嗤う19
彼女は群れることをせず、奴隷に役割を与えることで道具としか見ていない。
リラーギルはこれまで何人潰したと憤りを覚えるが、同業者だからこそ口に出せない話であった。
配慮に欠けるだとか、デリカシーが無いとかではない。パーティを引っ張るリーダーでも負い目があるのだ。
冒険者として生きていくためには、綺麗事だけでは片付けられない問題が付きまとう。
リラーギル自身、善に背く行為をやったことがある。それも何度も。だから言えない。簡単には聞けないのだ。
だからといって、目の前にいる少女は直ぐに死んでしまいそうなほど脆い。こんな子を中層ダンジョンに来させるなど、正気の沙汰ではない。
ダンジョンから与えられる恩賜に目が眩んでいるのならば――。
昔の自分のように些細なことは考えられなくなる。
ダンジョンに浸かった人間を人格から変えてしまう。迷宮とは魔そのもの。
こんな子供へ警戒などするしないの以前に、この子は奴隷となってしまった被害者なのだ。もし、助けてと手を差し伸べるのなら助けよう。
そう、リラーギルは思った。
ゴールドを説得し、支払った金をスヴェルヘイムが出すのだ。懐がすかすかなため借金してしまうが、有名パーティとなった今では借りる宛は腐るほどある。
スヴェルヘイムというパーティは見放されたエルフが集って出来た集まりだ。だから、人種など関係ない。
見放された辛さを知っているからこそ、共有出来るものがあるのだ。
それが、慰めであっても。
迷宮とは無縁な少女がリラーギルへ手を伸ばした。
斧を持つ男も手を伸ばし、少女の手を握ろうとする。
しかし、交差した。手は重ならず、少女が少し高い位置に伸ばしていることに気付く。
首元へたどり着いた細い腕。
反射でどかそうとするリラーギル。だが、何倍も太い手が重なっても微動だにせず。
小さい腕は、動かせなかった。
「な、に?」
リラーギルは良く分からなかった。
どうして首に手をかけるのだ。少女は何がしたいのだと。
純白そうな少女。浮かべるは微笑み。
美しい色の金髪は風に流れ、勇者の笑みにつられて頬が弛緩したような気がした。見えもしない精霊が、踊っているようだとリラーギルには見えたのだ。
ダンジョンが見せる幻覚か。精霊という不確かな存在。ある神話において、境目に立たされたときに現れるという。
リラーギルにとって死の予兆であることを男はまだ解らない。
勇者はにこやかに男へ宣告した。
「もう死んでいいわ、エルフのクソ野郎が」
とても澄んだ音色。歌を唄うようなオトだった。
放たれた言葉は意味をリラーギルへ伝えた。精霊が運んだオト。どうしてだろうか、歪な意味が混ざっていて。
――勇者は嗤う。
圧縮して、勇者の指が皮膚を食い込んだ。
「ガ、ハッ――!」
「何をやっているッ! ユウシャ、そいつは味方だ!」
ゴールドが叫ぶ。身を乗り出そうとするが、黒装束の男が武器を向ける。
それだけで足は止まってしまう。
手を拱く状況に歯軋りする。ゴールドやエルフ達は声を発することしか出来ない。
勇者とリラーギルを除いて、場の硬直が続き、誰もが動けずにいた。
否、動けば殺される――。
黒い連中が囲っている中、第一級冒険者の強者でも安易に動くことは憚れていた。
ゴールドもよく知っているからだ。こいつら一人一人の実力を。
「エルフが味方なわけないでしょ。そいつもそいつも、そいつも。ただの魔族、クソったれた害虫よ」
剣を握る少年少女のエルフ。弓を手に持ち、瓜二つの顔を歪めている幼いエルフ達。
エルフは敵。勇者からしてみれば、こいつらは魔族で敵だ。
だから、リーダー格のこいつを握り潰す。
首をへし折る程の手の大きさはないが、握力だけはある。身体強化のおかげで肉を引き千切る力は勇者にはあった。
「お前らの姫もわたしが殺したんだよね。ティターニアっていう糞みたいな姫様。わたしを恨むならあいつを恨みなさい。元はと言えば、あいつが悪いから」
それだけ言うと、喉元を食い破るように肉をむしり取ってやった。
「な、ん、で」
大男は勇者へ向けてそう言ったような気がした。実際は抉られた喉からは呼吸が出来なく、必死に肺へ送ろうともがいている最中。
「……リラーギルっ!」
ゴールドが勇者に殺された男の名を叫ぶ。
酒を何度か交わした仲であった。互いに干渉をしたことはないが、つい最近には二人のメンバーが昇進したことがあって、小さな酒場にお呼ばれにも行った。
そこで楽しそうに夢を語る男。ギルドのトップへ立つと宣言していた男は、小さな少女の手によって死の淵に追い込まれている。
「リラーギルさんっ……!」
リラーギルが崩れたことにリーアが金縛りから解放される。今まで世話してくれた恩師を呼び、悲痛な叫びを上げた。
それに、エルフの少年が剣を握る。その行動は今さら無意味。少年もそれを理解し、思考を加速させる。
まず、やらなければいけないことはなにか。
リーダーのリラーギルが殺られた今、パーティを立て直すのが先決だ。
では、誰がそれをしなくちゃならないか。――少年は解っていた。
「……撤退する。サーニャ、ミーシャは弓で援護を! リーアは二人を守れ、殿は俺が務めるッ」
クルトの息巻く声に双子は弓を構えた。リーアも従い、下層に続く方へと後退する。
だが、そこまでの距離は長く険しい。
「撤退? はっ、逃がすわけないでしょう。お前らは皆殺し。ねえ、黒い人たちもそう思うでしょう?」
「……そうだな、全員殺すべきだが。お前は何者だ?」
「わたしは勇者。魔族を潰す者」
「じゃあ、こいつらも潰すのか?」
「冗談止めてよね。こいつらはうるさいけど人族でしょう」
「ユウシャ、そいつらは過激派の犯罪者だぞ!」
「ああそうだった。ゴールド、貴方に買って貰ったお金を返さないと」
勇者は黒い連中に近付くと手のひらを向ける。それに警戒する黒装束の者だが、勇者は関係なく言葉を発した。
「わたしってお金を持ってきてないの。勇者の頼みよ、貸してくれないかしら?」
勇者としては善意で金を借りようとし、必ず返すつもりでいるが、黒装束からしてみれば脅しでしかない。
今見たことから少女はイカれているのだから。
二言口を開ける前に、懐から素直に渡す黒装束。それをゴールドへ投げ渡す。
「はいこれ、わたしを買ったお金と服代も合わせて。充分足りてるわよね?」
「……あ、ああ。ユウシャ、お前は何がしたい。人殺しがやりたいのか?」
「人殺しなんてしたくないわよ。魔族と魔物を潰すのがわたしの使命なの」
「お前が、わからない」
「そんなものよ。わたしたちが世界を見ているようで見ていない、それと同じだもの」
「ユウシャ……魔族とか意味分からないよ」
クロスティが地に伏せた。リラーギルの元で膝を震わせ、拳を握っていた。
「あんたらもボーっとしてないでエルフを殺してきなさい。ほら、散って散って!」
黒装束の男達へ命令する勇者。少女がこの場を仕切っていることが、どうにもおかしい。
黒装束の男達もどうして良いのか、長へと視線を交わす。
黒装束の長は困惑する男達の視線を一身に受け、一考して頷いた。
エルフを抹殺、もしくは捕らえることにする。
残ったのは勇者とゴールド。膝を屈しているクロスティと黒装束の長。亡骸のリラーギルもいる。
「何がなんだか。お前はオレらの同志ってことか?」
「んー、同志って柄でもないけど。でも、有効的に魔族や魔物を殺せるってんならそれでいいんだけど」
「まあ歓迎するぜ。力も相応だろうしな。ようこそ、我が闇ギルドへ。狂ったお嬢様」
「失礼ね。狂ってなんかないわよ。まあそういうことだから、ゴールドとクロスティとはお別れね」
「……そいつらに本当に着いていく気か?」
「ええ、パラレルとか時代転移とか関係ない。だって、魔族を殺してるこの黒い奴が正しいもの。勇者のわたしが、魔族と仲良くなんてやってらんないわ」
「ユウシャ……キミは悪だよ。魔族なんていない、みんなが一生懸命生きてる。殺すなんておかしい」
「寝言は寝てから言いなさい。聖人に憧れるクロスティは偽善者なだけよ。認めたくないかもしれないけど、魔族は死んでいい存在なの。わたしも魔族なんてくたばれって思ってるし、魔族は根っこが腐ってるの」
「そんなこと、ないっ。キミこそが腐ってるじゃないかッ!」
「はいはい、あなたは何も見てないだけ。わたしはこの目で見てきたわ。残忍なクソ野郎共をね。……じゃあ黒い人、わたしたちは行きましょうか」




