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嗤う12



 開いた口が塞がらないとは正にこの事かと、勇者は立ち止まりながら自嘲した。


 人の流れに逆らいながら、視線を上空へと上げていく。


「バベルの塔……」


 ぽつりと漏れた言葉の意味は、この場の誰に向けたものでもない。


 そもそも召喚された異世界人でなければ、意味も理解出来る者もいないだろう。


「バベル? ここは迷宮――我々が挑むダンジョンだぞ」


 天を見上げる勇者にゴールドが声を掛ける。勇者は反応せず、隣にいるクロスティがゴールドが指差した入り口に視線を移した。


 迷宮の出入り口。縦長の隙間は全方位にあり、ここから螺旋状の階段が見えていた。


 勇者は固まったまま正面の入り口ではなく、空を仰ぐ。


 とても高い塔。比喩ではなく、雲を突き抜けるダンジョンは荘厳で、初めて見る者なら感嘆するだろう。


 勇者は別のことで震えた唇を動かした。


 どこまでも天高く聳えているダンジョン。文明を遥かに越えた作りに畏怖すら感じる。


 素材は煉瓦だろうか。赤茶の土の壁が連なり、塔を作っている。だがあれは、泥や土を釜で焼き固め、圧縮する技量が必要だ。


 それに西洋文化を色濃く受け継いだ世界は技術がそこまで進歩していない。まして、こんなに高い塔を作れるのか。


 勇者は首を振る。この建造物は技術的に作れない。ならばと、魔法でと考えるが――。


 勇者の反応が答えを出している。出来ない、作れない。ダンジョンは人が作ったものではない。


 ダンジョンの製造方法に見当がつかなかった。


 ダンジョンそのものが、勇者には未知。作る方法も、迷宮と呼ばれている建造物すらも。


「……なによあれ、わたし、知らないわ」


 勇者は言葉を辛うじて紡ぐ。こんな大きい塔など見たことも聞いたこともなかった。


 唇を震わせ、勇者はどうにか踏ん張るように腰に力を入れる。


 観光に来たような者達もいた。勇者のようにダンジョンを見上げ、感動しているようだ。


 勇者は別の意味で驚愕を露にする。世界各地を旅して、魔大陸と呼ばれる未踏地すらも制覇した勇者が、ダンジョンを知らない。


 勇者は全ての場所には一度訪れている。これは確信を持って言えることで、滞在した時間は短かった地域もあるが、こんな塔があれば勇者も見ている。見る機会がなくても噂などで耳にしているはずだ。


 だが、どうしてか。ダンジョンなど、こんな馬鹿でかい塔を勇者は遠目からも見ていない。


「そりゃそうだろうな。ダンジョンを初めて見るんだろう」


「……ええ、初めてよ。そもそも、どうやって建てたのよ。文明が追いついてないはずよ」


 勇者は一縷の望みをかけて、魔王討伐中に建てられたものだと判断することにした。


 魔王を討伐するのに六年近くかかった。長い時間を要したが、その期間であっても建てられる代物じゃないことは、勇者は理解している。


 じゃあ、どうやって作ったのか。答えは出ない。


「それは知らんな。どこかの神様が作ったんだろう」


「神はこんなの作らないわ……」


「夢がないな。言い切れるもんじゃないだろ。なあ、クロスティ?」


「……どうでしょう。神様が作ったのなら、どんな意味をもって建てたのでしょうね」


 クロスティも勇者と同じものを見て、観光名所に訪れた客が感嘆するようなため息を吐いた。


 奴隷だった彼女の服装は、冒険者の姿に様変わりしている。


 女性用装備の鉄の胸当てに、腰には高価な剣。冒険者の奴隷でも、出で立ちは新人冒険者のそれ。


 勇者はなるほど、とクロスティを盗み見た。冒険者らしいとかの感想ではなく、言動は男でも振る舞いは女っぽいとそう思ったのだ。


 僅かに膨らんだ胸も、発展途上な女性らしさを充分に出し、新米冒険者の成りだとクロスティは色っぽい。こうして女性用の服を着ていればこそ、出てくる感想だが。


 勇者やゴールドも同様の冒険者として挑む装備で、勇者は鉄ではなく革の軽装を身に纏い、その上に黒いローブを羽織っていた。腰には真新しい剣を差している。


 格好だけは魔法剣士である。


 ローブを着ているのは、決して平らな胸を隠すためじゃない。


 ローブは丈に合っておらず、ぶかぶかと引きずってしまいそうに長いのだが、勇者はそれが気に入った。


 ちぐはぐな服装にダメ出しをする者はここには居ないので、魔法職でなくても馬鹿にされることはないのだ。


「意味、か。深く考えたことはないが。ただ、理由があるというのなら、夢を与えるため。私はそう思う」


「夢、ですか?」


「ああ、人は自由だ。囚われているものから抜け出すのも埋もれるのも、そいつ個人の道。ダンジョンも危険を犯せば、死ぬときもある。だが、生き残れば相応の対価は待っている。夢が詰まっていると思わないか?」


「ボクは危険を好んでまでお金を得ようなんて、そうは考えられません」


 ゴールドとクロスティが言葉を交わしながら歩を進める。勇者も呼ばれ、返事をしてから追おうとして臭いを捉えた。


 後ろを振り返る。


 十二人の男女混成パーティだ。後ろから勇者の横を通ろうとしている団体。ダンジョン攻略に挑むのだろう。


 冒険者の装備をして大きい荷物を小型の馬車で引いている。


 しかし、勇者が見ているのはその内の四人。


「ねえ、あれ魔族、よね?」


 魔族が人族に混じって仲良くしている姿。他愛のない会話に馬鹿話、ダンジョンから帰ってきたら新しい装備を買うなどと仲良さげに話している。


 勇者は混乱する。


「ただのルーキーたちの集まりだろ。ほら、置いていくぞ。さっさと来い」


 ゴールドは戸惑う勇者を置き去りに、クロスティを連れてダンジョンに入っていく。


 勇者は行き着かない思考の迷路をさ迷うのは止めにして、ゴールドの背中を追った。


 螺旋階段を登り、迷宮区へ入った三人は道なりへと進む。最初の道は広かったが、進むにつれて道は狭まっていった。


 大人五人が横列になれば剣を振り回せないぐらいの幅だ。これを広いか狭いか判断するのは、得意とする得物で意見が変わるだろう。


 道はごつごつとした地面や石畳と色々な形状で、壁は剥き出しに空気は清んだものがどこからか流れてくる。


 通路の脇には毒草らしき草が生えていた。


 勇者はただの草にも立ち止まり、触ったりにおいを嗅いだり感触を確かめる。


 好奇心を満たすため、目新しくて興奮しているわけじゃなかった。


 変色しているただの毒草に、見入る理由もない。その深刻な表情は、血の気が抜けているのだから。

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