【第36話】異世界には傷がない!?
――始まりは小さな事だった。
酒場でレナと別れ、久々に鍛冶道具を手入れしようと武器屋に入り、しばらく作業していた。
すると、武器屋の窓越しに見慣れない人を見つけた。
その人はアンデッドナイトを彷彿とさせる重厚な鎧を着込んだ騎士風の人だった。
その騎士は武器屋に入るわけでもなく、酒場に向かうわけでもなくただ突っ立っていた。
「あの……何か御用ですか?」
恐る恐る近づき、声をかける。
「あ、ええ。ここにルナさんという方とモクノソウマさんっていらっしゃいますよね?」
兜のせいで性別は分からないが、物々しい鎧の割には意外と柔和な話し方だった。
「ルナさんは今いませんが……ソウマは俺です」
普通の会話の筈なのに何故か違和感を覚える。
「そうですか……あなたが……」
騎士が少しうつむき、鎧からガシャリと金属音が鳴る。
(新聞を見て来た人だろうか……? でも何か引っかかる……)
俺がそんな事に意識を向けている間に、騎士がある予備動作に入っていることに気がつけなかった。
(あれ? 何でこの人は俺の名字を知ってるんだ?)
――その違和感の結論に達した瞬間、目の前には鉛色の物体が迫っていた。
「っ!?」
右斜め下から左斜め上へ。
斬り上げる形の剣撃が頬を掠める。
「ふむ、対象は全くの素人だと聞き、早く帰れると思ったが……そうもいかなさそうですね」
(なんだコイツ!? 魔物か!?)
混乱する頭を整理する時間もくれず、騎士は二撃、三撃と続ける。
「クソッ! 何なんだお前は!」
一旦距離を取り、顔を拭う。
すると手には赤い液体、血がベットリとついていた。
(さっきの掠ったやつか……少し遅かったら首を取られていたかもしれない)
相手が本気である事を再認識し、戦闘態勢に入る。
(敵は恐らく手練……あの鎧じゃこっちの攻撃はほぼ通らないだろう……)
騎士を両目でしっかりと見据えながら状況の分析をする……が、今回はそれが仇となった。
「全く……テメェはいつもそうだな……」
勝手に敵が単身であると思っていた俺の横っ腹に衝撃が走る。
「がっ……!」
数mほど吹き飛ばされ、椅子を巻き込みながら派手に転がる。
「命令を忘れたか? コイツは生け捕りと言われたはずだ」
「おや、それは失礼。危うく"不慮の事故"で対象が失われるところでしたね」
未だに身体に走る激痛を堪えつつ、頭を回す。
「ん? まだ意識があったのか」
(何が……どうなっている? レナ……それにエミリー達は?)
「意外にタフだな、暇潰し程度には楽しめそうだ」
眼前の騎士がニタリと笑い、剣を鞘から抜く。
「残念ですがお楽しみはここまでのようです。先行部隊が第2目標を捕捉、これより援護に向かえ、との事です」
「チッ……せっかくいいところだったのによ……」
「はぁ……貴方も人のことをとやかく言える立場ではないじゃないですか……」
(退いていく……? コイツらは一体何が目的なんだ……?)
喋りながら俺に背を向け、遠ざかっていく騎士を見据えながら考える。
「おっといけね。コレを忘れるところだった」
騎士の1人が何かを手に持って戻ってきた。
「よし、これで……"レスト"!」
「がっ!?」
騎士が呪文を口にすると手足を貫通する形で1本ずつ杭が出現し、床まで食いこむ。
「ああああああ!?」
「チッ……これぐらいで喚くなよ……頭に響くだろ」
「ちゃんと通常の杭を使いましたか? 支給された方は第2目標に……」
「はいはい。テメェは俺のオカンかよ」
そんな事を言いながら騎士達はギルドから出ていった。
「あが……! 痛っ……」
耐え難い痛みに飲まれそうになりながらも、なんとか杭を抜こうと試みる。
(加工魔法で……捻じ切れないか……?)
まずは右手に意識を集中し、杭を破壊しようと試みるが、掌が上を向く形で磔にされてしまったため、うまく加工魔法が使えない。
「クソッ……! どうすりゃいいんだ!」
どうしようもできず、しばらく暴れてみる。
(……?)
すると左手に少しの違和感を感じた。
「ヒビ……?」
痛みを堪えて左手に思い切り力を入れてみる。
すると期待した通り杭は折れ、左手が自由になった。
「やった……!」
自由になった左手で右手の杭、右脚、左脚の杭を破壊し、身体を起こす。
先ほどまで刺さっていた杭を見ると、どれも状態が悪く、少し乱暴に扱えば崩れそうな状態だった。
(何でこんな物を……? いや、でも最初はいくら暴れても外れなかったけど……)
色々考えを巡らせてみるが、結局結論は出なかった。
「そ、そうだ……! そんな事よりレナ達は……?」
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「はぁ……はぁ……誰も、いない?」
レナ達はもちろん、客の1人も見当たらない。
痛む身体を壁に預ける。
客すらいないという事に引っかかるが、身体のダメージのせいでまともに頭も回らない。
(このまま死ぬのか……? 人ってどれだけ血が流れたら死ぬんだ……?)
「…………血?」
ふとある事に気が付き、先ほどまで自分が歩いていた床をみる。
――血痕がどこにも無い。
「ど、どういう事だよ……これ……?」
訳もわからず顔を拭う。
手で拭った汗の感覚が右手に……
「血が……ついてない?」
触って確かめるが、顔の傷がどこにも見当たらない。
掌の杭の傷口こそあるものの、出血は見られない。
「な、何で……? 血が……な、無い?」
「いた……! ソウマ!」
混乱している中、背後から自分を呼ぶ声した。
振り返るとあれだけ探していた血に濡れたルナさんが立っていた。




