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第6話・初めての端午の節句

 正月が終わると、また退屈な日々が戻ってきた。

 次の行事はなんだ? 

 娯楽が満足にない暮らしをしてると、自然と年中行事が楽しみになる。昔の人はこんな感じで暮らしていたんだ。


 二月の祈念祭が終わると「桃見をしよう」と軽皇子から誘われた。

 最近では軽皇子の誘いは絶対である。殿様もトヨも「皇族の方々と親しくするのは良いことだ」と歓迎している。まあ、普通に考えてそうかもしれない。

 軽皇子との付き合いもだいぶ慣れた。

 皇子の中では僕はたぶん「親友」になってると思う。他の人に対してはどうだか知らないけど、僕に対しては親切だし優しいし、親友扱いされても別に嫌じゃない。


 僕は新嘗祭以後、殿様の仕事に同行するようになった。私設秘書、というか、鞄持ちだ。

「仲郎も来年には神祇官になるだろうからな」

 と、殿様は言っていた。今から僕に仕事を覚えさせながら、同時に自分の後継者を世間にアピールしているのだとか。


「それって案外大事なことだぜ」

 そう言うのは子麻呂。

「知ってる? 今上天皇も、先の天皇が宮へ呼んで可愛がっていたから、みんなに注目されるようになったって」

「そうなんだ? 」

 ああ、窪田先生の得意そうな話。

「たくさんいる皇子の中で目立たなきゃ、いざ候補を上げるときに名前が出て来ないよ。とりあえず顔と名前をみんなに覚えてもらって、何かあったときに、そうだ、あの人がいるじゃないか、ってすぐに思い出されるようにするんだよ」

「へえ、なるほどね」

 軽いノリの男に見えるが子麻呂もなかなか考えている。飛鳥時代の男子、侮れぬ。

「でもいいよな、仲郎は将来決まってて。俺なんか、どうやっても出世できないし」


 僕はこの時代の序列をよく知らないが、佐伯氏はそれほど高い地位じゃないらしい。中臣氏は代々神祇祭司を司る家柄だから地位は安定しているが、お互い、どう転んでも大臣にはなれない家柄のようだ。


「でも、冠位十二階が……」

 あ、この時代でもそう呼ぶのか? 

「甘いぜ、仲郎。あんなの形式だけだぜ。そりゃ、上宮かみつのみや様がいた頃はそうだったかもしれないよ。でも今、実際には冠位を授けるの大臣だろ。昔からのしがらみと自分に都合のいい氏族しか、取り上げないんだぜ」

 上宮様とは聖徳太子のことらしい。「聖徳太子」というのは後世の人がつけた名前で、本当は厩戸皇子だと知っていたけど、この時代では上宮様と呼ばれている。


 窪田先生の説明を思い出した。

「冠位十二階というのはね」

「生まれが全てだったそれまでの世界を、実力主義に変えたのさ。大臣の子は大臣に、連の子は連、というのを、低い身分の人間でも実力次第で高い地位を得られるようになった。それが聖徳太子がやったことだよ。小野妹子なんて無名の人間が取り上げられた話は有名だろう? ただね、それは大臣には通用しない。大臣は天皇と共に冠位を授ける立場。だから、実際には身分の低い人間が大臣になるようなアメリカンドリームは殆どなかったんだ」


「ああ、そうか」

 現実はそういうことか。理想では、聖徳太子が描いた冠位十二階、実力主義にしてよかったように思えるが、大臣が都合のいいように自分のシンパだけを取り上げていたら、結局は変わらないということなのか。


「昔ながらの豪族は、なんだかんだ言ってもそれを受け入れてるからなあ。難しいよな」

 元々ある程度の地位にいるんだったら、そのままキープしたいのは当然かもしれない。下手に実力主義にして、地位を奪われる危険を冒すよりも。

「だからさ、お父上はちゃんと考えてるんだぜ、お前のこと。跡取りは仲郎だって認めさせてるんだ」

「ああ、ありがたい」


 殿様は、国子叔父のことを警戒してるのか。殿様は地位をキープしたい側の人間なんだけど、僕の父親的にはいい父親ってことだ。以前の僕だったら、親の敷いたレールの上を行くなんてまっぴら、と思っただろうけど、よくわからないこの世界では、子麻呂たちにはすまないけど安定を望む。

 


 そうこうしてるうちに夏が近付いてきた。この時代の夏とは五月上旬から八月上旬だ。旧暦だから、二十一世紀のカレンダーだと六月上旬から九月上旬くらい。よく「暦の上では夏」って言葉聞いたけど、それが暦の上でなくリアルに夏になる。

 五月になると端午の節句がある。もちろんゴールデン・ウイークはない。


 僕の母親の弟、馬飼叔父が訪ねてきた。

「仲郎も、行くのだろう? 端午の節句」

「端午の節句? 」

 ああ、こどもの日のことね。そんなに楽しみにすることなの? 食べ物か? 

「えっと、柏餅は好きです」

「柏餅? ああ、唐風の餅か」

 あれ? 柏餅ってこの時代にはまだなかったっけ? 

「さすが仲郎、大陸の菓子を知っているとは、博識だな」

「え、いや、その、聞きかじりで」

 やばい、気を付けないと予言者になってしまう。

「ちゃんと弓の練習はしているか? 天皇にお見せするいい機会だぞ」

 神職の中臣家と違って大伴家は武門の家柄らしい。よく知らないが、馬飼叔父もきっと腕に自信があるのだろう。


 どうやらこの時代の端午の節句は、二十一世紀のとはちょっと違うようだ。宮中行事のひとつで、男性は鹿狩り、女性は薬草摘み。会社の運動会とかレクリエーションみたいな感覚なのだろうか。仕事の一環だと思っている人もいたり、中には張り切ってる人もいる。日頃、外遊びをしない人々にとっては楽しいことらしい。


「我は好きではない」

 軽皇子は不参加を表明していた。

 軽皇子はスポーツは苦手そうだからな。プライドが高いから、自分のみっともない姿を見せたくないんだろう。


「普段近づけない綺麗な采女がいっぱいいるんだよ」

 そう言って浮かれているのは勝麻呂。

「そんなのより、思いっきり鹿狩りができるぜえ、楽しみ」

 と、若い網田。まだ少年っぽい。

「俺としては、采女ちゃんたちにカッコイイとこ見せたい」

 スポーツ得意系男子の子麻呂はむちゃくちゃ張り切っている。

 僕もこの日のためにこっそり乗馬と弓の練習をした。単に暇で他にやることがなかったからでもあるけれど、恥ずかしい姿を見せたくない。そのための努力だ。

 

 広々とした野原で、天皇や皇子たちや臣下の男たちが鹿狩りをする。まず、周りの人たちが鹿を追い立て、馬に乗った天皇や皇子が矢を射る。それが当たろうと外れようと、周りの人たちがその鹿を仕留めるお約束。後日、狩った獲物の塩漬け肉が人々に配られたりする。

 女性たちは野原を散歩しながら、のんびり薬草を摘む。

 みんな一生懸命やっているわけではない。男性も女性も、お互いの視線を気にしている。勝麻呂のように、目の保養を楽しむ人間は多い。

 普段、一般人は天皇や皇子の宮に仕える采女とは会うことはない。彼女らは宮から外に出ないし、一般人も宮の中に入れないからだ。僕が出入りを許されている軽皇子の宮にももちろん采女はいるし、たまに給仕を受けることもある。でも、全く話さないし、僕は特に興味はない。


 子麻呂たちとぶらぶら歩いていると、子麻呂が先の木陰にを顎で指した。

「あれ、見ろよ」

 数人の女性が立ち話をしている。

「あの、茜色の上着の、よくね? 」

 軽皇子の宮で見たことがある若い采女だ。

「へえ、子麻呂はあの手の女が好きなんだ? 」

 今まで気にしなかったが、こうして日の下で見ると美人だ。他の女性たちと比べても品があって秀でているように見える。

「ちょっと待って、あっち見て」

 勝麻呂が顔を向けた方を見ると、それを離れたところから馬に乗った蘇我入鹿が眺めている。

「あれ、あれ、あれえ? 」

「もしかして、鞍作臣も」

「おっと、子麻呂、鞍作臣と張り合うか? 」

「冗談はよせ。しかし、あんな女、妻にしたいよな。一生無理か。一度だけでもお願いできないことか」

「あはは。采女が、俺らなんて相手にしてくれないよお。皇子しか見てないもん」

 彼女が僕に気付いたみたいだ。扇で顔を半分隠しながら、目を伏せた。

「知り合い? 」

 勝麻呂は勘がいい。隠しても仕方がない。

「いや、軽皇子の宮で見かけたことがあるだけ」

「おいぃ。紹介してよ、俺に」

 と子麻呂。

「無理だ。見かけたことがあるだけで名前も知らないし。僕だって一度も話したことない」

「だよなー。俺が葛城皇子の舎人やってても、采女は皇子しか眼中ないからな」

「そうなの? お近付きになれそうなものなのに」

 と言う勝麻呂。

「そうそう、全然お近付きになれない。僕が軽皇子の宮に行っても、全く無視。僕は空気かっていうくらい、挨拶すらないんだよ」

「あはは、そんなもんだよな」

「俺、いつか生まれ変わったら、皇子になって美女の采女を大勢侍らせたいなあ」

「いつか生まれ変わったら……か。その夢叶うといいね」

「おい、今笑ったな、笑ったろ」

「いや、」

 本気で言ったんだけどね。転生したら美女の采女を大勢侍らす皇子とか。

「女は偉大だ。女がいない人生なんて、生きる意味がない」

 きっぱり言い切る子麻呂が、逆に清々しい。


 こんな風に他愛のないことで笑い合えて、のどかな人生、それもまたいいのかもしれない。

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