白銀者の帰還12
『た、隊長!!』
爆発した指揮官機と、敵機を残りの部隊員は捉えていた。軽く振られた右腕。その指先から伸びたオレンジ色のエネルギーは、容易くアステロイドの装甲を両断した。
『撃て! 撃ち続けて、奴に攻撃の隙を与えるな!!』
隊員の誰かが告げて、再び4機の【ヴルム】による一斉射撃が漆黒の機体に見舞われる。
しかし、全てが機体に直撃する前に溶滅していく。戦闘において実弾が主流の世界だ。ソレが、全く聞かない敵は今までの“アグレッサー”には現れなかった。
もしかすれば『セブンス』は対峙したことがあるかもしれないが、今この場で……対峙する侵略者を止める武装は無い。
それでも、せめて市民たちが避難するまでの時間は稼がなくては!
『全くもって……愚かだ』
漆黒の機体は右腕を地面に突き立てる。すると弾幕が止んだ。【ヴルム】達の射撃武装の連射限界を迎えたのだ。
引っ張り出す様に右腕部を持ち上げると、地面から引きずり出されるように武装が作り出された。巨大な槍のような原始的な武装。そして、先端に熱エネルギーが凝縮していく。
『このような武装もコントロール出来ない。命の物差しを……最も知らない愚弄者共――』
右腕部で装備する武装を今この場で創り出したていた。あまりに非常識な光景に、【ヴルム】小隊は唖然としていた。
そして、槍の先端から丸い球体となった熱エネルギーが放たれる。
直径20メートルほどの熱体は、人の反応できない速度で通過。射線上にあった、瓦礫を、道路を、人の文明を円形に溶滅しながら抉っていた。
『……え?』
そして、【ヴルムIII】の一機も、中の搭乗者ごと、機体の半分を抉る様に溶滅させていた。
爆発。自分たちの知る戦場とはあまりにも、かけ離れた非常識の連続に、抉られた【ヴルムIII】の搭乗者は爆散するまで何が起こったのか解らなかった。
『う、うぉぉぉ!! てめぇぇ!!』
仲間がやられた事に、怒りをあらわにした【ヴルムIII】小隊は、呆けから立ち直った。一斉に火器を撃ち、更には腰に装備していたロケットも撃つ。持てる火力全てを全機が漆黒の機体に見舞う。
だが、その怒りは、一瞬で踏み込んできた漆黒の機体の、槍でコアを貫かれた事によって途絶えた。そして、3000℃の熱が槍から機体に伝わり、沸騰する様に装甲の鋼鉄が泡立つと貫かれた【ヴルムIII】爆発する。
攻撃は効かない。攻撃も防げない。武装を自由に作り出す。全ての攻撃が一撃必殺。
完全に【ヴルムIII】小隊は、戦意を折られていた。
“グラウンドゼロ”――あの時に対峙した敵は、少なくとも、こちらの攻撃が効く相手だった。防ぐことも出来た。だが、今回の敵は、あまりにも絶望的だ。
勝ち目はない。こんなものが……俺達の……人類の相手なのか……
スッと次の獲物を定めた漆黒の機体の槍の矛先を向けられた。
『――う、うわぁぁ!!』
残りの二機は逃げ出す。人の取る防衛本能は、圧倒的な“恐怖”を前に容易く折れてしまう。護るべきモノは何よりも自らの命であると――
『抗う者が逃亡とは――』
そんな逃走を始めた【ヴルムIII】機達に槍を地面に突き立てて、右腕部のオレンジ色の爪を展開し、横に一度薙ぐ。
爪の数は三本。残った【ヴルムIII】は三機とも、横に三つの鉄片となって輪切りにされ、コアも溶断さていた。そして、残った脚部のローラーだけが走り、瓦礫にぶつかってこける。
『責務を果たしたまえ』
交戦して僅か10分で、【ヴルムIII】の小隊は全滅した。すると、次のステッフに進む様に漆黒の機体の全身の装甲が僅かに動いて開く。そして――
“死の音波”が放たれた。
アグレッサーの出現によって、復興最中のウォーターフォードより市民たちが一斉に非難していた。
軍や警察の誘導に従って、安全な場所へ移動しているその時だった。
子供の一人が、頭が痛いと訴えたのだ。その子の親は心配しつつ、近くの軍人に医者に診てもらいたいと駆け寄ったが、次の瞬間に、その親も激しい頭痛を引き起こした。
軍人も、避難している人たちも、立っている事が出来ない程の頭痛に襲われて、その場で呻き声をあげて蹲った。
Long Range Acoustic Device。通称LRADと呼ばれる長距離音響兵器である。
人の聴覚が許容する周波数範囲を大きく上回り、脳そのものに影響を与えるほどの殺人音波を発生させる。本来の用途は暴動鎮圧や、無血落城用を主として要いられる事が多い兵器だった。
しかし、ヘルメットなどの頭部に装備がある場合や、遮蔽物がある事で大きく効果が変化する事もあり、安定性にも欠ける事から、戦場での必要性は大きく損なわれた。今は、ある世代を機に、製造と発展は停止している産廃兵器だった。
だが今宵、アグレッサーの放った音波は、動物や草木には作用せず、人間だけが死亡する様に調整されている。
時間にして、生身で外に居るのであれば数秒で意識を失い、漆黒の機体全身から発する音波で脳と心臓が30分で停止する。音波の範囲は半径10キロであり、漆黒の機体が都市を移動するだけで、ウォーターフォードの全ての人間が死に至るだろう。
「おいおい。なんじゃこりぁ――」
シゼンは、避難している大通りを通りかかったところだった。
復興や仮設住宅に住む者達が避難警告で一斉に移動しているのは聞いていた。だが、こうして呻き声を上げて動く事すら出来ない状況はよろしくない。
『LRADです。ある地点を中心に殺人音波が発生しています。範囲は半径10kmです』
「LRAD? 発生源は?」
『アグレッサーです。交戦していた【ヴルムIII】5機は全滅。モニターの記録映像から、敵の推定戦力は単機でもSを越えていると推測します』
「マジでか。『セブンス』って召集出来るっけ? 30分以内に」
『無理です』
「だよね」
“グラウンドゼロ”に匹敵する戦力を単機で保有する機体が現れた? 先の大戦で敗北したと判断して、本気で潰しに来たと言う事か?
シゼンは事の重要性を考えていた。先行部隊ではないだろう。それに確実にこっちを殲滅しにくるなら、拠点の一つでも作った後の方が良いに決まっている。
“グラウンドゼロ”の目的が拠点生成だったとすれば、この地に一体何がある?
「おっさんの言った通りに、【クライシス】の所に急いだ方が良いな」
この苦しんでいる人たちは申し訳ないが、今自分に出来る事はない。
『最短ルートを表示します。私の方でLRADと同音波を放出して相殺していますが、後30分も持ちません』
「いいよ別に。どの道、アレが1時間も動き回れる人間を放置するとは思えないし。あ、最短ルートは表示しろよ?」
シゼンは、沈黙していた漆黒の機体が動き出した様子を一瞥しながら、ウォーターフォード第六ステーションへ向かった。
漆黒の機体はLRADを発した瞬間、別の反応を捉えた。それは弱々しく、エネルギーが飛び交う戦いの最中では絶対に気が付かなかった反応である。
『……ここに居たのか――』
そして、その反応が在った第六ステーションへ歩を進め始める。
その一歩一歩は、人類の終わりを意味していた。唯一にして絶対の意志が、再び失われつつある証である。
人は抗う事を知っている。だが、それは抗える力があるからだ。圧倒的な存在……災害の前に、人は……なす術も無い。
今、この地で抗う事は出来ない。後に意志を持って死を行使する敵の測られた推定戦力はS。
推定戦力とは、今まで“アグレッサー”と戦って来た、サンクトゥスが測定して判断した、敵の戦力基準である。
Sは過去で二度しか確認されておらず、“グラウンドゼロ”も、その内の一つだった。
倒すどころか、止める事も不可能。何の弊害も無い歩みは、これから起こる世界への絶望を体現する。
『――――』
だが、それは一機の機体に阻まれた。
緑色の装甲を持つ、たった一機の【ヴルムIII】に――
イノセントの乗る【ヴルムIII】は基地から持って来た、【インゼル】の特殊兵装である一本の“黒刀”を目の前の災害に構える。
『……やろうぜ――』
人類が、決して諦めない意志を見せるように――




