白銀者の帰還13
敵機と対峙する十数分前、イノセントは基地から武装を受けとり、アグレッサーの元へ高速で向かっていた。
「爆発は1。基地から貰った機体信号によると……やられたのはカルメラ中佐の【ヴルムIII】か!」
敵と遭遇した【ヴルムIII】の小隊は、隊長であるカルメラ中佐が戦死した事で統率を失ってしまっている。
部隊は、連携を取る事で何よりも強靭な戦力となるが、隊の長を潰されれば脆弱な烏合の衆とも成り得る。
戦地から程遠いウォーターフォードの駐屯軍では、戦地から移動してきたカルメラ中佐以外は、実戦経験が殆ど無い素人の集まりなのだ。
今現在のウォーターフォードのアステロイド戦力は、戦場適応性Cの集まりであると、タフリールの報告書にはそう記載されていた。
“グラウンドゼロ”にて、多くのアステロイドと搭乗者を失った事も大きく影響しているのだろう。そして、戦地後と言う事で、その手の増員も殆どなかったらしい。
結果として、ウォーターフォードの現在の戦力は、“グラウンドゼロ”前の半分以下となっており、現在の状況は到底対処できない事態だった。
「ん? アイツは――」
急いでいた矢先に、レーダーの端に人の反応を捉えた。瓦礫の山を、自転車を抱えて越えようと登っている。今は避難が当たり前でサイレンも鳴っている。
一体、どこのマヌケだ? とモニターに映し拡大すると、白銀の髪が眼に入った。
「シゼン・オード……」
機体を止める。こんな事をしている場合ではないと言うのに、つい止まってしまった。
「ん? なぁ、ファラ。あの【ヴルムIII】、こっち見てね?」
瓦礫の頭頂部から少しだけ遠目に映っている、イノセントの乗る緑色の【ヴルムIII】を確認する。
『はい。【ヴルムIII】はこちらを目視しています。搭乗者はイノセント・ハーバー。数時間前にアナタを襲撃し、エイル・S・オードと共にいたタフリールの構成員です』
「やっぱそうか。て言うか、基地に寄ったんだ。オレの剣、背負ってるし」
シゼンは【ヴルムIII】の火器武装と、背に斜めに即席で固定された黒い抜身の刀を見て告げる。
『通信しますか? 繋げますが――』
「ちょいと話をしようか。つなげて」
『了解』
イノセントは、現段階でシゼンをどうこうするつもりは無かった。今は現れたアグレッサーの方が重要だ。再び操縦桿を握り、機体を発進させようとしたところで通信が入る。
相手は、シゼン・オードだった。
あの距離で……こちらに通信だと? 見た所、シゼンはアステロイドと通信する為の専用機器を持ち合わせていない。一体どうやって……
それらの手腕からも、少しだけ興味をひかれイノセントは回線をつなぐ。
「なんだ?」
『おっさん? その【ヴルムIII】っておっさんの機体?』
「そうだ。一体何の用だ? それよりもどうやってこちらに回線を繋いだ?」
『質問が多いね。オレの事興味津々? 悪いけど、オレは女の子しか興味な――』
「ふざけている間は無い。貴様から通信をしてきた以上、特に何も無いなら先を急がせてもらう」
通信を切ろうと手を伸ばす。
『その背中の武器、オレの何だけど?』
その言葉に、スイッチに伸ばした指が止まる。今、基地より受け取った武器の中でも、背に固定した武装は特殊なモノだと聞いていたからだ。
“グラウンドゼロ”にて、かの部隊――『セブンス』の一機が落した特殊兵装であるらしい。本来は回収したらサンクトゥスに返す予定だったらしいのだが、使っている『セブンス』の隊員が、現在は必要ないと言った事で、ウォーターフォードの基地に保管されていたのである。
そして現在は、緊急事態と言う事でイノセントが特別に借り入れたのだ。対アグレッサー戦に特化した『セブンス』の持っていた武器ならば、少なからず有効打を与えられると判断されての事である。
『種別は装甲両断刀。世界に10本も無い業物で名は『鳴月』。気を付けて扱ってね。落すだけで、【ヴルムIII】程度の装甲ならスッパリいっちゃうからサ』
基地の者でも、『セブンス』の武器、と言う情報しか無く、シゼンの角度からでは黒い柄しか見えない。使い慣れた武器であるが故に、一部分だけ見ても全体像を判断できる。つまり、彼は適当に言っているわけでは無い。
「なぜ……この装備の事を知っている? この武器は『セブンス』の隊員の物――」
『あれ? おっさんには言ってなかったっけ? オレ『セブンス』だよ。社会貢献は多いって言ったじゃん』
歳相当に笑顔を見せるシゼンの言葉は半信半疑だった。
「お前のような奴が『セブンス』だと……」
信じられない。本人でも、まともでないと認める人間が、『セブンス』として世界の最前線で戦っているとは――
『まともな精神じゃ無理な職場だからサ。オレみたいな奴じゃないとね』
「…………」
『今から、あのアグレッサーと戦りに行くんでしょ? ファラ。おっさんの【ヴルムIII】に調べたデータ送って』
と、ポーン、というデータ受信の様子がモニターに映る。ソレを開くと、基地でも把握していない敵のデータが表示された。
映像とデータによって素人でもわかりやすい様に解説が入っていた。これは、ついさっきの【ヴルムIII】小隊のモニター映像を編集したものである。
『敵は、3000℃の装甲で実弾を無効にしている。良い手だ。『イージスの盾』よりも絶望だよ。右腕も、センスが凄く良くて、ヒートクローを搭載している。サンクトゥスの技術者が見たら涎物の逸品だ。更に、武器の形成が出来るらしい。原始的な槍だけど、レーザーが撃てるし、熱も伝えられる。ロマンだらけの災害だよ』
基地でも知り得ない最新情報が淡々と表示されていた。そして最後に一言――
対峙せず逃げる事をお勧めします。
と書かれている。まるでイノセントに宛てられたメッセージの様に、忠告とも受け取れた。
「情報は感謝する。だが、俺は行かせてもらうぞ」
『死ぬよ? おっさん』
「貴様に言われると、説得力がある。だが、そんな戦場はいくつも戦って来た。今更退くような考えは浮かばん」
『なら、おっさんの【ヴルムIII】貸してよ。オレが戦う』
「なに?」
『だってオレ『セブンス』よ? アグレッサーは専門分野さ。おっさんよりは食い下がれると思う』
そこで、シゼンは決して、勝てる、とも、生き残れる、とも言わなかった。
『流石に、コレはチート過ぎるからね。せめて装甲の熱は何とかしたい。後の攻撃を通す為にも』
彼が考えているのは、ただ敵の性能を削る事だけだった。倒す事はまるで考えず、目の前で自分に出来る事だけを成し遂げようとする……その先の“生”など、まるで眼中に無い様に、死人の聲だった。
「…………悪いが、【ヴルムIII】は渡せん。俺の愛機なのでね。死ぬのも生きるのも共に在るつもりだ」
いくつもの戦地を駆けた自機――【ヴルムIII】を他人に任せるつもりは毛頭ない。
『おっさん、言わせてもらうけど。おっさんじゃ絶対に勝てないよ? アレは搭乗者の意気込みでどうにかなる敵じゃない。根本的に、性能差がありすぎるんだ』
「貴様らもそうだったのだろう? 『セブンス』は今まで、勝てないアグレッサーとも戦って来たんじゃないのか?」
『そうだけど、その時は仲間も居たし、後方支援もあった。なにより、絶対に勝てないと認識する敵でもなかった』
今まで、どれだけトンデモ性能のアグレッサーが現れても、必ず突破口となる“欠点”が存在したのだ。しかし、今回のアグレッサーは隙が無さすぎる。カナンが見れば何か気づいたかもしれないが、自分では何も思いつかない。
「戦いは相手を選んで戦うモノじゃない。引けない理由があるから、前に踏み出さなければならない」
と、イノセントは返しにシゼンに、あるデータを送った。
『? これって?』
「基地に【ヴルムIII】はもう無い。代わりにエイルが、ある機体の元に向かっている。お前が、『白銀の狂児』ではなく『セブンス』であるのなら、エイルを護って離脱しろ」
『おっさん……一つだけ間違ってるよ。オレは今でも『白銀の狂児』だ。ソレは幼いオレ自身が背負う、被害者たちからの憎しみでもある。けど、それでも、護りたい奴らが居るから『セブンス』でもある』
「……クソガキが。長生きしねぇぞ? お前は」
『おっさんもね』
イノセントは【ヴルムIII】を走らせた。ほんの少しだけ会話をしたにもかかわらず、過去に抱いた印象とはだいぶ違った彼に、エイルの言葉を思い出す。
「……知る事で、解り合える……か」
若者に教えてもらってばかりだな。イノセントは苦笑して死地へ向かった。
『どう思いますか?』
「ま、行くっしょ。デートの集合場所に、女の子を待たせるのは非常識だ」
当然の様にファラに言い返すと、イノセントから貰ったデータを見る。映像は無く、場所を書き記したウォーターフォードの簡易な平面地図だけだった。
向かうべき場所に赤くマークがついている。場所は――
「ウォーターフォード、第六ターミナルだな。最短ルートでナビゲートを頼むぞ」
『了解』
シゼンは自転車に跨ると、方向を変更し一気に瓦礫の山を走り降りた。




