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嗤う20-99



「敵十人以上、近い」


 スヴェルヘイムのメンバーは密林を駆け抜けていた。


「ク、クルトっ。どうすればいいの……!」


「……今は逃げるしかない!」


 木の根に足を取られて蔓が視界を邪魔する。状況は刻一刻と変化しており、悪くなっていく一方であった。


 最悪だけは防がなければならない。パーティの最悪は全滅だ。


 それだけの意思でクルトは息を荒げて命令する。連携を途切れさせてはいけない。


 リラーギルという武力や指揮能力も優秀なリーダーが欠けた。第一級冒険者である彼の代わりに、クルトではなれない。


 だが、生きることだけ。生還してギルドに報告することだけを念願に置けばまだ分からない。スヴェルヘイムのパーティは下層を目指す。


 彼らに忍び寄る謎の黒装束。執拗に追っかけ回され、距離を離せずにいた。


 わざわざ顔を見せ、挑発しながら弓矢を射ってくる。


 遊んでいるような攻め方。それでも実力に差があるため、凌ぐことしかできない。


 一瞬でも気を抜けば殺される攻撃。避けることに専念しているため、エルフ達は未だ中層から抜け出せていなかった。


 無闇に走って階層を抜けようにも、弓に射ぬかれる。腕が確かな者には的にしかならない。


「おらおら、こっちだこっち!」


 弓を携えて挑発を繰り返す男にリーアが反応した。


「クルトっ!」


「違うっ。リーア、そっちはフェイクだ!」


 油断した。殿を勤めるクルトは森林の奥に光るものが見えた。


 わざわざ挑発してきた男は気を引くための罠で、本命は林から狙いを定めていたやつだ。


 ――気付くのが、遅かった。


 的確な弓矢はリーアの頬を掠め、咄嗟に顔を逸らしたものの傷を負ってしまう。


 かすり傷だが、頬に一つの線が走って痛々しい。


「――リーア、大丈夫か!?」


「だ、大丈夫っ」


 大丈夫そうなリーアにホッと胸を撫でる。


 安心は出来ない。


「くっそう!意味わかんないにゃ!」


 サーニャがお返しとばかり弓矢を放つが、熱帯地域のフロアでは木々が射線を邪魔する。


 こちらの反撃に襲撃は鳴りを潜めるが、一時でしかない。こちらにはサーニャとミーシャが持っている弓矢しかないのだ。


 こういった時に的確な判断が取れるリラーギルはいない。第二級冒険者のクルトでは、実力はあるが経験が不足している。


 クルトがパーティメンバーの命を預かるには、中層中位のエリアは荷が重い。


 双子の弓が止まる。牽制として何本か射たが、当たった気配はない。


 矢も無駄に出来ない。


 補給が出来ないダンジョン内では消耗品は大切な資源。魔物相手に使った弓矢も回収できれば極力するのだ。


 サーニャとミーシャの弓矢は残り本数が十を切った。


 黒装束の武装はこちらよりも整っている。長引けば長引くほど数の差が露骨に出てしまう。


 黒装束とスヴェルヘイムのパーティでは分が悪い。


「あと、もう少し……!」


 一つ下の階層は中層下位のゴーレム草原。


 そこまで行けば、ゴーレムを狩っている冒険者達がいる。


 事情を話して加勢してもらえれば勝機が見えるのだ。


 それまでが、遠い。


「逃げ腰になってねえで遊ぼうぜ。クソったれた正規冒険者様よォ!」


 剣を持った男が密林から直視できる距離に現れる。クルトは三人を守るように構えた。


 奇襲の弓矢に警戒しながら男と相対したが――。


 クルトの反対側、サーニャとミーシャの背後から弓矢が放たれる。


 反応が遅れた。クルトは無傷だったが、咄嗟に回避した双子も掠り傷を負った。


「回り込まれただと……!?」


「お前ら何なんにゃ! ギルドは冒険者同志の争いはご法度って知らないのにゃ!? 罰金にゃ、罰金っ!」


「そんな暇ない、ピンチ劣勢。やばい」


 ミーシャが辺りを見渡し、口数少なく現状を示唆する。


 前にも後ろも敵だらけ。逃げ道は防がれて、黒装束達に囲まれた。


 裏目に出たとクルトは歯を食い縛る。


 安全に脱出することを考え、執拗な攻撃に一々足を止めていたのがこの状況を作った。


 クルトのミス。決定的な失敗だ。


 それでも、敗北は死を意味するのだから、全滅間近でもどうにかして脱出しなければならない。


「クソ……! リーア、後ろの奴らを頼むッ。サーニャとミーシャは援護に徹してくれ!」


 クルトは声を張って仲間を頼る。


「任せるにゃ!」


「努力する」


 サーニャとミーシャは応え、それぞれの武器を握った。


 ――だが、一人だけ。武器を握れずにいる者がいた。


「……ク、クルト。わた、しの……体、動か……ない」


 口を震わせ、青白くなった唇。自由の効かない体を見下ろしたリーアは、クルトに助けを求める。


 手を伸ばそうとするリーア。それが、上がることはなく、褐色の腕が僅かに動くだけ。


 続いて、リーアの膝が折れた。


 ぺたんと腰を下ろしたエルフの少女は口を震わせる。


「なん、で。動いて……よっ」


「リーア……!?」


 顔を真っ青にしているリーアは尋常ではない。


「やっと効いたか。これで一人は確保だぜッ」


 少し前までは普通だったリーアが、こうまでなった原因。理由は分からないが――元凶は分かっている。


「お前ら、リーアに何をした……!」


 クルトは激情を抑えず、黒装束の男へ険のある怒鳴り声を上げた。


「はっ、麻痺毒だよ。矢にちぃっと強力なやつをな。あれを食らった双子もすぐにあいつと同じくなるぜ」


「麻痺毒……だと。二人とも解毒剤を!」


「無理むり。特製品の毒だからよお、市販のやつじゃ効かねえぜ?」


 サーニャとミーシャは男を無視して懐から取り出した解毒剤を一気飲みする。


 動けなくなったリーアの元にも駆け付け、同じ飲み物をゆっくりと飲ませた。


「嘘にゃ。解毒剤は解毒するから解毒剤にゃよ! そうじゃなかったら、高い買い物をした意味がにゃい!」


 指を男達へ突きつける強気なサーニャの後ろ。妹のミーシャが持っているビンを落とした。


 地面に落ちた瓶が割れる。硝子の破片が飛び散り、音で場の注目を集めたミーシャは手元を見下ろす。


 震える右手。姉のサーニャへ顔を向け、無表情ながら絶望した目で見た。


「……やばい。私も、動かなく、なった」


「――にゃにぃ!?」


 エルフの白い肌がどんどんと青白く、頬に汗を流すミーシャ。


 リーアと同様に、ぺたんと地面に座った。


「二人目ぇ、てめえらとの鬼ごっこはここで終わりだな。愉しかったぜ、嬲られるお前らの顔がよォ!」


「ミーシャもかよ! サーニャ、二人を守ってくれっ!」


「ク、クルトはどうするにゃ!?」


「――こいつらを倒す!」


 意気込み、剣を握る。大切な仲間を、愛しいリーアを守りたいと。


「分かった、にゃ……!?」


 ミーシャとリーアの元へ行こうとしたサーニャ。足下がふらつき、地面に倒れてしまう。


「――サーニャっ!?」


「やばい、にゃ。足、動かなく、にゃった……」


 全滅。その言葉がクルトの脳裏を過った。


 三人が麻痺し、敵対している黒装束は数十人以上。


 勝ち目は、ない。


「クルト、逃げ、て……!」


 リーアが涙を溜めた瞳でクルトへ言う。


 リーアからのお願い。クルトには生きてほしいと、心の底から出た懇願に似た想い。


「無理だっ。仲間を、リーアを見捨てて逃げるわけにいかないだろッ!」


「……ギルドに。勝ち目、ない」


 ミーシャもリーアの想いから逃げることを勧める。この状況と集団の黒装束の実力差からして、勝機は失せた。


 ギルドへ報告すれば討伐隊を送ってくれるかもしれない。ギルドが迅速に動き、運が良ければ助かるかもしれない。そんな考えがあって。


 離れ離れになるのが一番辛いのは、ずっと傍にいたリーアだ。そんな彼女がクルトを生還させることを望んでいる。


 ミーシャとて、サーニャとて、その気持ちは痛いほど解る。スヴェルヘイムとして長い時を同じくした友なのだから――。


「オレは、オレは――!」


「おね、がい。クルト、生きて……」


 自分の実力は知っている。第二級冒険者になったばかりの強さ。第一級冒険者に比べればひよっこもいいとこ。


 黒装束の男達はクルトと同等か、それ以上の強さ。


「クソ、クソ、クソォ!」


 自分じゃ、リーアを助けられない。


「……ギルド、伝えて」


「生きて、あたしら、助けるにゃ……!」


「……オレは絶対に見捨てない。助けを呼んで、必ず救いにいくッ!」


「はっ、逃がすと思ってんのかァ?」


「どけよ、お前ら――ッ!」


 クルトは自分が心底嫌になった。誰も助けられない、未熟な力。


 打開することができないから、大切な人を置いて逃げる。


 リーアと約束をしたのに――。


 もし、パーティが全滅する危機に陥っても守るよ。俺が、君を守る。


 ――あの言葉は嘘になった。クルトはリーアを守れず、麻痺した彼女を危機の最中に置いていく。


 最悪な状況。


 クルトは唇を血が出るまで噛み、悔しさに涙を滲ます。


 エルフであり、一人の少年は仲間を置いて遁走する。

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