53話 女王
「破壊は取りやめてください」
初めて聞く声に、アリュスは手を止める。
「壊せば一件落着とはいきません。今後の為にも事情聴取をさせてください」
渡り廊下と思しき通路の出入り口からから、30代前半と思しき痩せ型の女性が二人の元へと歩いて来る。
短く刈り上げた桃灰色の髪に、精気の浮かばない暗く淀んだ黒い瞳。目の下には濃い隈があり、顔は端正だがやや頬がこけている。服は白シャツに紺色のズボン、焦げ茶色の革靴と清楚だが、普段着は華やかさや可愛らしさを求める傾向のある魔女としては、かなり珍しい格好だ。
最も目を惹くのが、190㎝はあると思われる長い異形の地杖である。
人の1人の骨で作られた杖。
下半分は二本の足を組み合わせて一本化し、腰から上は其のままの状態で使用されている。鎖骨は短めであり、やや外側に傾いている。胸郭は小さめ、下が窄まっている。他にも骨盤の幅の広さと深さ、位置、大腿骨の角度は、女性特有のものだ。両手は後ろで縛られ、首から上は頭蓋骨ではなく水晶の様な結晶がはめ込まれている。
その結晶体の中は煙が渦を巻き、時折悲鳴を上げる人の顔の様な影が浮かび上がる。
「あぁ、失礼。五月蠅かったですね」
アリュスの目線の先に気付き、女性は杖の結晶部分を思い切り地面に叩きつけた。
魔女にとって杖は重要なモノだ。だが、女性は躊躇いなく粗末に扱っている。
「こうして対面するのは初めてですね」
「……貴女が女王陛下?」
思わぬ行動に驚きながらもアリュスは問いかける。
「はい。ルルエアと申します」
女王でありながら恭しく頭を下げるルルエアに、アリュスは戸惑う。
先代は〈闇の魔女〉に堕ち、7歳の頃から女王として国の政治を担ってきた女性。相当な苦労を積み重ねていると察するが、目の前にいる彼女は病人の様だ。
今にも倒れそうな見た目の彼女だが、3mほど後ろには桃灰色の髪をした煌びやかなドレスを身に纏う女性2人が待機している。細部は違うが、ルルエアによく似ている。従者であり、表舞台の女王を務める影武者の様だ。
「アリュスさん。その杖をこちらに渡してください」
「これによって男と子が、不完全でも支配を受けたんだ。貴女は大丈夫なの?」
「えぇ、我々は他者の声なき声には慣れています」
フローラの地杖の先端にある宝石が先代赤翼の騎士団長ならば、骨の杖の球体には先代女王の魂が封じ込められている。肉体、物質の形を司る殻の神であれば、別のものへと魂を移し替えるのも容易なのだろう。
罪には罰を。罰には慈悲を。
殻の神が唐突に声を発しなくなったのは領域に入ったからではなく、契約の下に先代女王に対し罰を与えているルルエアがいるからだ。
「そちらの男の子も渡してください。適切な治療が必要です」
「…………わかった。ただ、今後の為にも話し合いの場を設けて貰える? この子達にも、軍関係者の魔女達にも。俺がやっていなくても、責任はあるから」
ルルエアはアリュスが保護された際にも、味方でいてくれた。幼いながらネフィリアードの後見人であった彼女なら、信頼できるだろう。
「そうですね。アネモスでの一連の事件についても、その子から話を聞く必要があります。あなたとの関係性は……今は、秘匿としましょう」
ルルエアが軽く手を上げると、従者2人の内の1人がアリュスから杖を受け取り、もう1人がフローラを抱き上げる。そして建物の奥へと消えて行った。
「……ねぇ、君さ」
2人がいなくなったのを見計らい、アリュスはルルエアに問いかける。
「なんでしょうか?」
「ちゃんと栄養のある食事を食べて、しっかり眠っている?」
今にも倒れそうな姿に心配をするアリュスの問いかけに、ルルエアは僅かに目を見開く。
「えぇ、最近は少しだけ」
7歳と言う幼さで愛した姉を殺し、女王の玉座に座った魔女は静かに微笑んだ。
役目を終えたルルエアは〈ネフィリアードを頼みます〉と言い残して、蒼虹晶樹から離れて行った。
残されたアリュスは、彼の容態を診ようと近付き、大樹の根元に膝をつく。
彼の怪我は既に完治していた。星界神石に覆われていた傷口は完全に塞がり、毛並みも元通りだ。心音も呼吸も正常な間隔で刻まれている。
「ん……」
ネフィリアードの眉間に僅かに皺が寄り、指先や肩がぴくりと動く。
「おはよう?」
「アリュス! 良かった! 無事だったんだな!」
目覚めたばかりのネフィリアードは、感極まりアリュスを抱きしめた。
「君なら大丈夫だと信じていたが、ずっと心配だったんだ」
力強いが、潰さないように繊細な力加減だ。成されるがままに抱き締められるアリュスは、彼の大胆な行動に驚いた。距離感を保ち、紳士的に振舞おうとする彼からは想像もできなかったからだ。
「お、俺も君の事が心配だったけど……ここまでとは思わなかったよ」
その言葉に我に返ったネフィリアードは慌てて力を緩め、アリュスを解放した。
「す、すまない……こ、ここは……あぁ、虹の薔薇か」
周囲を見渡し確認をする彼だが、アリュスの姿の変化には一切気にも留めていない。
ネフィリアードなら受け入れてくれると信じているアリュスだが、一言も云われないのは違和感を覚える。
「ぐっ」
そんな彼のマズルを軽く掴むと、油断していたのか小さく声が漏れた。
「な、なんだ? どうしたんだ?」
「どうした、じゃない。戦闘での怪我は仕方ないと思う。でも、意識を失って凄く心配だった」
気になるアリュスだが、まずは怪我について正直な思いを伝えた。
「すまない。戦いを早く終わらせて、保護をすべきと先走ってしまった」
彼は造形魔法、殻の神の恩恵を過信していたわけでは無い。あの神は人間の能力として落とし込めるために、様々な条件を付けている。それをどう生かすか考え工夫しているのが、これまでのネフィリアードとの会話や行動から見て取れる。
今回の怪我は、焦りと優しさ、そして甘さが原因だ。
「理想と現実は違うから」
「肝に銘じる」
「なら、良し」
満足したアリュスは、ネフィリアードの隣へと座った。




