#55 共に愛して
ほんっとに、遅筆過ぎて申し訳ありません。
「美味しい!やっぱり、チョコレートは美味しいです」
セーレさんの手作りチョコレート菓子を口に運ぶ。いろんな形をしたものから、カップケーキにクッキーと種類は多い。そのどれも絶品だから、彼の腕前はすごい。
今日僕はお休みをもらい、アシュタロスさんの家で一人、お茶会をしている。ちゃっかりティーセットを使って、紅茶まで入れてある。この家の物は好きに使っていいと言われているので、最初の頃は遠慮していたが、今ではそれもすっかりなくなってしまっている。せっかく綺麗なティーセットがあるのに、使っていない方がもったいないと思う。
さて次は何を食べようかと、お皿に乗っているお菓子たちを見ると、横から手が現れ、そのまま丸い形のチョコレートをさらっていった。
「あ……おかえりなさい」
「口の横についてるぞ」
「え?!」
どこ?!どこ?!と慌てふためく僕をよそに、帰ってきたアシュタロスさんが、すっと指で口の端についていたチョコをすくい取り、そのまま自分の口へと持っていく。
「少し、甘すぎる……」
「なら食べないでくださいよ!!」
アシュタロスさん用に紅茶を入れつつ、反論を叫ぶ。
「頭をさんざん使ったあとは、甘いものを摂りたくなるだろう」
「お仕事お疲れ様でした」
「お前に一つ聞きたいことがある」
「はい?」
僕座るソファの隣りに腰掛けたアシュタロスさんは、紅茶を一口飲むと唐突に、そう訊ねてきた。
「なんでしょうか?」
「お前……元の世界に帰りたいか?」
「え……あの……」
「安心しろ、再確認だ。お前が元の世界に帰りたくない理由、俺はわかってるつもりだ」
「僕の、元の世界を探してくださってるみなさんには、悪いと思ってるんです。だけど僕は、どうしてもあの世界に戻りたくない……。ずっとここにいたい、です」
「今日、お前の世界を捜索するのを、止めるように言ってきた」
「え――――」
思いもしなかった言葉に、僕は隣にいるアシュタロスさんの横顔を見つめた。その言葉をすぐに理解することができない。アシュタロスさんは、僕が理解できるのを待つかのように、ただ静かにお茶を飲む。
「本当、なんですよね……」
「あぁ。勝手なことをしたと思うが……お前からは、とても言い出せないだろう?」
「それは、そうだと思いますけど……」
「見つかってからだと、そいつらの時間を泡にするだけだ。なら、早いほうがいい。まぁ、あいつらに理解させるのに、時間が少しかかったがな」
「その……話したんですか?元の世界に、帰ったら……」
「バエルには話した。他の奴には言ってない、あまり広まっていい話じゃないだろう」
それはそうだ。僕自身その事は、口に出す予定はなかった。あんなことがなかったら、おそらくアシュタロスさんにすら知られなかったはずのことだ。
ふと視線を感じ、うつむいていた僕は顔を上げた。すると、アシュタロスさんの綺麗な金色の瞳が見つめ返してきた。
そして腕を優しく掴まれ、そのまま彼の腕の中に抱き寄せられる。僕の首元にそっと顔を埋める。やっぱり彼の甘い香りは、僕を落ち着かせてくれる。こんな体勢なのに、僕の内心はとても穏やかだ。
「アシュ……タロスさん?」
「本当は……俺のためなのかもしれない。お前が俺のそばから離れていってしまうのが、恐ろしく感じられた。こんなにも、余裕がなくなるのは初めてだ。それくらい、俺の中では、お前は大きな存在になっていた。レーシェルの代わりでもない。こんな感情は、生まれて初めてだ……」
こんなにも彼が言葉を紡ぐのは、初めてかもしれない。ぽつりぽつりとこぼされる言葉、その一つ一つを聞き逃すまいと、僕はただ耳を傾けた。
わずかに体を離され、彼に覆いかぶされるようになる。上から見下ろしてくるその瞳は、わずかに困惑しながらも、熱を帯びているようにいつもとは違う何かを感じさせる。
ドキドキしつつ、僕は早く言葉の続きが聞きたくて堪らない。僕の待ち望む言葉が彼の声で聞こえてくるのを待つ。
「お前が、好きだ……」
その言葉とともに、僕の唇へと触れた薄くも熱を帯びた彼の唇を、僕は静かに受け止めた。




