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前編

つまり、こういうことは実際に起こり得る、ということですよ。


ええ。


あなたに申し上げているのです、敬愛なる国王陛下。


私は今でもよく覚えております。


二十五年前の卒業舞踏会で、陛下と王妃殿下が、皆の前でどれほど偉大な愛をお示しになったのか。


あの劇的な「真実の愛」は、その後、この国の貴族にも平民にも、それはそれは大きな影響を与えましたね。


いえ、いえ。


皮肉などではございません。


私はただ、真実の愛を讃えているだけですよ。


ですが、あの一件によって、少なくとも二人の人生が大きく変わった。


そうでしょう?


まず一人目は――陛下の元婚約者、キャサリン・ワット伯爵令嬢。


婚約を解消された彼女は、この国では珍しい、未婚の高位貴族令嬢となりました。


そのため、陛下の妹君――現在のワット侯爵夫人……いえ、もう「前」侯爵夫人でしたね。


彼女の代わりにヴァール帝国へ渡り、当時の皇帝陛下の第二皇后となって、あの広大な後宮を取り仕切ることになった。


ええ、皆様。


聞こえておりますよ。


ずいぶん楽しそうにざわめいていらっしゃいますね。


皆様も、あの有名な物語をご存じでしょう?


婚約者に捨てられ、祖国にまで見捨てられた一人の若い令嬢が、たった一人で遠い大帝国へ嫁いでいく。


そこで毒殺された第一皇后の後を継ぎ、父親ほども年の離れた、すでに髪も白くなり、しかも当時は一人の寵妃ばかりを可愛がっていた皇帝の妻となる――。


……なんと励みになる物語でしょう。


何です?


嫌味にしか聞こえない?


いえ、国王陛下。


私はただ、今や二つの国で、身分を問わず広く愛されている立身出世の物語をご紹介しただけです。


そもそも、私がお仕えする偉大なる「月の母」――ヴァール帝国皇太后キャサリン殿下という御方は、たかだか一つや二つの芝居で、その生涯を語り尽くせるような女性ではございませんから。


……あら。


王妃殿下、うっかりティーカップを倒してしまったのですか?


それはいけませんね。


この王国を治める王妃殿下のお身体ともなれば、何よりも優先してお世話するのが侍女たちの務めでしょうに。


どうして、まだ誰も片付けに来ないのでしょう?


お怪我をされた指の手当てをして、新しい温かいお茶をお持ちする者すらいないとは。


キャサリン殿下の宮廷でしたら、決してあり得ないことです。


そういえば、この王宮に到着した時から妙だとは思っていたのですよ。


宮中の使用人が、あまりにも少ない。


衛兵たちも、ずいぶん痩せているように見えますし。


王妃殿下がお召しのドレスも、五年前の外交晩餐会でお召しになっていたものですよね?


仕立て直した様子すらない。


国王陛下の袖口にあった、国章入りの宝石もすっかりなくなっておりますし。


最近の貴国では、質素な装いが流行しているのですか?


それとも、新しい倹約政策か何かでしょうか?


……おや、国王陛下。


どうして突然、腰の剣を抜かれたのですか?


私も護衛たちも、最新式の魔法鎧を身につけております。


危害を加えられそうになれば、自動的に防御術式が――


……あらまあ。


どうやら、その剣は本当に普段から飾りとしてしかお使いになっていないようですね。


長いこと手に取っていなかったせいで、重さまでお忘れになりましたか?


ご安心ください。


両国の友好のためにも、国王陛下がお転びになったところは見なかったことにいたしましょう。


復讐?


いいえ。


そのようなつもりはございませんよ。


何しろ、かつてこの国にいた頃の私は、ただの平民でした。


兄だって、たまたま信じられないほど運がよかったからこそ、当時ちょうど家が困窮していた王妃殿下と婚約できただけなのですから。


先ほども申し上げたでしょう?


私は復讐など考えておりません。


あの頃の出来事は、すべて私の家族の愚かさが招いたことなのです。


父は、あまりにも強欲でした。


王妃殿下のご実家が抱えていた莫大な借金を肩代わりし、もう一度暮らしていけるだけの資金まで用意した程度で、両家の婚約を求めるなど――なんと厚かましいことでしょう。


ですから最後に絞首台へ送られたのも、自業自得というものです。


母もまた、平民としての分をわきまえておりませんでした。


自分の息子の婚約者が、学園で王子殿下と堂々と連れ立っていると知ったからといって、王妃殿下の美しいお母様に抗議するなど、身の程知らずにもほどがあります。


そのせいでカーボン公爵の報復を受け、帰宅途中に馬車ごと襲撃され――


結局、私たちは埋葬できるほどまともな遺体すら見つけられませんでした。


……本当に、愚かですよね?


王妃殿下?


気を失われたのですか?


あら、申し訳ございません。


今や王妃にまでおなりなのですから、こうしたことはとっくに公然の秘密になっているものだと思っておりました。


王妃殿下のご実家は平民でしたが、お母様はカーボン公爵の愛妾。


そして王妃殿下ご自身も、公爵の庶子でいらっしゃる。


だからこそカーボン公爵をはじめとする諸家が、殿下と王子との結婚を後押しした――そうでしたよね?


これは失礼いたしました。


どうやら隣国で暮らしていた時間が長すぎて、私はすっかり貴国の事情に疎くなってしまったようです。


もっとも、兄に起きたことを考えれば、私がこの国へ戻りたがらなかったのも当然でしょう?


兄は詐欺罪と贈賄罪に問われ、大勢の民衆が見守る前で極刑に処されました。


処刑人は、まず兄の両手を切り落としました。


次に両足を。


しかも、わざわざ切り落としたそれらを、兄の目の前に並べたのです。


その後、腹を裂かれ、腸を引きずり出された時でさえ、兄はまだ生きていました。


泣きながら、何度も頼んでいましたよ。


早く殺してくれ、と。


……どうなさいました?


皆様、どうして吐いていらっしゃるのですか?


おかしいですね。


二十五年前、父と兄が処刑された時には、ここにいらっしゃる皆様の中にも、処刑場の周りに集まって、誰よりも大きな声を上げていた方が大勢いたと記憶しておりますが。


歓声を上げ、喝采し。


処刑人の手際が遅いと文句を言っていた方までいらっしゃいました。


たった二十五年ですよ?


皆様、ずいぶんお疲れ様でしたのですね。


その後、我が家の事業はすべて没収されました。


この国で最も裕福だった商会が、たった一夜ですべてを失ったのです。


後になって調べてみたところ、その事業と財産は、いわゆる「被害者」である王妃殿下のご実家と、いわゆる「告発者」であるカーボン公爵家へ分配されたそうですね?


王妃殿下のご実家は、分け与えられた財産をわずか数か月ですべて失ってしまったとか。


実に残念です。


今度は、私たちの家のような「邪悪な」者たちが、資金を補填し、商売を一から立て直して差し上げることもできませんでしたから。


いえ。


怒ってなどおりませんよ。


その後のカーボン公爵家に起きたことを考えれば――


……あら。


これは口にしてもよろしいのでしょうか?


これ以上、貴国の国王夫妻を転ばせたり、気絶させたりするのは、私も本意ではございません。


どうやら、言わないほうがよさそうですね。


ですが、経営の失敗に加えて外国商会の詐欺にまで遭い、領地の大半を手放さざるを得なくなり、とうとうこの宴席に顔を出すことすらできないほど困窮したカーボン公爵家を見るにつけ――


我が家がこの国を見限って、本当によかったと思っております。


何より幸運だったのは、キャサリン殿下が私を庇護し、この国から連れ出してくださったことです。


そうでなければ私は、元婚約者に監禁され、名も与えられぬまま金を稼がされる道具にされていたところでした。


……あら。


元婚約者殿。


あなたもここにいらしたのですね?


驚きました。


まさか、まだ処刑されていなかったとは。


国家機密を公然と漏洩した財務大臣が、罷免もされず、処刑もされていない。


私がいない間に、この国の法律はずいぶん寛容になったようですね。


昔は何の罪も犯していなかった私の兄ですら、あれほどの刑に処すことができたというのに。


……私の息子?


どうして急に、私の息子の話など?


ええ。


とてもいい子ですよ。


今年で十八歳になります。


夫とまったく同じ、鮮やかな赤い髪をしていて。


……何です、その顔は。


まさか、自分の子供かもしれないとでも思ったのですか?


時間的にあり得ませんよ。


そもそも、私が自分の大切な身体を使って、十か月もかけて、望んでもいない寄生虫を育てると本気でお思いですか?


そんなの、割に合わないでしょう。


仮にそんなものができたとしても、大きくなる前に薬を使って処分していましたよ。



さて。


話は変わりますが――


まさか、聞いただけで詐欺だと分かるような「翡翠鉱脈への投資」に、財産の大半をつぎ込む方がいるとは思いませんでした。


キャサリン殿下は学生時代、すでにこの国の翡翠鉱脈は枯渇しているという調査報告をまとめていらっしゃいましたよね?


……どうなさいました、財務大臣閣下?


急に顔色が悪くなりました。


……ああ。


あの翡翠鉱脈への投資に、閣下も参加していらしたのですか?


国王陛下?


どうして陛下まで、先ほどの王妃殿下と同じようにカップを取り落とされたのです?


……まさか。


国王陛下。


国庫の金まで――つまり、民が汗水垂らして納めた税金まで、あの翡翠鉱脈につぎ込まれたのですか?


なるほど。


それで王妃殿下がお召しなのは、五年前の外交晩餐会と同じドレス。


国王陛下の袖口にあった宝石も消え、宮中にはろくに使用人がおらず、衛兵たちまで栄養が足りていないように見えるのですね。


そういえば最近では、王室所有の宝飾品まで競売に出され始めているとか。


私はてっきり、最近の貴国では質素な装いが流行しているのだと思っておりました。


……申し訳ございません。


これ以上はお尋ねしないほうがよさそうですね。


さて。


ご挨拶は、このくらいにしておきましょう。


そろそろ本題に入らせていただきます。


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