船無き港町
アンゼリカをはじめとした、旧家臣団+αを旅の一行に加えた僕たちは、ユックル国境の谷を越えてノーリッジ領へと入った。
ノーリッジは古くから陶器などの焼き物の生産が盛んで、グランフォードの有名な焼き物ブランドの半分以上はこの国ので作られているんだ。僕が幼いころにいた部屋にも、確かメイドインノーリッジの花瓶があった。当時は何とも思わなかったけど、今思うと大きなワイングラスのような形状と、エナメルのように淡く輝く表面、それに施された彫刻が緻密でとても素晴らしい物だった。
さて、この日僕たちは、ノーリッジ領の街道沿いにある町の宿屋で今後の予定について話し合っていた。今まで具体的な行先もなく、ただひたすら西に向かってたけど、ここまで人数が増えるとノリで決めるわけにはいかないからね。
「これから私は、アルヴィオン半島を目指そうと思っている」
「アルヴィオン半島?」
「アルヴィオン半島ってどこにあるんですか?」
「知らないのねあなたたち…………アルヴィオン半島はここからずっと西。西の大国と言われるコルプラント王国を越えた更にずっとむこう、グランフォードの最果ての地よ。普通それくらい子供でも知ってるわ」
エルカの目指す先は、グランフォード大陸の最西端アルヴィオン半島。
駄メイドのロゼッタと弱虫竜騎手のリュナは全く知らなかったようだけど、へレットがわざわざ説明してくれた。
「しかし……アルヴィオン半島といえば、コルプラント王国の属国が点在する貧しく未開の土地……。エルカ殿はなぜそのようなところを目指す」
「コルプラント王国の属国が点在する貧しく未開の土地――だからだろうが。人数の少ない我々が成り上がるのであれば、既存の勢力基盤が弱いところがいい」
「それは僕も賛成だね。コルプラント王国は国内の反乱鎮圧で手いっぱいで、属国たちの面倒を見ている余裕はないだろうさ」
「なるほど、悪くないと思いますよ王じ…………じゃなくてクラインさん。あとは現地で硫黄が取れれば言うことないですが」
なんというか……へレットがいてくれて本当に良かった。彼女は僕と同じかそれ以上に博識だし、頭もまわる。
「よし、では諸君。我らはこの地よりアルヴィオン半島を目指す、異議はないな?」
『ありません、リーダー』
とりあえず方針は決まった。さあ、僕たちは改めて新天地を目指して旅立つことにしたのだが――――――
「…………アルヴィオン半島に行くだぁ? やめときな、どうせ無駄だぜ」
「……あぁん?」
僕たちの後ろの席に座っていた、細目で馬面の男が僕たちを小ばかにするような口調で、妙なことを口走った。それを僕たちへの侮辱だと思ったのか、エルカが男の胸ぐらを一瞬で掴むと、強烈な殺気と共に威圧する。
「貴様、もう一度言ってみろ。女性だけの旅は無謀……とでも言いたいのか、どうだ?」
「ちょ……ちょっとエルカ!? 一般の人に暴力振るっちゃだめだって!」
「ぐ――ぐるじい、まて……ま、まてまて、話せば……わかる、はなせばっ……ゲホッゲホッ!!」
あまりに強烈なつかみ技……女性のみでまさかここまでの力が出せると思っていなかったらしい男性は、驚愕で目をむきながら苦しそうに口をパクパクさせるしかなかったみたい。
とりあえず僕が止めに入ったから事なきを得たけど、もうちょっと手加減しないと死んじゃうんじゃないかと思ったよ。
「あ、あのっ……アルヴィオンへ行くのをやめた方がいいって、どういうことですか?」
エルカから解放された男性に対して、ロゼッタが改めて先ほどの理由を尋ねた。
「それは……ぐっ、げほっ……っだな。船がないからだ……」
「船がない!?」
男から話を聞いた僕たちは、改めて現実のむずかしさを思い知ることとなった。
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ノーリッジ領は、陶器が特産だけの国じゃない。
この国自体が「ノーリッジ半島」と呼ばれる、まるで瘤のように大陸から海に突き出た大陸棚の上にあって、昔から東のユックルやベリサルダへの海上交易の中継点となる港が多数存在していた。あと、漁業も盛んで、沿岸でとれる海産物や海獣の毛皮なども多く産出するそうな。
けれども、同時に国全体の基幹産業が貧しいせいで賊の被害に万年悩まされ、入り組んだ海岸線は多くの強力な海賊たちの根拠地となった。そのせいで北回りの交易路は衰退してしまい、財政がひっ迫したこの国は、隣国であるコルプラント王国に助けを求めたんだ。
今ではノーリッジ領はコルプラント王国の属国として、毎年莫大な貢物の献上と引き換えに、賊の討伐を任せている。でも…………現在コルプラント王国は、度重なる内乱により自国のことで手いっぱいとなっており、ノーリッジの国防は完全におろそかになっていたようだ。
…………確かに、コルプラント王国とその周囲の治安は最近急速に悪化しているって言ううわさは聞いていた。だけど、実際に被害を目の当たりにすると……僕が思っていたような生易しい状況じゃなかった。
「ひどい、まさかここまで…………」
「な、なんだか、こわいです」
へレットとリュナがそう呟くほどの惨状が今まさに目の前に広がっている。
国境を越えてから15日……ノーリッジでも最大の港町ミシュコルツに到着した僕たちは、改めて周囲を見渡した。
町全体に虚脱感が蔓延し、活気が全く感じられない。誰もがボロボロの服を身にまとい、町のあちらこちらに浮浪者が壁を背に力なく寄りかかっていた。建物のいくつかは朽ちはじめていて、いたるところに汚物だまりが形成されている。
それだけじゃない、町中でヒドイ臭いが充満している……。あまりの状況のひどさに、僕たちは思わず顔をしかめた。
「典型的な地獄絵図だなこれは。この町は完全に無政府状態と見た」
「どうしますー、リーダー? これじゃ船どころじゃありませんよぅ……い、今からでも遅くありませんから、他の港町に行きませんか?」
「いいやロゼッタ。ミシュコルツがこのありさまじゃ、他の町だってきっと似たような感じだろうね」
町の惨状を見たロゼッタたちは及び腰になってるけど、ここで逃げてちゃ先には進めないよね。
「どうだろうへレット。資金はたくさん持ってるから、船を買えないだろうか」
「そうは言ってもね、アンゼリカ。船を買っても動かす人がいないと話にならないわよ」
「む……そうだったな。生憎私も……船の動かし方など分からないしな……」
「まずはこの町のどこかで滞在できる場所を探しましょう。たぶん一朝一夕でどうにかなるものじゃないわ」
これだけ広い街だ。少なくともどこかに、まともな部屋や食事を提供してくれる場所が一件くらいはあるだろう。とりあえず僕たちは、町の表通りを港の方に向かって進むことにした。漂う悪臭に顔をしかめつつ、時折飛び出してくる物乞いたちの手を払いのけながら……
と、しばらく歩いていると、僕たちの行き先を通せんぼするように、大勢の人が待ち構えていたのが見えた。
「おう、まちな嬢ちゃんたち」
「ここは地獄の一丁目。二丁目なんてありゃしないぜ」
「へへへ、ミシュコルツは初めてかい? 残念だが、女子供だけでお散歩できるほど、この町は穏やかじゃないぜぇ」
「きっと金もたんまり持ってんだろうな……。じゅるり、鴨が葱を背負ってやってきたとはこのことだぁ!」
どうやら僕たちは狼藉者たちに絡まれたようだ。
奴らは、ボロボロで薄汚れた革製の鎧を着用していて、錆や刃こぼれが目立つけど元はちゃんとした作りだった剣や斧を持っている。きっと傭兵崩れのならず者集団だね。傭兵団って一種の武装集団だから、落ちぶれて賊になっちゃうことは珍しくない。たぶんこいつらも、この町のどこかで雇われていたのが、無政府状態をいいことにやりたい放題やってたんだろうな。
相手は……いち、にー、さん、しー、ご…………ええっと、大体20人くらいか。ならず者の集団にしてはずいぶんな人数集めたものだね。
「副リーダー! お下がりください、私が命に代えてもお守りします!」
「あ……ああ、うん。ありがとう……」
アンゼリカが僕を庇って前に出る。どうでもいいけど、その副リーダーって呼び方……まだ慣れないなぁ。アンゼリカは僕のことを呼び捨てどころかさん付けで呼ぶことすらできないらしくて、仕方なく副リーダーって言ってくれるんだけど…………相変わらず彼女はリーダーのエルカを守る気は全くなくて、僕を最優先で守ろうとしてくる。
確かにエルカはあまりにも強いから、アンゼリカに守ってもらう必要なんてないけど、そんな態度ばかり続けてるとエルカに嫌われちゃうよ?
「どうやら死にたいようだな。今の私は虫の居所が悪い。喧嘩を売ってきた以上、生きて帰れると思うなよ」
一方でエルカは、まるでその辺の芥でも見るかのような侮蔑の目で奴らを見下していた。あーあ、悪く思わないでね君たち。せめて相手を見てケンカ売ったほうがいいってことを、来世で覚えていてくれればと思う。
「やる気か? 女だてらに剣振り回して、俺たちに勝てるとでも思ったか!」
「どっちが上か思い知らせてやるぜ!」
エルカが背負っていた剣(この前倒した敵から奪ったアレ)を取り出したのを合図に、双方は激突する。
あまりにもやられる回数が多くてあまり強くなさそうに思われているかもしれないアンゼリカだけど、元々王国第二王子の護衛を務めるだけの腕はある。アンゼリカは、いきなり三人を一辺に相手すると、流れるような剣技で畳み掛け、一瞬の隙も与えず彼らの喉を的確に貫いた。
ただ、その三人以外はすべてエルカが無造作に振り回す大剣で一瞬にしてぶった切られていた…………。路地は瞬く間に鮮血で真っ赤に染まり、無機質な街並みに血の池を作り出すことで、前衛的芸術とすら言える光景を作り出している。
ここまですさまじいと、目の前で人がミンチになったショックすら超越して、何か人間がトマトか何かのように見えてきた。
こうして、20人いたならず者の集団は、3分も立たないうちに全滅しましたとさ。これだけいれば普通何人かは生き残って「お助け―」とか「王国の旅人は化物か!」とか言いながら散り散りになるのがお約束なんだけど、ぶっちゃけエルカが強すぎて一人も逃さなかった。流石エルカは有言実行だなぁ。
「なんだもう終わりか、つまらん」
「り、リーダーは本当に化物ね……」
「ご無事ですか副リーダー!」
「大丈夫、大丈夫。だから少しはリーダーの心配もしてあげてね」
ちょっと邪魔が入ったけど、僕たちはまた何事もなかったようにまた港の方を目指すことにする。町の中に死体を放置するのは本当はご法度なんだけど、町自体がこの状況だから片付けするだけ無駄かな。
「しかし、へレットやロゼッタはいいとして…………リュナ、お前は仮にも飛竜騎手だろう、なぜ非戦闘員のクラインよりも後ろに下がってたんだお前は」
「だ、だって……その、不潔な男の人とか苦手で……足が竦んで、その……」
「ふん、男なぞクライン以外は全員不潔なものだ。一々苦手意識を持っていては戦えん」
「僕以外って……。エルカの考えてる男性像って一体……?」
そんなことを話しながらまた歩き始めた僕たちだったが、少しもしないうちに、またしても僕たちの行く手に数人の人間が立ちはだかっていた。
「む、なんだあれは? 奴らの仲間…………というわけでもなさそうだな」
「きちんとした服を着てますねぇ。この町では珍しいですね」
またならず者かと一瞬身構えたけど、見た目からしてどうやら違うらしい。
特に真ん中にいる男性は、おそらくカルディア製と思われる高級トーガを身に纏っていて、体のあちらこちらには下品にならない程度にアクセサリーをつけてる。周りにいる人たちも、きちんとした正規軍が使う装備で身を固めているところを見ると、もしかしたらこの国のお役人なのかもしれない。彼らは、そのまま僕たちの方に歩いてくると、少し前で止まって一礼してきた。
「もし、失礼ながら、あなた方が先ほどのならず者を始末なさったので?」
「そうだ。貴様はこの国の役人か? この国の治安は一体どうなっている」
「おおっと、滅相もねぇ、あっしは役人なんかじゃなくて、しがない商人でさぁ」
身なりのいい男は、どこか粗野な口調が感じられるが、凄いしっかりとした顔をしていた。歳はだいたい20歳前半と言ったところだろうか。表情は温厚に見えるけど、何でも御見通しと言わんばかりの鋭い目つきが油断ならない。この若さでこんな顔になるなんて、今まで相当苦労したんだろうな。
「あなた方に声をかけたのは他でもありやせん、その豪傑ぶりを見込んでお頼みしてぇことがござぃやすんで」
「頼みたいこと? 私たちは先を急ぐ旅だ、内容にもよるが只では引き受けられん」
「そりゃあもちろん…………よろしければ、うちにご招待しますんで、おもてなしさせてくんなせぇ」
「もてなしか。いいだろう、話を聞くだけ聞いてやる」
こうして僕たちは、男の人に誘われるまま、ホイホイついていくこととなった。ちょっと怪しい感じはするけど、いざとなればエルカが全部何とかしてくれるよね。
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商人を自称する男は、自らをグライブと名乗った。
グライブさんとその両親はもともとコルプラント王国の王都グランザで店を構える商家の名家だったんだけど、家に賊が押し入って一家は殆どが殺されてしまい、財産も全部奪われた挙句に、お店も焼かれたんだって。
運よく生き延びたグライブさんはノーリッジの親戚の元に身を寄せて、そこでお店を再興すべく努力し、ついに後継者となって自分のお店を持つことが出来たそうな。
「なるほど、あなた方はここからアルヴィオン半島に渡ろうってわけですかぃ。確かに、今コルプラント王国は物騒だからなるべく避けたいところですがね」
「でも、ここに来る前に……船がもうないって言われてしまって」
「正確には船が出せないんでさぁ。まず何よりこの港の惨状、ここ半年間港に出入りする船が一隻たりともございやせん」
僕たちは今、港から少し離れたところにあるグライブさんの屋敷にお邪魔している。あれだけボロボロの街並みの中で、このお屋敷だけは整備が行き届いていてまるで別天地のようだ。
今はみんなでテーブルを囲みながら、貴族並みの豪華な食事に舌鼓を打っているところ。出てくる料理はどれも滅多に食べられない豪華なものばかりで、なんか久しぶりに王子に戻った気分だ。もっとも……僕だって毎日こんなものを食べていたわけじゃないんだけどね。グライブさんも今日だけ特別だって言ってるし。
「それはなぜか? 原因は二つ、そのうちの一つはこのあたりを荒らしまわる海賊どもの仕業でしてね、そいつらが見境なく船を襲うもんですからたまったもんじゃねぇ」
「あうぅ、ヒドイ話です。なんで誰も退治しないんですか?」
「昔は隣国のコルプラント王国が出張ってきたもんですがね、いまじゃちっとも退治しようとしやしません。おかげで元々あんまり軍隊を持っていなかったこの国じゃ、首都周辺の賊を取り締まるだけで手いっぱいなんでしょうよ。この町にしたってそうでさぁ。何しろ代官や役人が自分の私腹を肥やすだけでちっとも仕事をしやがりません。おかげで街は荒れ放題……。困ったもんです」
海賊か……。ひょっとしたら、僕たちに頼みたいことって海賊退治かな。
「あの、もしかして……私たちに頼みたいことって言うのは…………」
「ええ……頼みごとというのは他でもありやせん。あなた方に、海賊退治の手伝いをお願いしたい。報酬はきっかり前払いいたしやす」
「報酬が前払い? また思い切ったわね」
「あっしはあなた方を見込んでおりますんでねぇ。あなた方の目は真っ直ぐでさぁ……さぞかし真っ当な旗の下で戦ってきたことでしょう」
「ふん、まあな」
でも、さっき原因が二つって言ってなかったっけ? もう一つの原因も取り除かないと、結局船が出せないんじゃないかな?
「…………ですが、あっしからの本題はここからでごぜぇやす」
「本題か……。それってまさか、もう一方の原因の方?」
「あたりで御座いますよ元王子様」
あれ? 僕、自分が元王子だって紹介したっけ? まあいいや、話を続けよう。
「あなた方がアルヴィオン半島に向かわれると聞き、ぜひともお願いしたいことがございやす」
「何か事情があるようだな。この際だ、遠慮なく言ってみろ」
「ええ、実は……この国には最近になってもう一つの厄介なものが出現しやした。それは……」
グライブさんは、一回ふとため息をついた後、とっても真剣な眼差しで顔を上げた。
「………………それは、幽霊船でございやす」
『幽霊船!?』
予想外の相手に、僕はおろかエルカですら驚きの表情を隠せなかった。




