#41 動き出した時
ノエルが飛んだのを見送ったアシュタロスは、自身も背中に半分黒く染まった羽をはやし、上に上昇した。羽を生やすこと自体何年ぶりだろうか。
この湖の広さはこの世界一とも言える。その湖の中央へ行くには幾分、時間がかかる。その間にこちらも準備をしなければならない。
上に飛び上がったことで、やっとこの湖の全体を視認できるようになった。その湖の全体をしっかり頭に記憶し、アシュタロスはそっと息を吹き出した。
光を帯びたその息は、徐々に湖の岸辺に沿うように広がり、周囲を囲っていく。すべての岸辺を覆い尽くすと、徐々に高度を上げて湖の全てを覆う結界を張る。
岸辺から少し離れたところにいるベリアルたちは、それを端から見上げていた。
「久々に大掛かりなものを張ったな。やはりお前は愚か者だな」
「ベリアル様?」
「一々反応するな。お前はいざという時に備え、いつでも動けるようにしておけ。アモンもな」
ようやく中央付近にたどり着いた。辺りを見回すと、以前見た狭間の比ではないほど根深くはびこっているようで、濃く暗い闇が広がっている。
アシュタロスさんが張った結界のおかげなのか、あたりには驚く程の光分子が支配している。なぜこんなことできるんだろう。
今この世界に光分子は存在しないし、保持しているものもいないはずなのに。
思えば、彼は最初から不思議だった。
彼の家は光に満ち溢れ、この世界とは思えないほどだった。光属性の腕輪も持っていた。彼自身からもどこか、光属性をかすかに感じることもあった。
それに――――。
そこでノエルの思考は途切れた。招かれざる客人が、四方八方から出現したからだ。
黒い人型をかたどったものが、驚きの数の軍勢でこちらに迫ってきている。
「あれは……!!」
「セーレの時に現れた偽セーレと同じ気配だね。しかもあんなにたくさん。シャックスーいくぞー」
「いや、俺戦闘無理」
「使えない下僕め」
「だからベリアル様はいちいちひどい!!」
アモンの号令に続いて、付近で待機していた騎士たちが、迫ってきていた黒い人型へと向かっていく。
騎士たちと、謎の軍勢との戦いが始まった。
――――同時刻、ウェンヴァレンの首都ヴェリッツェンにある王宮。
その地下に降りていたバエルは一人、目の前の光景に固唾を飲んだ。王宮の地下にあるこの空間のことは、彼自身を含めほかに知る者はアシュタロスのみである。
ここは他の者には公にはされていない、極秘地帯だった。
いつもは落ち着き払い、表情をあまり変えないバエルだったが、今はその額に嫌な汗が滲んでいる。
「呼応しているのか……それとも、ほかに原因が……」
彼の目の前にあったのは、巨大な闇の結晶だった。そしてそれは怪しくも黒紫の光を放ち、脈動していた。




