恭子の魂が座間味に残った日
アキラと詩音は座間味島の小さな病院にいた。涼子がフェリーで体調を崩し緊急搬送されたことを、詩音は自分のせいだとアキラに漏らしていた。
涼子が横たわっている病室の傍で、二人は意識が戻ることを祈っていた。
「アキラ。ここは私一人でいいから、元宮君と彼女さんを探しに行ったら?」
「そんな訳にはいかない。目の前の一人を大切にできなくて、悩める友人を救えるわけないじゃない」
アキラは自分が犯した罪を激しく後悔していた。単なる性欲のはけ口に、風俗に行ったことが、こんなにも詩音を傷つけていたなんて知らなかった。
「しかし、どうして僕の居場所が解ったの?」
「アキラ。そんなことはどうでもいいじゃない」
アキラは詩音の頭の良さを嫌というほど知っている。自分たちだって、半ば犯罪すれすれの方法で、恭子の居場所を特定したのだから、詩音だって同じ手を使ったかもしれない。
「詩音ちゃん涼子さんのことは僕がみてるからちょっとお茶でも飲んできたら?」
「ありがとう。でも、のど渇いてないんだよね。アキラの方こそ、水分摂ってきた方がいいよ。タバコも吸いたいだろうし」
「こんな時にタバコなんて気が引ける。いっそ禁煙しようかな」
「アキラは禁煙は無理だよ。だってニコチン依存症だもの。遠慮せずにタバコ吸ってきて。ついでに、外の美味しい空気もね」
「じゃあ一本だけ」
アキラは15歳からタバコを吸っているアウトロー作家だ。一般的にはタバコとお酒は20歳からという決まりがあるが、昔はタバコの自動販売機などがあり、未成年でも、簡単にタバコを入手することができた。ゆえに、アラフォー世代から上の世代までは、未だに喫煙率が高いのだと思っている。
アキラは缶のカフェラテを片手に持ち、病院の廊下を歩いていく。外まで出ると誰にも気づかれないような場所を探し出し、ポケットから煙草と携帯灰皿を取り出して、一服していた。すると、アキラの右側から一人の男性が近寄ってきて
「すみませんライター貸してもらってもいいですか?」
と言った。ハスキーボイスのその声はどこかで聞いたことがある懐かしい響きだった。
ライターを男性に渡し、「ありがとうございます」と言って、マスクを外した時にアキラは気づいた。
「勇気?」
勇気とは元宮のファーストネームである。色黒で短髪、青いサーフTシャツにゴッドファーザーのロゴが入っている短パン。間違いなく、地元でも良く見かけていた元宮勇気だった。
「はっちゃん?」
「勇気。良かった。ずっと探してたんだよ」
「え?なんで?なんか用事あったら連絡くれれば良かったのに」
「地元では勇気が失踪したって噂になってて、ママさんも心配してたぞ」
「俺が失踪?ないない。太陽が西から昇ろうともあり得ないって」
「じゃあ、なんで探さないで下さい、なんて置手紙残して突然消えたんだ?」
「それにはここでは話せない、深いわけがあるんだよ」
「悪いけど、ママさんから行方が解ったら連絡してくれって頼まれて、部屋の様子も見に行ったぞ」
「おいおい。そんな大げさな。いちおう地元では、有名なスターじゃん?放っておいて欲しいときくらい、普通にあるって」
「そんなことよりも、写真に写ってた涼子さんと一緒に来てるぞ」
「涼子さんか。じゃあ恭子のことで来たのかな?」
「二人の間に何があったのかは聞かされてないし、聞いてもないけど………」
そこまで言うと元宮は急に元気がなくなって、もう一本タバコ吸おうぜと言ってライターをねだった。
「恭子さん。涼子さんの話だと失踪したって聞いたけど無事なのか?」
「恭子は生きているよ。俺の心の中で永遠にな」
アキラは沈黙した。それ以上何も言えなかった。涼子さんになんて伝えればよいのか。
「まぁ元気そうで何よりだ。地元にはいつ帰ってくるんだ?」
「恭子の魂が浄化されるまではここにいようと思っている」
「………助からなかったか」
「癌だったんだよ。余命も宣告されていてな。なかなか忙しくて病院のお見舞いにいくことすら難しい状況だったから、悔しくてな。最後は海が観たいっていうから、二人の思い出の土地を回って、最後にたどり着いたのが、座間味村だったんだ」
「まぁこんなん慰めにもならないけど、最後を看取れたのは幸運だったな」
「あぁ。俺の人生の中で、最も幸福な時間だった。どんな大きなステージでライブしようとも、アルバムが数百万枚売れようとも、恭子と過ごした日々に比べたら過去の栄光だよ」
「生老病死。人は生まれて老いて病で倒れて死んでいく」
「そう。誰しもが逃れられない運命だ」
「今、恭子さんは病院に?」
「いや、単純に俺の喉の調子が悪いから病院に来ただけだ。タバコか酒のどちらかを辞めないと良くならないらしいけど、定期的に病院通っておけばだいぶ楽だからな」
タバコを吸いきると、神が計らったかのようなタイミングで、詩音が呼びに来た。
「アキラ。涼子さん意識戻ったよ」
病院の表口から、詩音は嬉しそうな声をあげて、アキラにいう。アキラは詩音に手を振って応える。そして元宮に事情を説明することにした。
「涼子さんさ。恭子さんが自殺するかもって心配で、はるばる沖縄の座間味まで追いかけてきたんだ。挨拶してもらってもいいか?」
「何言ってんだよ。アキラよりも俺の方が付き合い長いんだぞ。当然だろ」
元宮は携灰皿にタバコの灰を落としながらいう。
「詩音。もうちょっとしたら行くから病室で待ってて」
アキラがそう言うと、詩音は遠目から元宮に軽く会釈して、早々に病室へと戻っていった。
「さて。涼子さんになんて説明すれば良いかなぁ」
「またお前。二人の女を又にかけているのか?」
「違うよ。そもそも涼子さんとは出会ってまだ数日しか経っていない」
「それで、どっちが本命なんだ?」
「そういう小学校の頃のような話辞めようぜ。どっちが本命とかないよ」
「モテる男は辛いな」
「勇気の方がモテるだろうに」
「ま。俺は来世でも恭子一筋だけどな」
元宮がそう言うと、座間味村に涼しくて爽やかな風が吹き抜けていった。占術からヒントを得て元宮勇気と片瀬恭子を探す旅は、少し心に棘を残すほろ苦い物語になった。しかし、占術は古来、天体の動きを観測していたことから始まった長い歴史がある。救える命と救えなかった命。そのどちらもかけがえのない大切な命であることには変わりはない。
ふと元宮が空を仰ぐように両手を合わせた。アキラはそれを見て安心した。
この世から悲惨の二文字をなくしたい。これからも、音楽家として小説家として、その夢を叶える為、日々、前進していくだけだと、アキラは決意した。
きっと元宮だって同じ気持ちだ。
沖縄の空は、太陽や雲との距離が近くて、今にでも大切な人達に会いに行けそうだと感じた。じんわりと元宮の額から汗が流れている。色黒の彼の肌はとても健康的で、心配していたのが馬鹿らしく感じている。さぁ、まだまだ人生これからが本番だ。
元宮とアキラは久しぶりに二人きりで手を合わせて、南無妙法蓮華経のお題目を唱えた。天国にいるであろう恭子の魂に向け、真心からの祈りを捧げた。




