第26話・難波での生活
軽皇子は万事思い通りにいって、天皇としての暮らしを楽しんでいた。
「次はどんな制度を作ろうか、のう、鎌子」
「まだ、制度が浸透しておりません。矢継ぎ早に制度を作っては、民がついてこれませんよ」
「うむ、うむ、そうじゃな」
軽皇子は僕の助言を素直に聞く。可愛いヤツ。五十近いオッサンだけど。
神祇もまじめに祀るようになった。
最初は面倒臭がっていたが、石川麻呂が「神祇祭祀は陛下が神に近い特別な存在だと知らしめる、大切な行事にございます。一般の民にはできぬ、天皇だけができる行為なのです」と言ったら積極的にやるようになった。特別感に弱いタイプだ。
最近ではなんとなく天皇と皇太子の役割の棲み分けができている気がする。
軽皇子は文官を重んじ、葛城皇子は武官を重用する。
元々、軽皇子は身体的なコンプレックスのこともあって文系男子だ。男子じゃなくて五十近いオッサンだけど。
僕や、国博士の旻法師と高向玄理と、本当に楽しそうに話す。時には左右大臣も交えて、食事しながら大陸文化や歴史談義に花を咲かせることもある。
「中華戦国時代の戦国四君、誰を一番家臣にしたいと思うか」
ある時、午前中の仕事を終えて、僕と旻法師と高向玄理との昼食の席で、軽皇子が僕らに問いかけた。
司馬遷によって編纂された歴史書「太史公書」いわゆる「史記」を読んでいることが前提の問いかけである。「読んだことがあるか」ではなく、読んでるのを当然として問いかけるあたりが上流階級の会話だ。僕は、この世界に転生してすぐ、チート能力を使って全巻読破しているが。
「そうですね、宰相と国を任せるなら、私はやはり孟嘗君でしょうか」
玄理が言う。
「柔軟な発想と知略を用いる才覚は並ならぬと思います。また有能な人材を見極め使いこなすのも重要なこと。欠点もそれなりにあったようですが、宰相としての能力は高いのではないでしょうか」
「しかし信陵君の人柄は捨てがたいかと」
と旻法師。
「拙僧なら信陵君を選びますな。能力も人柄も申し分なく大きな人物でしょう」
僕も言ってみる。
「戦国四君と言われますが、私は、無理矢理四人にした気がするのですよ。平原君は他の三人と比べると劣るのではないでしょうか」
「うむ、それは我も同意する。孟嘗君といえば、函谷関。そち等は行ったことがあるか? 」
軽皇子が旻法師と玄理に問う。
二人とも首を横に振った。
「いいえ、私も行ってみたいと思ったのですが、今ある函谷関は孟嘗君の通ったものではないのだそうですよ。新しい街道が作られてからは関も違う場所に作られたとかで」
「拙僧も長安からほとんど出ませんでしたから」
「噂に聞く高い岩壁を、見てみたいものです。どのような風景でしょうか」
「函谷関もですが、私は万里の長城をいつか見たいと思っております」
「ほお、北方の防衛で作られたという、石垣の長城ですか」
「高向臣はこれまで長い間、唐に行かれていたのに、まだ旅をしたいと」
「ええ、見知らぬ土地で見知らぬ人と知り合えて、楽しく感じます」
「我は旅はあまり好きではない。
『家ならば 妹が手まかむ草枕 旅に臥やせる この旅人あはれ』
(家にいたなら妻が手枕をしてくれるだろうに、道端で亡くなってしまったこの旅人はかわいそうなことだ)」
「上宮様の歌ですね。道端で行き倒れになっている旅人の姿を見て詠んだという」
「うむ。我はこの歌を知ってから旅は恐ろしいものだと思ってるのじゃ。この旅人のようになりたくない」
「ホホ、陛下が旅先で行き倒れになぞ、なるわけがありませんに」
「陛下はよく古い歌をご存知ですね」
「我は歌を作るのが好きでな、古い歌を踏まえて作るのもまた一興なのじゃ。高向臣は」
「私はどちらかというと漢詩のほうが得意でしょうか。彼の地の暮らしが長かったもので」
「鎌子はどうじゃ」
「恥ずかしながら、私は歌というものが不得手です。自分の気持ちをどのように言葉にしていいものやらわかりませぬ」
「おや、内臣にも不得意がありましたか。なんでもできる方だと思っておりました」
「お恥ずかしいことです。歌と女性の扱いは大の苦手でして」
「苦手があるとは、内臣も私と同じ人間なのだと安心いたしました、いや、失礼」
「我はいずれ歌会を開こうと思うぞ。鎌子には悪いが、勉強するが良い」
「困りましたな」
「ホホホ」
ハイソな会話、カッコいい、僕。
こんなふうに笑い合える日々が、穏やかな生活が心地いい。平和な世が来てよかったと思う。
この数年間、僕も緊張の連続だったが、これでやっと落ち着いた。しばらくのんびりして、それから有間皇子を天皇にする作戦を考えよう。
そんなある日、葛城皇子の宮が放火された。本殿にこそ燃え広がらなかったが、門は焼け落ち、葛城皇子は激怒した。
葛城皇子は僕を宮へ呼ぶなり、苛立って言った。
「改革に対する反対の意思表示だと、皆が言っておる」
この改革で諸々の制度を改めた。例えば、古来の階級を廃止して百官制度を導入し「冠位十二階」も変更した。
これは、従来の制度では僕を大臣にできず紫冠を与えられないことを軽皇子が苦にして「ならば制度を変更しよう」と言い出したことが発端なのだが、僕は、冠位はどうかわからないが、新階級制度の導入は国家体制を作る上では良いことだと思った。
ただ、旧体制を維持したい側からは反対された。でも僕らは、請安先生の言葉を思い出して、改革を断行したのだ。
「人々の反対は承知の上です。文句を言う者たちもいずれは慣れましょう。請安先生も言っておられました」
「では、右大臣をどう思う」
僕は葛城皇子の真意を測り兼ね、慎重に答えた。
「良い御人だと思います」
この改革の協力者であり、右大臣となった石川麻呂は、娘の一人を軽皇子の妻に、もう一人を葛城皇子に娶らせ婚姻関係を結んでいる。葛城皇子には二人の女子が生まれている。いずれそれらの娘が皇子を産むことがあったら、次世代の有力な天皇候補となろう。
「……」
「何か? 」
「蘇我馬子も毛人も娘が産んだ皇子を天皇の妃にすることで権力を増大させた」
「皇子のお妃のことを考えておられるのですね。確かにそうですが、右大臣はそのような御人ではないと存じます」
「人は権力を手に入れると変わる」
「右大臣は忠義を尽くしておられます」
「だが、右大臣は新しい冠を被ろうとしないではないか。本来なら先頭に立って対応しなければならない立場だというのに」
「人民は急激な変化を嫌います。右大臣ですら抵抗がある、ということを見せた上で、最終的には従う、という形を見せ皆も倣わせるおつもりと思います。ご懸念はわかりますが、右大臣をお信じなさいますよう」
「叔父上と気脈を通じて我を陥れようと考えているのではないか」
ギク。バレたか?
僕は、改革への不満が葛城皇子に向かうよう、しむけてる。
軽皇子たちには一切言ってないことだが、僕はこっそり変装して市へ行き、改革に対する不満を口にしている一般人相手に、世間話をしながら「皇太子が強引に進めたらしい」説を広めている。
「考えすぎでございます」
「我は信じぬ。そなた以外の者は誰も信じられぬ」
バレてない。
「ならば、私をお信じください。右大臣は陛下にも葛城皇子にも忠節を尽くす御人です」
「ふうん……。そなたがそう言うのなら」
皇子は不服そうだったが、とりあえず納得した。
その直後、僕は軽皇子に呼ばれた。
軽皇子は深刻な顔をして言った。
「最近の皇太子を見ていると我は不安で仕方がないのじゃ」
「我の考えすぎなのか、のぉ、鎌子。我は息子の先行きを思うと不安でたまらなくなる。今のうちに皇太子を何とかしたほうがいいのだろうか」
僕らは元々、蘇我毛人、入鹿父子を滅ぼすために葛城皇子を利用するつもりだった。葛城皇子は同母妹と禁断の関係を持ち、自らの手で人を殺め、天皇となるには厳しくなった。だが、僕らは彼を切り捨てるつもりだったから構わなかった。この先、僕らが何もしなくても、葛城皇子の即位はおそらく許されまい。そう思っていた。
だが、葛城皇子は自分で近衛兵を動かし、僕らの思惑から外れていく。それまでのしきたりを力で変えていこうとしているのかもしれない。
「我ももう五十歳を超えた。あとどれだけこの地位にいられるか」
この先、葛城皇子が天皇となって自分の息子に皇位を継承したいと思ったなら、有間皇子の存在は邪魔だと考えるだろう。古人大兄の件を思い出せば、軽皇子が懸念を抱くのは当然である。
「お身体に気を遣って長生きなさいませ。それが一番にございます」
そう、軽皇子が長生きしてその間に葛城皇子が死んでくれれば、いいのだ。
「鎌子、そなたが我を天皇にしてくれたように、何か妙策を考えてくれまいか」
「わかりました。改革がひと段落したら、何か策を考えてみましょう」
僕も、いずれ葛城皇子を何とかしたいとは思っている。
でも、それは今じゃない。
改革途中でまたゴタゴタしては、改革も進めなくなる。まずは改革を成し遂げ、新政府を安定させることが先決だ。葛城皇子の件はその後に考える。




