第29話・白雉(はくち)の儀
翌年、年明け早々に大伴長徳叔父が難波の屋敷にやってきた。
右大臣となった長徳叔父とは普段も宮殿で顔を合わせているが、わざわざ屋敷に来るのは久しぶりだ。
石川麻呂があのようなことになって以来、長徳叔父もどこか変わった。右大臣という地位になったこともあるけれど、それだけではない気がした。
長徳叔父に限らず群卿間の空気が変わったのだ。葛城皇子がその空気を支配している感じがした。
「聞いたか? 皇太子妃の蘇我造媛様が亡くなられたらしいぞ」
「え、蘇我造媛様、というと、石川麻呂様の……」
蘇我造媛というのは、葛城皇子の妃のひとりで、石川麻呂の娘であった。
石川麻呂の事件の直後、難波に届けられた石川麻呂らの首は、謀反人として淀川の大橋に晒された。それを見た媛は、ショックのあまりずっと心の病を患っていたのだ。当時、妊娠したばかりであった媛は、この正月に葛城皇子の息子を産んでいた。
「雪の中、凍った池に入水して、だとさ。やっと男の子が産まれたのに、な」
葛城皇子には身分が低い采女から生まれた男子がいるが、正式な後継となる男子がいなかった。本来なら身分の高い妃から後継の皇子が生まれて喜ぶべきところだ。
「お心は、やはり戻られなかったので? 」
「うむ、最後まで皇太子を恨んでいたとか。それでもお腹の子を産んだのは、さすが母親だ」
「……しかし、彼女はもっとお強い方と思っていた」
以前、葛城皇子と石川麻呂の娘との婚姻話の際、本来嫁ぐ予定だった石川麻呂の長女が他の男に横取りされ困っていたところ「だったら姉の代わりに自分が行く」と名乗り出た女性だ。
「わざとかもしれないな」
「え」
「皇太子に対する抗議のために、自分の命を犠牲にしたのかも、なんてな」
「そんな……」
「本来なら右大臣の娘が産んだ男子となれば、その男子を後嗣にするのだけれど、どうするんだろうな。皇太子は」
「その男子はどうしておられるので? 」
「生まれた子、建皇子は皇祖母尊の宮に引き取られたそうだよ。毎日可愛がっているという話だ。生まれてすぐに母親と死別し母親の顔も知らない赤子を不憫に思ったのだろうな」
「将来、その皇子が成長して自分の母や祖父の死の原因が父親だと知ったら、つらいですねえ」
後に石川麻呂は無実だったと証明するものが出てきて彼の名誉は回復されたが、失われた命は戻らない。今また、蘇我造媛も、生まれたばかりの男子と幼子を残し死んだ。
お悔やみを言いに葛城皇子の宮を訪ねたら、意外にも彼の顔は色艶が良かった。
「この度は、皇子のご心痛、如何ばかりか」
僕のお悔やみの挨拶を遮って、皇子は言った。
「そなたに聴かせたいものがある。野中何某が媛の死を悼む歌を作ってきたのだ。聴いてみよ、これ」
奥から琴を持った采女たちが現れた。
「な、なんですか」
二人の采女が静かに悲しげな音を鳴らし始めると、もう一人の采女が声を上げる。
「山川に 鴛鴦ふたつ居て 偶よく 偶へる妹を 誰か率にけむ
(やまかわに おしふたついて たぐいよく たぐへるいもを たれかいにけむ)」
ゆったりした口調で情感込めて歌い上げる。
意味は「山川に鴛鴦が二羽仲良く並んでいるように仲が良かった妻を、誰が連れ去ったのだろうか」といった感じだ。
葛城皇子は、聴きながら、目を閉じてうっすらと涙を滲ませている。
「本毎に 花は咲けども 何とかも 愛し妹が また咲き出来ぬ
(もとごとに はなはさけども なにとかも うくしいもが またさきてこぬ)」
こちらの意味は「一本毎に花は咲くのに、どうして愛しい妻という花は再び咲いてこないのだろうか」だ。
余韻を残して演奏が終わると、葛城皇子は言った。
「どうだ、いい歌だろう。我は聴く度に心が震える」
「ええ、お妃がいなくなって悲しみに暮れる皇子のお心をよく表している歌かと」
「そうだろう、我は何度もこの歌を聴いて涙している」
茶番だ。大方、褒美欲しさに歌を作って献上したのだろう。妃の死の原因を作ったのは皇子なのに、周りの皆もそう思っているだろうに、皇子の茶番に付き合っている。葛城皇子は妃の死を悲しんでいるのではない。『愛妻が死んでかわいそうな自分』を楽しんでいるんだ。
采女たちを下がらせると、葛城皇子は事務的な顔に戻って話を始めた。
「ところで、二月の儀式のことだが、叔父上にいつ打ち合わせに行けばいいか聞いておいてくれ」
「はい、わかりました」
天皇軽皇子は、完成間近の難波長柄豊崎宮のお披露目と大化の改新の第一段階完了の宣言を兼ね、二月に儀式を大々的に行なうことにした。
宮の内裏は既に完成し、軽皇子はそこに住んでいる。
「白雉が欲しい」
僕を宮へ呼んだ軽皇子は、おねだりするような目で僕を見た。
「ふぁい? 」
「白雉というのを知っているか、鎌子。何でも聖人君子が世を治めていると現れる鳥だそうじゃ」
「ええ、聞いたことがございます」
「欲しいのぉ。二月の儀式に、白雉が欲しいのぉ」
えええ〜。まったくわがままなんだから、この人は。
「わかりました。用意いたしましょう」
ああ、もう、ただでさえ儀式の準備で忙しいのに余計な仕事を増やしやがって。
それから七日ほど経って、僕が長柄豊崎宮にいる軽皇子に呼ばれると、国博士や文化人が勢揃いしていた。
「おお、鎌子、良いところに来た。今日、白雉が献上されたのじゃ。十五日の儀式に皆に見せよう」
ふう、儀式に間に合ったか。
献上されたのじゃ、じゃないだろ。僕が必死で手蔓を使って国中探させていたんだから。
「白雉は、徳を積んだ王が正しく世を治めるときに現れると聞きます。とても目出度きことにございます」
と旻法師は言った。
他の者たちも口々に同様のことを言った。
「祥瑞にございます」
「天が白雉を送り王を褒め称えているのです」
うわ、何、この人たち、空々しい。
「なんと良きことじゃ。これを記念し、十五日の儀式を白雉の儀と名付けよう。そして改元してこの年を白雉元年としよう」
軽皇子は弾んだ声で言った。
思い出したよ。この人、こういうこと嫌いじゃないんだった。
その後、儀式の確認のために庭を回っていると、百済王子豊璋にばったり会った。
「これは、豊璋王子」
「きれいな庭なので、少し散歩しようかと思いまして。この度は、白雉探し、ご苦労様でした」
豊璋は僕より年下なのだが、いつも、どこか上から目線で話してくる。日本語が下手とかそういうのとは違う。王子だからか?
「ご存じでしたか」
「ええ。内臣も振り回されて大変ですね」
「なんとか儀式に間に合ってよかったです」
「こちらは立派な庭ですね。まるで唐国の宮殿のような、陛下は、本当に唐風がお好きなんですね」
唐の猿真似って言いたいのかな。
「私は百済も唐も、話を聞くばかりで行ったことがございませんが、王子の国、百済の王宮はどのようなものなのでしょう。唐風とはまた違うのでしょうね。いつか、王子に百済の王宮を案内していただきたいものですな」
軽く嫌味を言ってみた。こいつは百済の王から迫害され、もう国に帰ることはないのだから。
「百済は美しい国です。私が王位についたら、内臣もご招待しましょう」
「それは楽しみです」
王位につけたら、な。
「では、また儀式の日に」
人には相性というものがある。初対面から打ち解けられる人間、何度話しても親しくなれない人間。
例えば佐伯子麻呂。初めて話した時から幼馴染みたいな親しみを感じた。石川麻呂も親戚のおじさんのようだった。
それと反対なのがこの百済王子の豊璋。特に悪い人間ではないし、言い争いもしたことがない。会えば普通に話すのだが、僕の本能が囁く。「この人間を信じるな」と。なぜなのかわからないが、豊璋が葛城皇子に近付くのは嫌な気がする。嫉妬とかそういう感情とは別に。
十五日の朝、僕も新調した礼服と冠を着ける。大化の改新で僕がもらった薄紫色だ。
真っ白な丈の長いパンツに丈の長い薄紫色のジャケットを羽織り、鮮やかな帯で留める。全身を映す鏡がないから何となくだけど、かっこいいんじゃないか。
「おお、殿様はほんに薄紫色がよくお似合いで、他の誰よりも立派にございます」
着付けをしていた小間使いたちが声をそろえて言う。
僕もそう思う。大臣の濃い紫色より上品で、自分で言うのもなんだけど、僕の気品の高さを際立たせるのだ。むふふ。
そして「白雉の儀」は、大層豪華だった。即位の儀より派手だったんじゃないだろうか。
即位の儀は血生臭い事件の後の即位だったこともあり、準備も万端ではなかった。軽皇子は不満に思っていたのだろう。これくらいは許してやるか。
大きな門にまっすぐの大路、左右の朝堂に広い朝庭、その先には回廊に囲まれ松や桃の植えられた中庭と真新しい大極殿と内裏、これぞまさに改新の成果を表すようだ。
大路の左右に儀仗兵が整列している中、輿に乗せられた白雉が大臣たちの手によって運ばれる。オリンピックの聖火リレーのように、途中で別の人間に引き継がれ、最終的に大極殿の高御座に座す天皇の御前に捧げられる。天皇は皇太子と共に、まるで黄金の宝のように白雉を手にとって眺める。
何やってんの。たかが雉一羽のために大袈裟な。
と思っても決して口に出してはならない。
軽皇子は結構、仰々しい儀式が好きなのだ。今回は特に、海外の大使も招待し天皇の権威を内外に示す儀式でもあるから仕方がない。
左大臣巨勢臣が群卿代表で挨拶をする。
「陛下が徳を持って天下を平らに治めておられますため、このように、白雉が現れました。今後も、私共、公卿、百官、諸々の百姓らは、千代萬世に陛下に忠誠を以ってお仕えいたします」
満足そうに挨拶を受ける軽皇子が宣言する。
「白雉が現れたのは、皆が改新の制度を受け遵ってきた成果である。これからも清き心で神々を敬い、天下を栄えしめよ。これをもって、白雉元年と改元する」
その後に振る舞われた宴も豪奢を極めていた。
春先だというのに、どこから取り寄せたのか多くの野菜、焼き海老、干し鮑、蓮の実入り粽飯など縁起がいい食べ物に、鹿肉の焼き物、猪汁などが膳いっぱいに並べられている。
「正月のようだ、目出度いことよ」
豪族たちは皆、酒と食事を楽しんでいた。
その夜の軽皇子は、今までに見たことがないほどの上機嫌だった。
「やっとこれで天皇になったという実感が湧いた」
「見たか、あの庭に並ぶ兵の列を」
「唐の宮殿にも劣らぬだろう、のう、鎌子よ」
「舞姫たちも美しかった。皆、大いに楽しんでいたようじゃ」
「松の木も美しい枝振りじゃったな。良い香りがしていた」
「ああ、こんな晴れ晴れとした気持ちは今までにない」
僕が相槌を打つ間もなく、軽皇子はひとりではしゃいでいた。
よかった。こんなに楽しそうで、本当によかった。僕も報われた気がした。
やがて難波長柄豊崎宮の全てが完成した。省官庁や寮、左右の楼も全てできた。広い内裏には、天皇の宮の他に有間皇子が住む宮、皇后の中宮、妃が住む宮もあり、どの部屋からも窓から美しい庭の木々や四季折々の風景が見えるようになっている。
僕専用の宿泊するための部屋も作られた。これで「日も暮れたので帰ります」の言い訳ができなくなった。
豪華な宮もいいけれど、僕は飛鳥京の「スナック鎌足」でだべっていたあの頃も好きだった。
今はもう石川麻呂はいないし、馬飼叔父も宮の完成を待たずに病気で死んだ。僕は友達とも気軽に政治の話をできない地位になっている。安定した地位と引き換えに、僕は気楽な暮らしを失ったのかもしれない。
ああ、諸行無常。




