この村、新宿じゃないか
32歳の歴史地理オタク・佐藤拓海は、トラックにはねられて異世界に転生した。
目覚めた先は、宿が一つもない不便な小さな村。
旅人は毎晩広場で野宿し、商人は「次の村まで体力が持たない」とぼやく始末。
「この状況……どこかで見たことがある」
江戸時代の内藤新宿をはじめ、現代日本の街歩きで培った知識を総動員。
チートもスキルもなし。ただの地味オタクの粘り強さと歴史地理の知見だけで、村に宿を作り、少しずつ宿場町へと変えていく
まちづくり系異世界転生、ここに開幕。
俺、佐藤拓海、32歳。
職業はごく普通の会社員。営業部所属、成績は中の中。彼女なし、貯金そこそこ、趣味は街歩き。
ただの街歩きじゃない。
休日に地図を持って知らない街をブラブラして、「この路地、昔は川だな」とか「この地名、低湿地を埋めた跡だ」とか、一人でぶつぶつ言いながら歩くやつだ。友達には「気持ち悪い」と言われた。彼女に振られた理由の一つでもある。
でも俺は本気だった。
この国の街って、全部に理由があるんだよ。なんでここに駅があるのか、なんでこの道がこんなに曲がってるのか、なんでここだけ妙に土地が低いのか。全部、歴史と地形が答えを持ってる。それを読み解くのが、たまらなく面白かった。
国土地理院の古地図アプリは課金してた。図書館の郷土資料コーナーは常連だった。休日に埼玉の用水路跡を一人で3時間歩いたこともある。
完全なオタクだった。自覚はあった。
そんな俺が死んだのは、普通の火曜日の朝だった。
信号待ちで古地図アプリを眺めていたら、脇からトラックが突っ込んできた。
最後に思ったのは「あ、この辺って江戸時代は入り江だったんだよな」だった。
我ながら終わってると思う。
目が覚めたら、草原だった。
空の色がちょっとおかしい。青なんだけど、微妙に緑がかってる。雲の形も、なんか違う。
「……異世界か」
声に出してみた。割とすんなり受け入れた自分がいた。
なんでかって、さっきトラックに轢かれたのを覚えてるし、それで生きてるとしたら異世界以外に説明がつかない。現実的に考えて、そういうことだ。
とりあえず近くに見えた村に歩いていくことにした。
死んでるよりはマシだし、腹も減ってきた。
村に着いて最初にしたのは、職探しじゃなくて歩くことだった。
癖みたいなものだ。知らない街に来たら、まず歩く。地形を見る。道を見る。人の流れを見る。
村の入口から奥まで、ゆっくり歩いて五分くらい。道は一本しかない。その道の両側に家が並んでいて、奥に広場がある。シンプルな構造だ。
歩きながら気づいたことがあった。
道の端に、旅人らしき男が座り込んでいた。荷物を抱えたまま、疲れ果てた顔をして、どこにも行けずにいる。
旅人が座り込んでいる。
俺は立ち止まって、道の両側を見た。
空き家が二軒。使われていない小屋が一軒。
旅人が必ず通る道に、空き建物がある。
なんとなく、頭の中で何かが引っかかった。でもまだうまく言葉にならない。
とりあえず職を探すことにした。
「仕事をください。なんでもやります」
何軒か断られたが、村外れの農家のおじさんが畑仕事を雇ってくれた。日当は銅貨三枚。相場は知らないが、おじさんが「まあ食えるくらいにはなる」と言っていたので信じることにした。
言語が通じたのはご都合主義だと思うが、ありがたく受け入れた。
畑仕事を終えて、おじさんに聞いた。
「今夜泊まれる場所ってどこですか」
おじさんが困った顔をした。
「……宿か。それがな、この村にはないんだ」
「え?」
「ない」
「ない、って」
「ないものはない」
俺は村を見渡した。家は五十軒くらいある。人も普通にいる。村としての機能は一応ある。
でも宿がない。
「じゃあ旅人とか商人が来たとき、どうするんですか」
「困ってる」
「村人も?」
「村人も困ってる」
おじさんは申し訳なさそうに言った。「村の広場で野宿してる旅人もいるが、それも村長が『みっともない』って嫌がってな。かといって宿を作る金も人手もなくて、ずっとそのままなんだ」
その夜、俺は広場の端で膝を抱えて座った。
隣には同じように途方に暮れた旅人が三人いた。みんな疲れ果てた顔をして、荷物を抱えたまま地面に座り込み、ただ夜が明けるのを待っていた。
商人らしき男が独り言を言った。
「毎回ここを通るたびに嫌になる。次の村まで行く体力が残ってないんだよな……」
その言葉を聞いた瞬間、午前中に引っかかっていたものが、急につながった。
旅人が必ず通る道。
空き家が二軒。
次の村まで体力が残っていない。
宿がないから誰も泊まれない。
俺は立ち上がって、暗い道をもう一度歩いた。
入口から広場まで。広場から入口まで。
歩きながら、頭の中で一つの街が重なってきた。
新宿は、昔はただの原っぱだった。
江戸から西に向かう甲州街道沿い、旅人が必ず通る場所。でも宿がなかった。
だから旅人はバテて座り込み、困り果てた。
幕府はそれを見て、「ここに宿を作れ」と命じた。理屈じゃなくて、目の前の困っている人間を見て動いた。
宿ができたら人が泊まった。人が泊まったら飯屋ができ、気づいたら街になった。
街道沿いの原っぱが、何十年後かに日本一の繁華街になった。
きっかけは、「旅人が通る場所に、宿がなかった」それだけだ。
俺は入口近くの空き家の前で立ち止まった。
扉を軽く叩いてみる。返事はない。本当に誰もいない。
振り返ると、広場で旅人たちがまだ座り込んでいた。
この道は毎日誰かが通る。
この建物は誰も使っていない。
この村、新宿と同じだ。
「……やるか」
独り言が、夜の道に消えた。
翌朝、俺は村長の家の前に立っていた。
「宿を作らせてください」
村長は五十代くらいの、いかにも頑固そうな男だった。俺を一瞥して、門を閉めようとした。
「よそ者に口出しされる筋合いはない」
「お待ちください」
俺は扉の前に立った。
「毎晩、広場に旅人が野宿してますよね。商人も通るたびに困ってる。村に金が落ちるチャンスを毎日捨ててる状態です」
「金が落ちる?」
「旅人は金を持ってます。泊まれる場所があれば払います。飯を食える場所があれば払います。今はその受け皿がないから、みんな困ったまま通過していく」
村長の目が少し動いた。
でも「考えておく」と言って扉を閉めた。
翌日も行った。
「昨日の者か」「はい」「帰れ」「もう少しだけ」
また翌日も行った。
「また来たのか」「はい」「しつこい男だな」「宿の話だけ聞いてください」「そろそろ村から追い出すよ?」「それだけは勘弁してください」
五日目、村長が折れた。
「……あーもうわかった! 話だけ聞く。それだけだ! いいな!?」
俺は持ってきた枝で地面に図を描いた。村の入口から広場までの動線、旅人が必ず通る道、空き家になっている建物の場所。
「ここの空き家を一軒、宿にします。改装費用は最小限でいい。布団と屋根と飯、それだけあれば旅人は払います。最初の一軒がうまくいったら、村人が自分で次を作り始めます。命令しなくても、人間は儲かるとわかったら動く」
村長はしばらく黙っていた。
「……万が一うまくいかなかったら?」
「空き家が一軒、元の状態に戻るだけです」
また沈黙。
「わかった。やってみろ。ただし文句は言わんぞ」
空き家の改装は村人三人が手伝ってくれた。
大した工事じゃない。壁の穴を塞ぎ、床を掃除し、藁のベッドを四つ並べ、かまどで飯が炊けるようにしただけだ。
看板は俺が木に文字を彫った。「旅人宿 一泊飯付き 銅貨五枚」。
初日、泊まったのは一人だった。旅人は疲れた顔を少し緩めて「こんなところで泊まれるとは……」と呟き、丁寧に礼を言ってくれた。
二日目には二人、三日目には三人と、少しずつ増えていった。
一週間後、宿は満室になった。
溢れた旅人が村人に「どこか他に泊まれないか」と声をかけ始め、村人の一人が「うちの離れ、貸せるかもな」と言い出した。
三週間後、村長に呼ばれた。
「お前、よくやったな。他の村からも話が来てるぞ。……報酬を渡したい。何がいい?」
俺は少し笑った。
「給料と、あと宿の部屋を一つ、ください」
村長は渋い顔をしたが、頷いた。
新宿が街になるのに、何十年もかかった。
この村がどうなるかは、まだわからない。
でも最初の一歩は、確かに踏み出した。
(おわり)
執筆に生成AIを補助的に使用しています(Grok Claude)。アイデア、構成、加筆修正は作者自身で行っています。
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