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第329話『範囲』

言葉は力を持つ。

でも、言葉を紡ぐ者の心には限界があり、意識できる範囲はいつも狭い。

この物語は、見えている世界と心の内側にある影の狭間をそっと覗く記録である。


本堂に、静かな読経の声が満ちている。

龍賢はいつも通りの調子で、経を詠む。


声は外界を包むように流れ、

一文字一文字に、意味があるはずだった。

でも、心の奥のどこかで、何かが止まった。


――この経は、誰のため?


その問いは、声に出さずとも、

空気の粒子に触れるかのように、体の中に落ちた。

手は動いている。

声も、節を外さずに出ている。

けれども、

その動きに心は追いつかない。

読経のリズムに乗って、意識は薄くなり、

一つ一つの音が意味を失っていく。


誰かを救うための言葉のはずが、自分の胸の内で、勝手に選別されていく。


守るべき人、

切り捨てていい人、

必要のない存在――


頭で理解しても、声は止まらない。

でも、その意味を知った瞬間、

龍賢の胸の奥で、静かに崩れていく。

怒りも、焦りも、恐怖もない。

ただ、世界が自分の掌の上で削られていく感覚だけが残る。


風も音も、光も影も、何も関係ない。

ただ、経の一つ一つの音に、

自分の限界が映る。

龍賢は息を整え、目を閉じる。

崩れる心の奥で、ひっそりと、

誰かを選ぶ自分の影が揺れた。

そして、声は途切れず、


経は続く。


外界に届く声は変わらない。

でも、内側の世界は、

もう少しずつ、静かに崩れている。



声は外に届き、経は途切れず続く。

しかし、心の内側では静かに限界が削られ、世界の重さが映し出される。

目に見えない崩壊を感じながら、それでも行為は続く——

人は、自らの範囲と責任を抱えながら生きていく。

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