる唯一の方なんです」

「……はい」

「つまりどちらにせよ、今までいなかった存在なんです。しかもクディ様がこのように無属性の魔力をカルネ石に貯めることができるなら、この石を介して無属性の魔術具が作れることになります。例えば他人に譲渡できる空間収納(ストレージ)を錬成できるかもしれない」

「……」

「さらにどこぞの魔術研究者に見つかったら大変なことになります。私の口からは言えないような事になるでしょう……」


 その言葉でハッとなる一同。クディの反応が薄くなるくらい他の四人が青くなる。


「じゃああの人に見つかったら……」

「とんでもないことになるな」

「クディちゃんと会わせないようにしなきゃですよね!?」

「それは無理だろう……」

「そんな……」


 なぜ皆そんな絶望した顔をしているんだ。

 知り合いにそんなマッドサイエンティストでもいるのか?


「クディ様……。我々が『魔術バカ』からお守りします。ご安心ください」

「魔術バカ……」

「大丈夫です。私がなんとかしますから」

「……………はい」


 なにがどうヤバいのかも、誰からの何から守られるのかも、何を基準に大丈夫って言ってるのかも、全てにおいて分からない。だかそれを否定できる判断材料がなにもないクディはとりあえず頷いておいた。


 ただ一つ、その人に捕まったら二度と大陽の光は浴びれなさそうなことは分かった。

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