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嗤う32、閑話

「それって?」


 彼女も同じ長耳族なはずだ。だって、エルフの特徴である長い耳がある。それは同族だと暗に示しているから。


 クルトは彼女が言ったことに首を傾げていると、後ろから小さな呟きが波風の音と一緒に聞こえてきた。


「見なかった、わたしの肌の色」


「うん、綺麗だった。見とれちゃったぐらい……って、見てない! そんなに見てないよ!」


 彼女の返答に何ら疑問を持たずに返してしまったクルト。既に口から出てしまった言葉を戻すことは叶わず、慌てて誤魔化そうする。


「もしかして知らないの……? わたし、ダークエルフなんだよ」


 彼女が吐き捨てるように言った言葉に思い当たりはない。だけど、彼女がとても寂しげな沈んだ声が気になって。でも、無知だから普通に返してしまう。


「……ダークなの?」


「分からないよ……。わたしが災いをもたらすってっ、みんなが言うの。何をしたからじゃない、普通のエルフではないから」


「災い……」


 大人達が言っていたことを思い出す。西の湖は危険だ、あそこには魔の者がいる。そう大人は近づくなと厳命し、子供達を寄り付かせようとしなかった。


「そう、わたしは災いを呼ぶ。エルフの使える五大属性とは系統が違うし、……黒い魔法しか使えない」


 彼女が一人でこんな過疎している場所に居る理由。勘が良いクルトは引っ掛かるものに気付いてしまった。


 だからこそ、クルトは言葉を選ぶ。


「オレには分からないけど、君は普通じゃなくても良いと思う。その、綺麗だったし……誰に言われたって災いなんて関係ない。厄災なんて起こるときは起こるし、気まぐれな天気と一緒だよ。だから、その、君は気にしなくていいと思うんだ」


 これはあれだ、ダークエルフだからといって里全体で彼女をハブっているのだ。


 彼女はどうみても若い。クルトと同じ年代だろう。なのに――。


 何が悪魔だ。西の湖に近づかせないようにするのも彼女を知られないため。


 ダークエルフが何だか知らないし、どんな理由があるのか分からないけどクルトは彼女を独りぼっちにした大人にムカついた。


「……あなたは私を怖がらないんだね」


「怖がる理由がないからね。オレはクルト、……君の名前、聞いてもいいかな」


 暫しの間、風と木漏れ日の音だけが流れる。辛抱強く待っていると呟くような声が耳に届いた。


「……リーア」


「リーアか、良い名前だね。ね、またここに来てもいいかな。リーアとお話がしたいんだ」


 この出会いは大切なものだ。クルトは自然にそう感じ、出会いを重ねてリーアのことをもっと知りたいと口に出していた。


「……わたしに関わるとロクなことにならないよ」


 確かに、大人達が言っていた西の湖を根城にする悪魔や魔女のことがリーアのことならロクな目にならないかもしれない。


 でもと、クルトは続けて。なるようになると彼女が心配していることに首を振る。


「まあ、そんときはそんときかな。君に会いたいからまた来る。今日はもう帰らないといけないから、またお喋りしよう、いいよね?」


 無理やり約束を決めて話を締める。後方から呆れたようなため息が聞こえて――。


「……どうなっても知らないから」


 自分らしくもない強引さに苦笑しながら、リーアが応じてくれたことへ安堵した。


「はは、じゃあまたね」


「……うん、また」




 リーアと別れ、陽が暮れる頃に里へ戻ったクルトは家を目指す。


 湖から帰る道のりも延々と考えていた。大人達がどうしてリーアを隔離しているのか、悪魔や魔女と呼び忌み嫌っているのか。父と母に問い正さなければならない。


 長耳族の集落によくある家は木と縄で建てられている。クルトの家も特に変わった見映えでもなく、家に着くと良い匂いが我が家から漂ってきた。


 香ばしい匂いは夕飯時とあって肉を焼いたものだろう。唾液を飲んでクルトは駆け足で家の扉を開けた。


「ただいまー。お腹減った、ご飯ちょうだい」


 靴を脱ぎ捨て、調理場で料理を作る母に夕食をねだるクルト。


「はいはい、クラントさんを呼んで手を洗ってからね」


 母はそんなクルトに笑顔を向けて、いつものように父を夕食に連れてくるように言う。


 ――何もおかしくはない変哲な一日。ここまでが普通の日常だった。


 クルトはもっと考えるべきだった。


「ねえ、みんな西の湖に行くなって言うけどさ、何で駄目なの?」


 そんなに広くもない居間で父お手製のテーブルを囲み食事している三人。その内のクルトは一口サイズの肉を嚥下すると二人に問うた。


「あそこに悪魔が居るからだ」


「そうよ、クラントさんが言ってる通りにあそこには魔女が住み着いてるの。絶対に近づいちゃ駄目ですからね」


 間髪いれず父がいつもの返しをしてくる。母も同様で、大人達が口を揃えていることをクルトに教える。


 知りたいことはそんなことじゃない。


「聞き飽きたよ、それ。そういうのが知りたいんじゃないんだ。……言い方を変えるけど、ダークエルフって何なの?」


 クルトの再度の質問に空気が一変した。リーアと出会って知った単語、それは劇的な効果があった。母は切り分け用のナイフを落とし、父はクルトを見て時が止まったように固まる。


 居間が凍りついた。


「……なぜ、その言葉を知ってる。答えろ、クルト」


 いつもの父ではない剣幕にクルトは圧される。ここまで恐い顔をした父は初めて、引き気味になるが正直に話すことにした。


「……どうしてって、行ったからだよ。……湖に」


「何で行ったの!? あれほど行っちゃ駄目だと教えたでしょう!」


「だって――」


 口答えをしようとしたクルトの頬、小さな破裂音と痛みが走る。クルトは目を見開いて母を凝視した。


 おしとやかな母がテーブルに身を乗り出し、腕を振りきっていた。


 クルトは何が何だが、良く分からなかった。ただ、泣きそうな目をした母を見て、とても悪いことをしたんだと思ってしまった。


「……ごめんなさい。ダメなの分かってて行ったのは謝るよ。でもさ、教えてよ。みんながリーアを拒絶する理由を、ダークエルフが何なのかを……!」


 叫んだクルトを静かに見詰めていた父が席を立つと、肩に触れて顔を覗く。


 また怒られると身構えしたクルトは目を瞑る。だが、いつになっても怒鳴り声が聞こえないため目を開けた。


 父が映している瞳はクルトであり、その瞳には怒りを宿してはいない。息子のことを案ずる父親の目だった。


 外傷が無いことを確認する父は続けて体の内部を観た。


 多分、体の中――魔力を覗いているんだと思う。

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