第1話 不戦勝
遅れてすみません。今日はあともう一話投稿します。
私の名前は愛本叶多。高校二年生。
今、ちょっとした自己嫌悪に陥っている。
……結人先輩も、当たり前だけど一人の人間なのだ。
モテるって言うステータスだけでできてる、女の子にとって都合いい存在じゃない。モテるからって、簡単に恋ができる訳じゃない。先輩だって悩んでいるのだ。
私は、そんな先輩の気持ちを考えようとしたことなんて、なかった。
そればかりか、勝手に疑ったりして……。
でも、これからはもう違う。
もう、怖がってばかりじゃダメだ。もっと先輩のことが、知りたい。
先輩も、今だって怖いはず。だからまずは、こっちから受け入れる態度を示さないといけない。
自分が思っていることを、少しずつ口に出して伝えていきたい。
そして、向こうが思っていることも、ちゃんと、言葉にして教えてほしい。
そうしないと、信頼関係なんて築けないんだから……これは、私の経験からもわかる。
――まあ、あれは例外って言うか、絶対普通の恋愛とは違うけど。
そんな風に昔のことが一瞬頭をよぎっても、もうあまり具体的に思い出さないで済むようになってきた。
――大事なのは、今。
本当に、私って強くなったな、って思う。
今だったら、なんだってできる気がする。
先輩が前に踏み出せるように、むしろ私の方が助けてリードしてあげられる、かもしれない。
今までの彼女さんたちと、何がうまく行かなかったのかは、よくわからない。
相性とか、いろいろあったんだろう。
本当は好きじゃなかった、って後から気づくみたいな、簡単な話じゃないはずだ。
なんか違う、というのか。
本当に、これが運命なのかな――きっと私たちはお互いに、そういう迷いにつきまとわれてる同士なのだ。
でも、私はもう、運とか相性なんかのせいにしたくない。自分の恋の責任は、自分にあるんだから。幸せな結末は、自分の力で勝ち取らなくちゃ。
私の覚悟は、決まった。
――結人先輩の不安なんて、私が消し飛ばしてやる。
私がどれだけ本気か、見せてやるんだ。それで、もっと私のこと好きにさせてやるから。
自分の気持ちを、自分の言葉できちんと表さないと。
拙いかもしれないし、逆にわざとらしいと思われて、煙たがれちゃうかも知れないけれど。
それでも――曖昧にしちゃだめだ。
自分では戦わないプリンセスのままじゃ、いられない。
そのままだと――絶対に、後悔する。
もう、後悔するのは嫌だ。
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――なんて、決心を新たにした次の日の、放課後。
その日はバレー部の練習があった。
正直うちの学校は、部活でやる気がある人とない人は半々くらいだ――でも、一部の先輩たちの統率力のおかげで、それなりにやっている。
今年は関東大会も夏季大会も、思った通りに戦績は上がらなかったけど……やっぱり、匂色先輩がいないから、って気がする。
……………………そう、その匂色先輩が今、目の前にいる。
…………まずいよね、これ。
まずいし……気まずい。
向こうもなんだか、目を合わせないようにしてくれている気がする。
――多分これ、バレてるわ。
バレていないわけがない。
結人先輩の取り巻き……じゃなくて友達が結構、『新しい彼女』のことを話のタネにして先輩をイジってるらしいし。裏掲示板の彼女たちの情報網は優秀だし。
いざ決意を新たにしたところなのに、しょっぱなからいきなりハードルが高い試練がやってきた。
いや、半ば予想できたことではあったんだけど。
これは……かなりきつい。なにせ、相手が悪すぎる。
だから今日は、できる限り会話しないように努めようとしてた。
……でもまあそれも、無駄なあがきでしかない訳で。
休憩に入ると、匂色先輩はさりげなくすっと、私のそばにやってきた。
しかも、周りに他の人がいないことをきちんと確認されている。
まさかそんなさりげなく来るとは思ってなかったから、私は油断して普通にミネラルウォーターをグビグビしていた。
その途中で横眼であのすらっとしたシルエットを捉えたものだから、いかにも不意を突かれた、みたいなわかりやすいリアクションを取ってしまった。
「んぐぅっ!?」
「お疲れさま――って、え?」
「げぼ、げほぉっ、ゔぇっほぉ!」
つい、女の子としてあり得ないむせ方をしてしまった。
「……大丈夫かな?」
匂色先輩は静かに問いかけてくる。
「うぅえぇ……すいません、恥ずかしい……。」
――って、違うでしょ。
律儀に謝ってる場合じゃない。完全に舐められたでしょこれ……最悪。
「あー、その顔久しぶりに見たなぁ……叶多ちゃんって恥ずかしがってる時、笑わないのに、ただほっぺが赤くなるんだよね、真顔で。」
「…………。」
「かわいいね。」
「…………。」
「……私と話すの、嫌?」
「……え?」
「もしかして私のこと、恋敵だと思ってる?」
「い……。」
――い、いや……そんな言い方されたら……そんな寂しそうに言われたら。
しかも、思っていたよりストレートに来た。
なんだか、毒気を抜かれてしまう。
「うん。そうだよね、まあ、こう言うのってやっぱ気まずいよね……何かごめんね。」
「いや、そんなこと、ないです……。」
――いや、何で慰めようとしてるんだ私。
なんだか匂色先輩は、「絶対悲しませたくない」と思わせるような雰囲気がある。
いつもしっかりしているけれど、どこか寂し気な感じもするというか……だからみんな、先輩のために練習を頑張る気になるのだ。
……その感じが、恋の方面でも発揮されたりしたんだろうか。
和解できそうな雰囲気にありながら、私はまたそんなことを邪推してしまう。
それに、匂色先輩は美人だし、肌も透き通っててきれいだし。プロポーションもいいし。今はユニフォームだから露出度も高いし、余計に強調されて……今はそれどころじゃない。
「――座ろ?」
「あ……あ、はい。」
何となく言われるがままに腰を下ろすと、先輩も自然に私の隣に座った――ちょ、ちょっと待って……。
先輩はぽそっと言う。
「私のことは――あんまり気にしなくていいよ。私はもう、なんていうか……負けた人だから。」
「……………………。」
先輩はどこか遠くを見るような目をする。
「まあ、一生懸命頑張ったつもりでも……相手に伝わらないと意味ないもんね。やっぱり、私の誠意が足りなかったのかな……。」
「せん、ぱい……?」
「何気ない言葉とか、ちょっとたまたま冷たい態度とか……そういう些細なことの積み重ねでも、きっと結人を傷つけてたんだと思う。それでなんかこじれちゃって……そしたらもう、なんていうか……恋人失格、かなって思って。」
とつぜん、語りが始まってしまった。
こんなの、全然先輩らしくなかった――明らかに、異常事態だった。
「なのに別れた後でも、まだやり直せるんじゃないかって勝手に思ってたんだよねえ。……きっかけさえあればまた、って。都合良い妄想ばっかりしてて。駄目だよね、ほんとに。」
私は聞いてしまいたくなった。
――先輩、それは、わざとやってるんですか。
「でも、今はもうあきらめられた。」
先輩はほほ笑む。
「叶多、ありがとね。結人と付き合ってくれて。」
「え……。」
「私が言うのも変だけどさ。結人は寂しがり屋だから。好きって言われたら、自分も相手のこと好きなんだって思いこんじゃうんだと思う。私が結人に告白して、それで付き合い始めたんだ。……でも、」
先輩は声を詰まらせる。
「でも――違った。私は…………結人と一緒にいるのは、無理だった……。」
やめて。
泣かないでよ。
そんなことすべきじゃないってわかってるのに――謝りたくなるじゃないか。
でも同時に、匂色先輩は私が謝ることを許さない、って言う感じもする。だから、言えない。ただただ、罪悪感だけを感じさせられる――
わかってるんだ。
この人は、わざとやってるわけじゃないんだって。
匂色先輩は私と違って、真面目で、正直で、すごく自分の気持ちに素直な人だ。だから、今も自分の気持ちを正直に打ち明けて――堂々と、敗北を宣言してるんだろう。
ただ、勝者だと言われているはずの私が、それに耐えられないだけだ。
だから、どの道――悪いのは私か。
――また私は、こういう役回りになるんだ。
私は欲張りで意地悪で自分勝手な奴だ、だから心がきれいでまっすぐな人たちを傷つけるんだ
――そんな風に、罪悪感を感じさせられる。
「――先輩、」
「これからもさ、」
「え?」
「――結人のこと、よろしくね。」
……先輩は、目の端を光らせながら、笑っていた。
「……………………。」
練習再開の号令がかかる。
先輩は涙をぬぐって、いつもの『部活の先輩』に戻った。
……そしてその次の日からまた、練習には来なくなった。