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「文章読むの、苦手なんだろ。だから、ラノベとか小説とか――そういう創作物、馬鹿にしてるんじゃないのか?」
逆上させないように、けれど、相手の心を逆撫でするように。言葉を選んで、獲物が餌に引っ掛かるのを待つ。
「違うし。別に、あの程度のキモオタ小説ぐらい、簡単に読めるし」
「へぇ、そうなのか」
「……何、疑ってんの?」
「いや、安心した」
幸い、さっき尾市が止めたことによって頭が冷えているようで、いきなりキレるなんてことはないようだ。
これなら安心して本題に入れる。
「ところで、いい儲け話があるんだが」
「儲け話?」
食いついた。
「ああ、儲け話だ……おっと、賭博とかそういうブラックなやつじゃないから安心してくれ」
尾市が不審そうな目を向けてきたので、予防線を張っておく。
「で、その儲け話って?」
「簡単だ。今から俺が本を貸す。週末の間、新見はそれを読んでくる」
「本って……あの、ラノベってやつ?」
「ああ。そんで、新見は俺に感想を伝える」
「それで?」
「もしもつまらなかったら、学食一週間分奢ってやる」
「面白かったら? ……まぁ、そんなことないと思うケド」
「面白いって感じたなら、その本はプレゼントしてやる。取っておくなり売るなり好きにすればいい。ま、学食も一回ぐらいなら奢ってやる」
「んん? ……それって鹿野にメリットなくない?」
「まぁ、そうだな」
確かに、俺にメリットはない。それどころか、学食の代金というデメリットがあるだけだ。
「なんか怪しいんだけど。どうせ、あとになって金取ったりするんでしょ」
「誓って言うが、それはない。尾市が証人だ」
尾市を見ると、訝しそうな視線をこちらに向けてきた。が、渋々といった様子でうなずいてくれた。
餌とか獲物とか物騒な考えはしていたが、彼女を貶める意図はない。
ただ俺は、新見にラノベの認識を改めてほしいだけなのだ。
そのためなら、少しの出費なんて痛くもかゆくもない。
「それで。やるのか、やらないのか?」
「まぁ……やってあげてもいいけど?」
「よし。そんじゃあ、ちょっと待っててくれ」
俺は教室を出て、廊下にある自分のロッカーを開けた。
一面に敷き詰めたライトノベル。その中から、新見に貸し出すのに最適な作品を探し出す。
新見はリア充だ。それに、バカではあるが感情の機微には聡い。
なので、登場人物の心情が省略される傾向があるコメディー作品はナシだ。
また、ファンタジーな世界観に拒否反応を示される可能性があるので、異世界・バトル系もやめておく。
となれば学園系に絞られる。
キャラ萌えを前面に押し出している作品を、彼女は嫌うだろう。そういう作品も名作ぞろいではあるのだが、今回はやめておこう。なら、2010年代中期から流行り出したリアル志向の作品にするか。
……よし。
ノーベル文学賞最大候補との呼び声が高い名著「俺ガイル」を取り出した。一巻だ。
小学館ガガガ文庫から発売中、書店に急げ!
それにカバーをつけ、新見に渡す。
「あ、読まないっていうのはナシだからな。その時は奢らん」
「約束は守るってば。……ほんとにいいの? やっぱなしとか、ダメだかんね?」
「わかってるって。そんじゃな」
そう言って俺は元の席に戻った。
これでいい。学食という餌がある以上、彼女は読まざるをえない。そしたらわかるはずだ。ラノベがただの萌え絵のオマケじゃないってことが。
隣の詩織と目が合う。
「おつかれさま」
「ありがとう。……慣れないことなんて、するもんじゃないな」
そもそも俺は陰キャなので、大勢の前で話すことに慣れていない。その場のノリでなんとか乗り切ったが、普段ならうまくしゃべれなかったはずだ。
緊張の糸が切れた今、疲労がドッと押し寄せてくるのを感じた。
「でも、まぁ……かっこよかったよ。少しだけ」
「……詩織がデレた。天変地異の前触れか?」
「うるさ。言わなければよかった」
恥ずかしそうにそっぽを向く詩織。不覚にもかわいいと思ってしまった。
俺の女友達がこんなに可愛いわけがない。
「それにしても、随分と太っ腹だね」
「聞いてたのか」
「まぁね」
「俺はラノベ作家サマだからな。印税パワーの前じゃ、学食なんて安い安い」
「……自分で言うなし」
呆れた表情の詩織をよそに、俺は読書に戻る。
思い返すと。この時の俺は、軽い気持ちで新見にラノベを貸した。
別に好きになってもらえなくてもいい。ただ少し、認識を改めてもらえればそれで満足だった。
でもまさか、あんなことになるなんて。
事実は小説よりも奇なり。いや、事実はラノベよりも奇怪だった。
来週。俺はそれを、身をもって体験することになった。