序章 1 存在感のない稀有な存在
短編を書きためようと思っていたのに長編が書きたくなってしまいました…少しずつ投稿するので気長にお付き合いいただけたら嬉しいです。声ならざる声、聴いてみたいですね。
スピカは残念な令嬢である。
容姿が劣るわけでも教養が不足するわけでもない。爵位は伯爵家、領地は鉱山で栄えお金にも不自由ない。ただ、寡黙であるだけなのに周囲の評価は異常に低い。そう、その異常さを指摘する人は誰もいない。
スピカはスカイリア家の長女として生まれた。黒髪に琥珀色の煌めく瞳はまさに輝く「星」そのもの。知的な外見そのままによく学び、優秀である。
すぐ下に跡取りの弟、更に5年後に妹が生まれ家族仲は良い方だ…と思う。なにせ弟は優秀で容姿美麗な跡取りだし、妹は輝く金色の髪にマンダリンガーネットの瞳で妖精のように愛らしい。家族に加え周囲もこの2人に夢中になってしまうほど際立った容姿をしている。
聡いスピカは幼い頃に周囲の思惑を察知し、目立たぬように振る舞ってきた。比べられる前に身を引いたとでも言うべきか…可能な限り領地に引きこもり、鉱山で過ごすことが多かった。
「今日もおじゃまするわね。」
「いやいや、おじゃまだなんて滅相もない!スピカお嬢様の助言でどれだけ助かっていることか…わっしらに返せるものはお嬢様の場所を死守することぐらいなんで。」
鉱山の男たちは荒くれ者がほとんどである。こんな中スピカの平穏が守られるのには「スピカ親衛隊」なる自治組織が王都の警備隊並み(もはやそれ以上)の力を発揮しているからにほかならない。
スピカには家族にも秘密にしている能力がある。古い昔に途絶えたと言い伝えられている『石耳の乙女』だ。石の声を聴き、災害の予知や富をもたらす存在であり時代によっては聖女扱いされていたこともある。
スピカがこの力に気づいたのは幼い頃のこと、静かなはずの鉱山の奥がやけに騒がしく鉱山長にお願いして掘ってもらったら銀が出てきたり、耳を覆いたくなるような音から逃げたらその坑道の天井が崩れたりと不思議な現象が続いたことから古い文献をくまなく調べた結果わかったことだ。
この能力は鉱山長のアルバークしか知らない。美しく聡明な、なのに影が薄くまるで忘れられたかのようなお嬢様を守るため、幼いスピカに決して口外しないよう約束させた。
自分の存在をいちばんに認めてくれるアルバークの存在は幼かったスピカにとってかけがえのないもので、大人になった今でも「アル」と呼んで慕っている。
「ねぇ、アル。この山の子たちが沈黙し始めたの。ちょっと遠いけど少し南の山が騒がしいわ…。」
「確かに最近は銀の産出量が落ちてきていやがる。早速調査チームを編成しますぜ。」
資源は永遠には出てこない。取りきらないうちに1度眠らせて大地を回復させてあげないと、それこそ2度と鉱石は取れなくなってしまう。
「お願いね。私も同行して詳しく調べてくるから。」
「へい、それなら親衛、いや自警団の手配を…。わっしもお供しますので1週間ほどの予定で組ませてもらいやす。」
スピカは石の声を聴くことが好きなのだ。影が薄いことを良いことに、思うまま過ごしている。両親は長女の存在を忘れたかのように侍女すら手配していない。ま、幼い頃から1人が多いスピカは何でもできてしまうのだが…。
館に戻ると手早く旅の荷造りをし、鉱山で手に入れた宝石や金属の原石に囲まれて幸せそうな顔を浮かべると地図を広げて明日からの調査の下調べを始めた。
スピカが引きこもっているイースラック領はスカイリア伯爵家の数ある領地のうち最も東寄りの、一見荒涼とした資源の宝庫である。スピカにしか聴こえない石のざわめきは、見た目では価値がわからない貴重な鉱石を教えてくれる。
伯爵は鉱山長のアルバークが優秀だと信じていて、スピカの能力はアルバークがうまく隠しながら新資源や新鉱石の発見を報告している。ちなみに、口は悪いがアルバークは子爵家の次男で爵位こそないが商会を立ち上げて大きくした実績がある。
「お前ら、お嬢様を死ぬ気で守れ!むしろ危険にさらすくらいなら死んでこい!」
「「イエッサーボス!!」」
早朝から暑苦しいことこの上ないが、わりと見慣れた風景である。
「みんな、今回は長丁場だけどよろしくね。」
「「イエッサー、お嬢様!!」」
スピカが微笑むと今回の調査隊に加われない団員たちからどよめきが起こる。鉱山に咲く大輪の百合のようなスピカは、女神のように神格化されて久しい。
「出発だ!この1週間は副長のバルザックに従え。緊急時は鳩を飛ばすように。」
アルバークが号令をかけると幌付きの馬車が2台、動き始めた。目指すはイースラック領南端の町ロックバード。ここは岩山と隣国との国境地帯に広がる「迷いの森」に接しているため旅人も通らない。普段は魔糸と呼ばれる特殊な糸を編む産業が盛んで女性の割合が多いのどかな土地である。
スピカは軽くて丈夫で美しい魔糸の服を愛用している。この糸を使うと不思議と魔物が寄ってこないと言われており、弱体化したとはいえ魔物に遭遇しない知恵はイースラック領では当たり前に伝わっている。
旅人こそ通らないが、魔糸織物の輸送のため街道はかなり整備されている。おかげでスピカ一行は快適に旅を続け、2日目の夕方にはロックバードの領主館に到着した。
「ようこそ、スピカお嬢様。」
「まあ、お久しぶりねマーガレット!元気そうで嬉しいわ。」
「お嬢様こそ、変わらず石ばかり相手にして心踊る話は何かないのですか?」
マーガレットはアルバークの妹で、魔糸織物の名手である。魔糸が夫と公言するくらい織物が好きで、実際きりりとした美人なのだが30歳独身である。ちなみに、スピカの衣装はほぼマーガレットの織り上げた布で作られている。
「面倒だから社交も遠慮しているし、このままほっといてもらえると助かるのだけど…でもマーガレットの織物は素敵だから見せびらかすのも仕事だとはわかっているけどね。」
そう言ってくるりと回ると魔糸の織りが艶やかに光り、色が変化して見える。
「まぁ、無理して皆さまから認められるなら良いのでしょうが…家族とは思えないほどお嬢様に無関心ですよね。」
「まぁ、実のない話は置いといて明日からの調査のために準備しなきゃ。」
「私としたことが、失礼いたしました。お食事でも湯浴みでも何なりとお申し付けくださいませ。今晩は好物のポトフとアップルパイをご用意してますよ。」
うっとりと目を輝かせるスピカの様子にほっとしながらマーガレットはさっさと荷物を預かると部屋に向かった。さすが裕福な伯爵家、めったに訪れない領地でも手入れが行き届いており、すぐにくつろげるようどこもかしこも準備万端整っている。
スピカはまず馬車旅の埃を湯で落とすと、部屋の窓を全開にして意識を研ぎ澄ませた。ロックバードに近づくほど石たちのざわめきは大きくなってきていたが、今までにない「声」が混ざり始めたのだ。
スピカ、石の声が聴きたくて幻聴が…?




